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一話-③



「──ごめんね、さずく。私もさずくと一緒にいたいんだけど、お父さんのおしごとで、私も外国にいっちゃう事になったの……」


「りおちゃん、ずっといっしょにいるって言ったじゃん! ……りおちゃんのうそつき!」


「ごめんなさい……」


「うそつき! うそつき!」


「りおちゃんなんて、大っ嫌いだ!!」



「……ひどいよ、サズク。どうしてそんなこと言うの」


「えっ……?」


 ブクブクブク………!


「苦しい……苦しいよ、サズク……」


「ねぇ、サズク」


「私がこうなったのも」


「全部」


「サズクのせいだ」






「うわあぁぁ!!!」


 ガバァ、と起き上がる。


「ハァー、ハァー、ハァー、ハァー………」


 今のは夢……だったらしい。息は激しく、肩で呼吸をしている状態だ。

 顔に手を当ててみると、顔中、冷や汗でびっしょり濡れていた。


「そうだ、天瀬は……!?」


 意識を失う前、微かに覚えている記憶では、2回、水が弾ける音がした気がする。

 誰かが、助けてくれたのだろうか?


(ここは一体、どこだ?)


 今、自分がベッドで寝ていることから、やはりあの草原ではない事が分かる。誰かがここまで運んでくれたらしい。


 暗い色の木造の床と、その木造と白い素材でできた壁。窓から光は入るが埃臭く、積み上げられ埃を被っている本の列がいくつも見える。どうやら、長年使われていなかった部屋のようだ。


 ギィィィィーー…… ガガカッ……


(やたら、扉の立て付けが悪いな)


 ひとまず、この家の家主を探すことにした俺は部屋を出る。廊下横の窓から、三角屋根の大きな建物が並んで見える。


 ギシッ、ギシッと鳴る階段の途中、人の声が耳に入ってくる。誰かいるのだろうか?

 階段から降り、すぐ横にある、窓のついたドアから聞こえて来る。その窓には、「応接室」とだけ書かれていた。


(どこかの事務所なのか? お客さんと話してるんだったら迷惑かもしれないけど、俺が起きた事、報告しないのも悪いよな……)


 声だけかけ、手が離せないようなら部屋に戻って待っていようと考え、ノックした後、ドアを開ける。


「──で起きた事件から今日で一ヶ月。なぜこのような事件が起きたのか、専門家を交えて分析して────」


 ──テレビ、だ。

 唖然とした。思いもよらなかった。異世界にテレビがあるなんて。


 四角い水晶のような物で出来た薄い板状のパネルに、元いた世界と同じように、そこに映像が流れている光景は結構衝撃があった。カルチャーショックとでも言おうか……いや、それは元いた環境と新しい環境の差から起きる心理的ショックなので、この状況を説明するのにはふさわしくない。むしろ、元いた世界と同じ環境な事に、俺は驚いているのだから。


「お前が殺されかけたのは「エキジョウマソウ」と言って、自分の上を通ったやつを察知したらスライム状の液体を吐き出し捕食する、魔動植物の一種だ。道端で野生生物や人間を浮かべてる姿も度々目撃される事から別名殺し屋スライム(マンスレイヤー)とも呼ばれている」


 この状況をなんて形容すればいいのか、なんてあれこれ考えている俺の後ろから声が聞こえてきた。

 振り返ると、中学生ぐらいの背丈をしている、茶髪の女の子が立っていた。


「まぁ、そこ座りな」


 言われるがままに指定された席に座る俺。そして対面にその子が座る。


「あんた、名前は?」

「え? えぇっと」

「名前」

「絵野田 サズクっていいます……」

(やたら高圧的な子だな……)


 この子はこの家の子供で、俺の応対を任されているのだろうか?


「えっと……この家の主人って今どこにいるか分からない? できれば連絡を取りたいんだけど」

「チッ……」


 こわい。


「……なにか気に障る事言ってしまったなら、ごめん。でも、出来れば急いで会いたいんだ──」

「あたしがその主人だよ」

「へ?」


「チョコレー=テオス。この個人ギルドを運営する、ギルドマスターだ」

「……えぇぇ!?」


 こんな幼い子が、ギルドマスター──……要は社長ということなのだろう──だという事実に、驚きを隠せない。


「……言っとくが、恐らくお前より年は上だよ」

「え……そ、それは失礼しました……」


 一瞬絶句したが、ひとまず謝罪する。本当に年上なのか? という疑問はよそに、彼女は話を続ける。


 あの草原には仕事で立ち入っていたらしい。そこへ俺たち二人があのブヨブヨの生命体に囚われているところに偶然居合わせ救助、その後ここまで運んできたとの事だった。


「ところで、天瀬……俺と一緒にいた彼女は、今どこに?」

「お前より先に目を覚まし、今はうちのギルド員と街を回っているとこだろうよ」

「そう………か」

 天瀬の無事が確認でき、心から安堵する。


「それで、なんだってお前さん達はあんな危険地帯のど真ん中にいやがったんだ?」

「危険地帯?」

「ああ、そうだ。この世に生きてれば見知らぬ草原に近づきたがる人間はいない。まして、あんな悪名高いホグウィ草原には赤子だって足を踏み入れねぇ」

「な……なんだって?」


 草原が危険地帯? ゲーム等に出てくるファンタジーの中の草原といえば、序盤も序盤。危険というイメージからは最もかけ離れている場所だ。(……だが実際、あそこで死にかけてはいる……)


 しかし、彼女は俺のその反応を見て、やれやれと呆れるように溜め息を吐き、それでいて予想はついていたかのように、説明を始める。


「あの草原はエキジョウマソウを初めとした魔動植物供の巣窟さ。そんなとこに何の準備もせずに踏み入れる事は、自殺行為に等しいと言えるだろうね。それとも、本当に二人で死ぬ気だったかい?」

「……」


 俺達を捕食したエキジョウマソウという植物は、植物でありながら獲物を待ち伏せるという狡猾さを持っていた。奴のような植物が辺り一帯を支配しているような場所。そんな場所に自分達はいたという事実。いやでも背筋が寒くなる。

 そんなところだと知っていれば、あいつに行き先を変更させただろう。というか、俺達に生きていて欲しいのなら、もう少し行き先を考えなかったのだろうか?


「……そんな危険な所なんて、本当に知らなかった。たまたま入り込んでしまったんだ」

「ヤバい所にヤバい所と知って踏み入る馬鹿はいないだろうよ」


 まぁ、その通りではあるのだが……。


「それで、だ。お前ら一体、どこから来た人間だ?」

「え?」

「見慣れねぇ服だし、この辺りの人間じゃねぇだろ?」

「……あー」


 難しい質問だ。俺は、この世界から見たら、別の世界から来た異世界人となるわけで、質問にはその事を答えるのが正しいのだが……。この世界はそもそも、異世界という概念は浸透しているんだろうか?

 もしそうでなければ、たとえ今本当の事を話したとしても理解は得られないだろう。


「えーと……。異世界って、分かるか?」

「あ?」


 ダメだ、ピンと来ていない。というか怖い。どうやら異世界が一般的でないタイプの異世界のようだ。(?)

 頭のおかしい奴だとは思われたくないので、異世界の事は伏せ、できる限りの範囲で話す事にした。


「──先に目ぇ覚ました方も同じ事を言ってたが……。聞いた事ない地名だな」

 まぁ、そりゃそうだろう。


「…………」


 黙って俺をジロジロと見てくる。これは、相当怪しまれているらしい。大方、どこかから飛び出してきた家出少年達だと思われているのだろう。この世界に警察のような組織があるのかは分からないが、もし身元を調べられたら、面倒な事になる事は必至だ。

 誤魔化す為に、話題を変えなければ……。


「それにしても……。チョコレーさんは」

「チョコレーでいい」

「あ、あぁ……チョコレーはあの液体の化け物から、どうやって俺たちを助け出したんだ?」

「どうって?」

「いや、俺が気を失う前のこと、うっすら記憶に残っててさ。何か音が聞こえたと思ったら、あっという間にあいつらが消し飛んだものだから……。それこそ、魔法を使ったんじゃないかと思って」

「………マホウ?」


 ……反応が薄い。魔法が存在しない世界なのか?

 先程は魔動植物がどうとか言っていたが、魔法とは別物なのだろうか。

「ああ、いや……。なんでもない」

 違和感を感じながらも、ひとまず置いておく事にする。

「……質問に答えとくと、それはあたしの連れがやった事だ。詳しく知りたかったら、後でそいつに聞きな」

「ああ、分かったよ」



 一通り、話し終わっただろうか。

「……ほんとに、俺たち二人を助けてくれてありがとう。あなたは命の恩人だ。今はこの恩を返せる力はないが、いつか必ず、この恩返しをさせて欲しい──」

「5,000万エリンだ」

「────え?」


(なんだ? 5,000万……なに? どういう意味……)


「依頼外任務の報酬として、お前達二人には5,000万エリンを払ってもらう」

「な、な………」


 言葉を、失う。目の前の彼女から放たれた言葉は、恐らく途方もないであろう金額の要求だった。


 いや、もしかすると、この世界の通貨がとんでもなくインフレしているという可能性もある。だが、先程の部屋にあった書物の一つには「700」という数字が書いてあったのを見た。恐らく、あの本の値段だろう。つまり、物価は元の世界とほとんど変わらない事が予想できる。

 その上で、彼女は5,000万、という金額を突き付けてきたのである。


「そ、そんな金額、一生働いても返せるかどうか……」

「命を失うところだったんだ。これでも安いもんだと思うけどね」

「だからって……!」

「こっちも慈善業者じゃねえんだ、生活もある。それに、相応のリスクも背負ってあんたら二人を救出したんだ。それとも、あんたの恩返しをするって言葉は嘘だったのかい?」

「……!!」


 ガチャ カランコロン………。


「師匠、ただいま戻りましたよー」


 そこへ、玄関口の方から男の声が聞こえてくる。誰かが帰ってきたようだ。


「おや、目が覚めたんですね」


 部屋へ少し屈んで入ってきたのは、服の上からでも分かるほどガタイのいい、筋骨隆々な男だった。俺との圧倒的な体格差に、威圧される。


「ストノフ、新人の調子はどうだ?」

「いやぁ、評判いいですよ。向こうも頼んでよかったと、喜んでました」

「そうかい」


 なんだ? なんの話を……している?


 すると、もう一人、部屋に入ってくる影が見える。


 ヒュウゥ、と少し開いた窓から、風が流れ込んでくる。



「あ、サズク……。起きてたんだ」


 大男の後ろから現れたのは、天瀬だった。

 この世界の服装だろうか。学校の制服とは違う、赤く短いマントに、黒、白を基調とした服に着替えている。その服は、あちこちが破れていて、その隙間から見える彼女の肌にも、傷が所々に付けられていた。


「よかった……。心配、したんだからね」


 5,000万、筋肉質な男、破れた服、そして彼女の肌に付けられたいくつもの傷。


「大変な事になっちゃったけど……。私も、お金を稼ぐの、頑張るから……!」


 フツフツと、感情が込み上げて来る。暖炉の中の火に悪魔が取り憑き、廊下を渡り、家具を、部屋を、その家全てを燃え上がらせる様のように。


「一生懸命な子で、また何かあったらうちに頼みたいと──」


 その男が口を開いたと同時に、俺はその巨躯の元へ駆け込み勢い良く掴みかかる


「天瀬に何をしたあぁ!!!」


 男は、見た目に似合わず動揺しているだけだが、構わない。


 このまま一発ブン殴ってやる!



 バチィ!


「ッつ……!」


 そうやって振るった拳は、弾かれてしまう。何か飛んできた方を見ると、拳銃のように持ち手の付いた、だが先が細くなっているだけの棒を俺に向けるチョコレーの姿があった。


(……どういうことだ? 魔法は、この世界にはないんじゃなかったのか?)


「……ハハッ、これは何か勘違いをしているようで………」

「勘違い……?」


 男を再び睨むと、天瀬が会話に割り込んできた。


「サズク! 私、迷子の猫を探していただけだよ!」

「……迷子? 猫?」

「そうだよ!」

「じゃあ、その服や傷は……」

「転んじゃったり、猫に引っ掻かれたりしちゃっただけ」

「……そう、か」


 どうやら、想像してたような目には遭っていないらしい。ひとまずは、良かったが……。


「サズク殿。彼女にはギルドに来た依頼の手伝いをしてもらっていただけなのです」

「そう、なのか。……すまなかった」


 複雑な心境ながらも、俺は謝罪の意を示した


「あー、いい。詳しく説明しなかったあたしも悪いんだ」


 彼女が謝罪を返すのは、俺には意外に感じられた。


「……あの、せっかくの服をボロボロにしてしまってごめんなさい」

「ああ、後で直せるから構わないよ。こいつ、裁縫得意だから」

「そうなんですか?」

「ははは。師匠、よく無茶しますから」

「余計な事言わなくていいんだよ。それより、怪我は大丈夫かい? 階段横の通路の一番奥を左の部屋、そこの棚ん中に医療道具があった筈だ。それ使っていいから、傷を治してきな」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って、天瀬は部屋を出た。チョコレーはそのまま俺の方へ向き直り、こう続ける。


「報酬金、払えないのならここで働いてもらうよ。2階の部屋は好きに使ってもらっていい、風呂トイレは共同、掃除・炊事・洗濯は当番制だよ」






 ドアを閉め、天瀬は、すぐ横の壁に寄りかかる。そこで胸を撫で下ろし、そのまま手を胸に押し当てた。


(はぁ……、まさかサズクが、あんな事をするなんて……)


(………)



(……私の為に、あんなに怒ってくれた……って事、だよね………)


(………)


(いやいや、何考えてるの私!)



『俺と、また、昔みたいに友達になってくれないか……!』



(友達、か………)


(…………サズク)


 彼女は、髪飾りを取り出し、そのまま胸の前で握りしめる。心臓の音が、少し大きく鼓動しているのが分かった。






「服を買いに行くよ。そんな服で街を歩いてたら目立ってしょうがないし、ギルドの評判にも関わるからね」


 そう言うと、チョコレーはさっさと応接室を出ていってしまう。


「いや、俺はまだここで働くとは……」


 言い切る前には、すでに玄関のドアを閉める音がした。


「大丈夫かい? 早く行かないと師匠に何を言われるか分からないよ?」

「……クソッ」


 そうは言ったものの、実際このまま何のアテもなく見知らぬ土地を歩いても、生活していく事は困難だろう。

 それならば、信頼出来ようが出来まいが、ここでこの世界の事を知っていき、自分で生きていく術を学ぶのが得策な事は明白だ。それに、まだまだ聞きたい事もある。


 カランコロン……。


 入り口を出ると、少し強い風が吹き、白い羽根が、太陽へと向かうように宙を舞う。


「遅い! 早くしなー!」

「分かってる! ……もうあんなところに」

「何か言ったかーい!?」

「いや、なにも言ってない!!」


(地獄耳かよ……)


 こうして、俺の前途多難な異世界生活は始まった。この先、俺と天瀬は無事、この異世界を生き抜いていく事は出来るのだろうか。元いた世界にはもう、戻れないのだろうか。不安ばかり募るが、それでも俺は決意し、前へ進む事を決めたのだった。



 ここは異世界。元いた世界とは、別の世界。

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