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一話-①

異世界=異世界



(……)



(……ん。)


 遠くの方から、部活が終わり、解散する運動部の号令が聞こえてくる。

 ありがとうございました、と校庭に響く声で、いつのまにか机に突っ伏して眠っていた俺は目を覚ます。


(今何時だ………あぁ、もうこんな時間だ)


 夕日も沈み、暗闇でしんとした教室でポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。

 起きてから目を開けても、まだまぶたを閉じてるかと錯覚する暗闇の中でそれを見たものだから、その眩い光に、眼をきつく刺されるような痛みを覚える。


 時間を確認した後、机の横にかけられたカバンを持ち、トイレを済ませ、さっさと帰ろう、と校舎の階段へ向かう。


 先程までは月が雲で隠れていたのか、校舎内はプールから反射した光で満ち溢れている。

 本当に水の中にいるように光は常に姿を変え続け、見慣れた景色でも幾分か神秘的に見えるこの空間に一瞬見惚れてしまう。校舎に遅くまで残るのも存外悪いものではないな、と考えながら進む。

 廊下を歩いてると、ふと違和感を覚える。ポケットを確認したが、スマホと財布、それに家のカギは入っていた。

 何か忘れている気がするが、まあ、いいか。と俺は階段を降りる。


 踊り場へ足を置いた、その時


「サズク……!」


 後ろからいきなり、女生徒の声が聞こえてきた。

 俺は驚いた。誰もいないと思っていた校舎で呼び止められたから、というのもあるが、この状況での本意はそれではない。


「……天瀬?」


 階段の上には、天瀬リオがいた。


 なんで天瀬が話しかけてきた? なんで今更になって? 何を話せばいい? なんで……

 俺の頭の中で思考は駆け巡り、軽くパニック状態になる。


 彼女は天瀬リオ。俺の幼なじみで、幼稚園から小学校まで一緒だった。小学校低学年の時に親の仕事の都合で海外へ渡ったのだが、その後地元へ戻ってきたようで、去年高校が始まって少しした頃に地元の高校へ転入し、俺と同じクラスになった。いわゆる帰国子女ってやつだ。

 ここ一年ほど、彼女とはほとんど話した事がない。


「サズク、あの──」


 リオちゃんなんて、大っ嫌いだ!


「……っ」


 子供の頃の、他愛ない思い出。それでも、別れ際の最後にその言葉を放ったという事実が、今も俺の事を刺し続けている。

 早く、会話を終わらせたい。


「……なんか用?」


 顔を逸らしながら口に出す。


「………ぁ」


 彼女は黙ってしまう。思ったよりも冷酷に聞こえてしまったのだろうか。

 だけど、この場を早く去りたい俺はフォローする事もしない。


「……あの日の事ならさ。俺が悪いことは分かってるし、謝ってほしいなら今すぐ謝る。ごめん」

「俺、人気者のお前と知り合いだなんて、みんなに言いふらさないから」


 彼女はいまやクラス中のみんなに慕われていて、校内全体でもファンの多い有名人、かたや俺はクラスの隅で一人飯をつつく日陰者だ。そんな天瀬と俺が関わったら、きっと彼女に迷惑がかかるだろう。

 そう思って、俺は彼女を突き放す事を言った。


 しばらく、沈黙が続く。





「………そう、だよね。……わたし、が今更……話しかけても、迷惑、だよね……!」


 天瀬のその声を聞き、俺は顔を上げる。


 窓から入る月の光。それに照らされる天瀬の、その顔は、


 とても、綺麗で、美しくて──


「ごめんね、もう、絵野田に話しかけたりしない、から、……」


 階段を降りながらそう言う彼女は、俺の目の前を通り越し、足早に階段を降りていく。


「……ちょ、まて、まて!」


 俺も急いで階段を降り、彼女を追いかける。追いかけなくては。

 先頃まで感じていた違和感も、もうとっくに思い出していた。



 昇降口で靴を履く天瀬が見えた。


「待ってくれ!」


 天瀬は一瞬振り返るが、悲しそうな顔を見せるだけで、すぐ玄関口を向いてしまい、そのまま校舎を出る。


 俺は、靴を履かず外へ走り、早足で進む天瀬に追いつき、彼女の正面へ回り込む。


「聞いてくれ、天瀬!」

「迎えの人、待たせてるから……」


 そう言うと俺を避け進もうとする彼女の両肩を掴み、体をこちらへ向けた。


 彼女の瞳は、悲しみと戸惑いが入り混じり、ぐちゃぐちゃに溢れていて……。


「酷いこと言った。天瀬の事、すごく傷つけること言った。本当に、ごめん。……お前に話しかけられた事、全然迷惑じゃない。迷惑なんかじゃないんだ!」


「むしろ……むしろ………!」


 そう口にした時、突然、彼女の体に眩しい光が射してきた。

 なんだ? ふと、光の方向を見てみる。




 何か……何か、大きな二つの光が、俺たちの眼前へ迫っているのが見えた。




 瞬間、俺の意識は、そこで途絶えた。









「……くっ、うぅ………」


 気を失っていたようだ。目を覚まし、うつ伏せに倒れていたので立ち上がる。


 周辺を見渡してみる。辺りは真っ暗な空間で、白い床だけが暗闇の中へ吸い込まれるように広がっている。明らかに、さっきまでいた学校の敷地内では無い。


(……なんだよ、ここ………。あいつは、無事か……?)


 もう少し周りを調べる。


(……窓?)


 視界の上の方で、いくつかの白い窓が目に入る。その窓越しに、青い空が見えた。ということは、ここはどこか建物の中なのだろうか?


 いや、違う。窓の方へ近づいても壁なんか無い。床は続いていて、窓の底面が真下から見える。つまり、あの窓は空中を浮遊している事になるのだ。


(どういう事だ……? どこなんだ、ここは……?)


 この摩訶不思議な空間に、俺は戸惑いを隠せない。窓は、反対側から見ても、同じ青空を映し出していた。


「お困りのようだね」


 ばっ、と振り返る。白い衣装に身を包む、長髪の女がいた。誰だ? いつからここにいた? その長テーブルはどこから出てきた?

 得体の知れぬ相手を前に、俺は身構える。


「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。お姉さん、傷ついちゃうよ?」

「あんた何者だ? ここへ連れてきたのもあんたか? ……ここは一体、どこなんだ?」

「そんなに同時には答えられないよ……まぁいいよ、答えてあげる」


 呆れるように言う女は、こう続ける。


「ここは、死んだ人間がやってくる場所」


「それとボクは、うーん……女神様、って言ったら、信じてくれる?」




 女神を名乗る不審な女は、その後、今の俺の状況の説明を始める。


 ここにくる前に、俺がみた光はトラックのライトで、俺は飲酒運転のトラックに轢かれて死んでしまったという事。

 ここは死んでしまった者が行くべき所へ行く為最初に来る、最寄駅のような場所だという事。

 あらゆる生物には、いつまで生きるのか寿命が定められており、それが予め記されていること。

 そして──


「ほんっとうに、ごめん!」


 ──顔の前で手を合わせ謝罪する彼女から、俺の寿命はまだ先で、本来は今死ぬ筈では無かった事を聞かされた。


「あのトラックが来る頃には、君はまだ校舎の階段から降りたところで、トラックが校舎に突っ込んでも君はギリギリ巻き込まれず、生き残った筈だったんだ」

「だが、ここがあんたの言う通りの場所なら、俺は死んでこうしてここにいるじゃないか」

「そうなんだよ、何かの手違いでこんな事に……。だから、君には本当に申し訳ないと思っている」


 ……話を聞けば聞くほど、混乱してくる。


「それでね。君はこのままだとあの世へ行く事になるんだけど……。そうなるとちょっと、困った事になっちゃうんだよ」

「……今度はなんだ?」

「本来ならまだ生きてる筈の君が、こっちに来ていることがバレてしまったら………。ボクの大失態が発覚。きっと、ボクの存在は消されてしまうだろう……そこで!」


「君にはまたどこか別の世界へ行ってもらって、本来の寿命と同じ分だけ生きてもらおうと思うんだ。つまり、いま流行りの異世界転生って奴だね。君の場合は、そのままの姿で行ってもらうから、異世界転移になるのかな? あれ、でも君は死んでるから、やっぱり異世界転生? ふむぅ……まぁどっちでもいいか!」

「……は?」


 こいつは一体、何を言っているんだ?


「そんな顔するなって。そうすれば、君は希望と夢で溢れた未来ある人生をまた送る事ができる。ボクは存在を抹消される事なく、これからも死んでしまって落ち込む哀れな子羊のみんなを優しく迎え入れる事ができる」

「つまり、みんなハッピーになってめでたしめでたし、って事!」


「……要は、お前の失敗の隠蔽に協力しろ、と」


「もちろん、いきなり見知らぬ場所に一人で行っても大変だし、心細いでしょ? そこで一つだけ、ボクが君のどんな願い事でも叶えてあげよう!」


「あ、元の世界に戻せっていうのはダメね。一度死んだ人間がそのまま同じ世界に戻ろうとすると、魂がボロボロに砕けちゃって、二度と生まれ変われなくなっちゃうからね」


「何がいいかな? 使いきれないほどのお金? 誰も敵わない無敵の力? 王様以上の権力をもって、周りのみんなを従え好き放題するのもいいね。それとも」


「──私にする?」


 両手で俺の手を包みながら、女神は言う。俺はすぐにそれを振り払う。


「……そんなに照れなくてもいいじゃないか。君が最初にボクに気付いた時、一瞬、ボクの胸に視線をやった事。分かってるんだよ? この変態さんめ!」


 こいつのペースに乗せられるのは癪だ。死ぬのは嫌だが、このままあの世へ行き、こいつの上司にあたる奴に告発してやろう。

 そう、本気で思った。が、すぐに俺は思い留まる。


「……死ぬ直前、俺と一緒に女の子がいた筈だ。彼女は、どうなった?」

「彼女? あぁ、天瀬リオちゃんのこと?」

「……! そうだ」

「彼女なら、君と一緒にここに来ている。別の場所で説明を受けてもらっているよ」

「…………そう、か」


 この女が天瀬の名前を把握してる時点で、嫌な予感はした(──当然、当たってほしくはなかったが──)。

 ここに来ているという事は、彼女もあの時死んでしまったのだろう。


「彼女も今頃は、迎えの車に乗せられているところだった筈なんだ……。ボクも、身につまされる思いだよ」


(それって……)



『待ってくれ!』


『聞いてくれ、天瀬!』



(……あの時俺が引き止めなかったら、天瀬は……生きてた……? そんな……)


「……彼女も本来は、ここにいるべき人間じゃない。だから、君とはまた別の異世界で、本来の寿命と同じ分だけ生きてもらう事にした。彼女の事が心配なら、安心して! 彼女にも、どんな願い事でも一つだけ叶えてあげる事にしたから──」

「天瀬リオと俺を、同じ異世界へ転移させろ。……それが、俺の望みだ」


 こいつの言う事が真実だとすれば、天瀬は俺が殺したようなものだ。その責任を、取らなくてはいけない。

 それに、例えその事実が無かったとしても、俺は、同じ選択をしただろう。


「……それでいいの?」

「ああ」

「でも、それだと厳しい異世界を生きていくのは、難しいと思うよ?」

「構わない」

「そっか。……それじゃあ願い事も聞いた事だし、早速、異世界へ出発してもらおう!」


 そう言うと、女神は左手を天へと掲げ、そのまま肩の高さまで下ろす。


 すると、宙に浮かんでいた窓の一つが、俺の目の前まで降りてきた。


「この窓を抜ければそこはもう異世界。君の人生はきっと、いいものになると思うよ」

「……天瀬も、この先に来るんだな?」

「そう願ったじゃないか」

「分かった」


「寿命が来たら、迎えにいくからね」

「寿命って、いつだ?」

「それは教えない。未来を事前に知っても、面白くないからね。それに、いつ目の前にボクが現れるかって、毎日の楽しみが増えるでしょ?」

「……そうか」


 窓の先の風景には、広い草原が映っている。

 俺は、扉ほどの高さがある窓を開け、その先へ足を踏み入れた。


「幸運を、祈っているよ」

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