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一話-②

 ……サァァーー、サァァーー、という音が辺りを包む。草原を波立たせる風が心地いい。


 それに乗せられてきた、鼻にツンとくる青臭さが爽やかさを一押ししてくれる。


 目の前には、緑に溢れた大地と、眩い青空。それを静かに映す湖面だけが広がっていた。


(頬をつねって……痛いな)


 夢では無い事を確認した後、後ろを振り返る。通ってきた白い窓はどこにも見あたらず、遠くの方に森があるのが見えるくらいだ。


(天瀬は………まだ、来てないのか……?)


 周辺を見渡してみても、天瀬の姿はない。そもそも、同じ異世界とは言ったものの、場所まで一緒とは限らなかったのではないか?

 願いの仕方に後悔を残しつつも、とりあえず今現在できる事を模索する。


(ここが本当に異世界なのかは疑問だが、ひとまず置いておく。……漫画とかでみた、異世界モノの主人公はこんな時、確か……)



「……ここが異世界?」

「僕、本当に異世界に来ちゃったんだ……!」

「そうだ、異世界に来たならまずあれだよな……!」ワク ワク!

 すぅー、と息を吸い込み


「ステータス!!!」





 いやいやいやいやいやいやいやいや。


 あれをやるの? あれを?


 え?



 スマホアプリにおすすめされ、試しに読んでみた異世界モノの漫画内では確か、そう描かれていた記憶がある。



(あんな意気揚々と息を吸い込んで叫びたくなるような言葉じゃねえだろ、普通……! 恥ずかしすぎる……! ワク ワク! じゃねえわ……!)


 しかし、他の異世界作品でも同じように、テンションに差はあれど必ず「それ」を言い、目の前に謎の画面を出現させ、その後いわゆる『チートスキル』を使えるようになるという話ばかりだ。というかそのパターン以外見た事が無い。

 実際、それでなにか有益な力が手に入るんだったら、やらない手は無いのだろう。


(うぅ……やるなら天瀬がいない今のうち、か……?)


 ただでさえ恥ずかしいのに人前でやる事になった場合、俺は恥辱で死んでしまう。それが天瀬の前なら、なおさらだ。


「………………えぇい! ウダウダ言ってても仕方ない。……やる! 俺はやるぞ……!」


 天瀬が来る前に「それ」を済ませてしまう事を選択した俺は、心の準備のために、すー、はー、すー、はー、と深呼吸をした。

 皮肉にも、その姿は己が見たどの作品の主人公よりも大げさな「それ」になるだろう。


 覚悟を決めた俺は、足を開き、肘を垂直に構えて背を伸ばし、そのままの構えで息を吸い込んだ。


 すぅーーー………。


「ステーータァァァァァス!!!!!!」












 ……サァァーー、サァァーー、という音が辺りを包む。草原を波立たせる風が心地いい。


 それに乗せられてきた、鼻にツンとくる青臭さが爽やかさを一押ししてくれる。


 目の前には、緑で溢れた大地と、眩い青空。それを静かに映す湖面だけが広がっていた。



(………何も起きねぇじゃねえか!!!)


 そう、何も起きなかった。これによって、絵野田 授という男は晴れて、広い草原の真ん中で、ただただ意味もない言葉を叫んだだけのとてもやばいやつになったのだった。


(くそ……考えてみれば、あいつから何か力を貰ったわけじゃないもんな……。何か起きるはずも無いんだ……)


 そう落ち込みながらも俺は、この事実を天瀬がいないうちに確かめられた事に安堵もしていた。あぁ、よかった、よかった……。


「……サズク? 何してるの?」


 背筋がピキ、と凍る。顔は強張り、足腰は固まった。恐る恐る、後ろへ振り返る。


「あま、天瀬……。いつから、そこに……?」

「えっと……何かをつぶやきながらウロウロした後、『えぇい、ウダウダ言ってても仕方ない!』ってところから、かな」


 うわあああああああああああ。


 全部見られていた、辛い。死にたい。誰か俺を殺してくれ。


「違う、違うんだ! 好きでやったわけじゃなくて、あの、あれだ。その、やんなくちゃいけない儀式みたいなもので、うん、あれ、あれなんだよ、あれ」


 言動がしどろもどろで、もう自分でも何を言ってるのか分からない。今すぐこの場から消えてしまいたい。


「……クスッ、あはははは!」


 天瀬がお腹を抱えて笑い出した。学校ではしばらく顔を合わせないように生活してたから、彼女の笑顔を見るのは本当に久しぶりのような気がする。


「……ハハッ、ハハハハ!」


 俺もつられて笑い出す。まともなコミュニケーションをしたのも久しぶりだし、天瀬の笑い声が聞けて、ただただ嬉しくなった。



「えへへへ………あっ」


 急に天瀬が何かにハッとしたように、クルリと後ろを向いてしまう。


「ハハハ……天瀬? どうした?」


 何か異変があったのか、心配になって天瀬に近づく。すると彼女は、顔を左側から覗かせてきた。

 頬をリスみたいに膨らませて、俺を睨みつけていた。そしてぷい、とすぐそっぽを向いてしまう。


「あー……、その………」


 言葉に詰まる。言わなければいけない事がありすぎて、反対に何も言えなくなってしまう。


「……私、小学校の時の事なんて、もう気にして無いもん。そりゃ、あの時はもちろんショックだったけどさ。でも、高校に入って、またサズクに会えて私、嬉しかったんだよ! ……それなのにサズクは、教室で手を振っても目を逸らすし、名前を呼んでも無視するしさ。」

「うっ……」


 耳が痛い。いや、手を振られた時や名前を呼ばれた時はクラスのみんなの目があり、カースト底辺の俺なんかが、人気者の天瀬と関わりがあるなんてみんなに知られたら、彼女に迷惑がかかると思った訳で……。


 ……いや、本当はこんな理由じゃない。結局、あの時の事を一番引きずってる俺が、自分の気持ちを保身しようとしていただけだ。


「一回一回無視される度に、私、すごく傷付くんだからね」

 グサリ。


「それで、私、サズクはずっとずっと私の事嫌いなままなんだって、そう思うとまた苦しくなった」

 グサグサリ。


「そのうち、サズクに話しかけるのも怖くなっていって……」


 ……こうして聞かされると、俺はとんだクソ野郎、クソ男だ。到底許されるものではない。これまでのうのうと毎日を送ってきた自分を一日毎にぶん殴りたい気分だ。


「──ねぇ、サズク。さっき何か私に言いかけてたけど、なんて言おうとしたの?」


『お前に話しかけられた事、全然迷惑じゃない。迷惑なんかじゃないんだ!』

『むしろ……むしろ………!』


「あれは……」


 少し、息を整えてから言葉にする。


「俺、本当はもっと天瀬と話したい。あの時みたいに話せたらいいなって思ってたんだ。……だから……今更だけど……」


「俺と、また、昔みたいに友達になってくれないか……!」

「ほんとに……自分勝手な頼みだけどさ……」


「いいよ」


 顔を上げる。


「友達、なろ」


「……いいのか?」


「許したわけじゃないからね」


「……」


「でも──」


『ぜったいずっと、いっしょだよ!』


(先に約束を破ったのは、私の方だから……)


「──サズクと、また友達になれる事の方が、私は嬉しいからさ」


 そう言って、今度は体の右側から無邪気な笑顔を見せてくれた。つい、その顔を見つめてしまう。


「……? どしたの、そんなにじっと見て。顔に何かついてた?」

「え? あぁ、いや………」


 指摘され、気恥ずかしくなって横を向く。


「? そう」


「その、天瀬。……ありがとう、な」

「ふふっ。いいよ」



「……それにしても、ここってどこなんだろう? 異世界っていうくらいなんだから、おしゃれな街とか行ってみたいなー」

「街か……」


 確かに現状確認の為、人の集まる場所へ行きたい。スマホの電波も一向に届かない今、街へ行って情報を集めるしかないだろう。


「向こうに小さく山が見える。ひとまずあれを目印に進もう、天瀬──」


 後ろを振り返る



 草原の中になにかブヨブヨとした、大きな水の塊が佇んでいるのが視界に入ってきた。


 それは、液体なのに、ストローで吸った水をそのままテーブルの上に置いた時の様に、フルフルと動きはしているが形は崩れず、その場に留まっている。

 脈絡もなく現れたその物体に一瞬怯んでしまう。だが


「……天瀬!!」

 その水の塊の中に閉じ込められる天瀬の姿を見つけ、すぐに救助しようと手を伸ばす。


 ズプンッ!


「今助ける!!」


 ジュルジュルと音を立て天瀬を取り込むその液体から、彼女を引っ張り出そうと試みる。だが、天瀬に手は届かない。


(なんだこれ!? 液体のくせに……抵抗する力がある……!)


「く……うおぁ!?」


 バインッ、と勢いよく弾き飛ばされる。


(くそっ、遊んでる場合じゃねぇのに……!)


 すぐに立ち上がり、再び天瀬の元へ走る。が、ガクッ、と足を掴まれる感覚に襲われる。

 なんだ? と足下を見た。



 目に入ったのは、右足が、天瀬を覆うものと同じブヨブヨの液体に包まれていく光景だった。


「なっ……!」


 液体は、みるみる間に膨らんでいき、俺の体はあっという間にこの液体に飲み込まれてしまう。


「……! あま……!!」

 ドプンッ!


 そして無情にも、彼女へ伸ばした腕までも、その不気味な水に取り込まれてしまう。


「……! ………!」


 手足を動かしもがいてみる。だが、どれだけ外へ出ようとしても出れない。どうやらこの塊の外側は膜のようなもので覆われていて、獲物を逃がさないように出来ているようだ。

 身体中からジュルジュルと音がする。やはりというべきか、俺はこいつに消化されているらしい。この液体状の物体は、こうして獲物を捕らえ、その後ゆっくり時間をかけて捕食する生物なのだろう。


 ゴバァ……!

 息が、続かない。俺はこのまま死ぬのか?

 ……また、決められた寿命の前に死んだらどうなってしまうのだろうか。


『一度死んだ人間がそのまま同じ世界に戻ろうとすると、魂がボロボロに砕けちゃって、二度と生まれ変われなくなっちゃうからね』


 同じ世界に戻るとは、あの空間に戻ることも含まれるのだろうか。だとしたら、正真正銘、これが人生最後の瞬間だ。何ともあっけない。


 ……意識が遠くなってきた。せめて、天瀬だけでも助かってほしかった。俺が天瀬から目を離さなければ、助けられたかもしれない。……後悔先に立たずだが。


 母さんは、俺がいなくなって、相当心配してるだろうな。父さんは、俺が消えてしまって、大泣きしていないかな。

 あの二人にも、とても申し訳ない気持ちでいっぱいだ。





 ……本格的にやばくなってきた。この意識を手放した時が最後だろう。その確信がある。







(だ……れか……………あませ……を………………たす………………け……………)





 ……祈りは……届かず。そのまま──













 キィーーーーーー………………ン


 ザパァ! ザパァア!




 「…………ろ…………………!」


 ……意識の淵で、そんな音が聞こえた気がした。……視界には、誰かの足が見えた気がする。

 俺の意識は、再びそこで途切れる事となる。

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