転生先は『乙女ゲーでしょ』と余裕ぶっていたら、オチが決まっていました~しかも推しじゃない~
「ちょっとおおおおおおおお! どうしてくれんのよおおおお!」
「わ、わるかった……」
雲野渚。
二十五歳、派遣で事務をしています。
いや、していました。
「いや、分かる。そういう設定何度も見てきた……でもさあああ!」
「ま、まさかお主がそれほど運が無いとは……」
「気にしてんだから! もっとオブラートに言って!」
うんのなぎさ。
幼少期のあだ名は『うんのなさ』。
小さい頃の軽い冗談。
……それで済めばどれほど良かったか。
自転車を漕いでいる時に虫が顔にぶつかる。
犬のアレを踏む。
炭酸ジュースを開けたらめっちゃ出る。
そんなのかわいいもんよ。
「本来亡くなる予定だった人が? たまたまハンカチ落として? 真後ろに居た私がそれを拾って? 信号無視の車きたから私が突き飛ばして助けて?」
「う、うむ……」
「はぁ」
運が悪い。
それで片付けるには、私の体質は他人に影響を与えまくる。
ある時はたまたま電車に乗り遅れたために、いつも乗らない便を利用して痴漢にあい。
返り討ちにしてやると、毎朝痴漢にあってたという女性から感謝され。
ある時はたまたま旅行先で行きたいお店が満員で、別のお店にするかと辺りを散策していると、ナンパに困っている女性を発見して助けたり。
私が不運である代わりに、誰かが救われている。
大げさだが、そのくらい自分の不運と他人の幸福がセットなのだ。
……さすがに今回のは大ごと過ぎて理解が追いついてないが。
「で?」
「……で?」
「とぼけないでよね! なんか、あるでしょ。詫びとか詫びとか詫びが」
どうやら死んでしまったらしい私が目覚めたのは、一面まっしろな世界。
目の前にいるまっしろなおじいさんは、『神』だという。
「う、うむ」
「そのハンカチ落とすってのが、神様でも予測できなかったことなんでしょ? ってことは、私巻き込まれた訳じゃない?」
「そう言われると、そうなんじゃが」
「間違いだったからって、本来亡くなる方? と交換してとは言わないけどさ。ほら、色々あるじゃん」
ひとつの命が失われる運命。
それは、もう覆らないことなのは重々承知している。
ここからは『交渉』だ。
本来、ある人間が生きるべきだった寿命を神が無視する訳にはいかないでしょう。
「色々?」
「そう、例えばほら。元の世界には戻れなくても、別の世界でやり直す……とかさ?」
それとなく誘導すると、神はそのたくわえた白髭を一撫でして、なるほどと唸った。
「そうじゃな……。うむ。お詫びに、好きな世界へ転生させてやろう」
「あなたが神か?」
「そうじゃ、わしが神じゃ」
っよし!
一つ目的は達した。
あと、もう一つ、それさえ叶えば。
「行きたい世界って、決めれたり……?」
「ううむ、そうじゃなぁ。可能じゃが、すべてお主の思い通りかは分からんぞ」
「なるほど?」
「お主の頭の中にある世界へ、望むような形で送り出すことはできても、そちらの世界に居る神が干渉しないとも限らないしの」
「それもそうか、神さまは地球の神さまだもんね」
「うむ」
神様のネットワークとかあるのかな。
しかし、世界と性別、あとは大体の生まれる時期さえ合ってればどうとでもなる。
なぜなら。
「じゃあ、『ヒカミタ』の世界で!」
「ひかみた?」
「イメージするね」
乙女ゲーム、『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタ。
私はそれのガチオタで、一応全ルート攻略もした。
そして中でもパッケージイラスト的にメインヒーローである、赤髪の第一王子ライエンが一番好きだ。
「うむ、その世界で良いのだな?」
「はい、喜んで!」
むしろ、ずっと夢見ていた。
ヒカミタに限らず、好きな作品や推しに出会うと「この世界にいってみたい」と思うのは、オタク共通認識だろう。
「ヒロインとか悪役令嬢とか、メインの女性キャラ何人かいるけど。モブで! 同じ魔法学校所属の、別の女性キャラで! できれば美人!」
「注文の多いやつじゃ……」
ただヒロインに成り替わるだけでは、ぬるゲーだ。
なにせこの世界は基本的にヒロイン至上主義、いわゆる逆ハーレムで、好感度がゼロに近い状態でもヒロインに友好的な設定だ。
で、あれば。
(メインのストーリーとかは壊したくないし……、かと言って何もしないとライエンルートになるだろうし。ヒロインの好感度がゼロに近い内に、ライエンの特性や抱えている闇を共感するイベント系を私がやれば……)
燃える。
ゲーマーとしての矜持。
あくまで、転生だ。
私の第二の人生、そこがリアルとなる。
ヒロイン補正ではなく自分の手で、推しへの道を切り開くのだ。
「完璧なプラン」
我ながらナイスな計画。
「そろそろ良いかの?」
「よろしくお願い致します」
そりゃ、自然と敬語にもなる。
憧れの世界、憧れの人。
それが、リアルになるのだから。
「もう一度イメージするんじゃ、望んでいることを」
「むむ」
ライエン。
ライエン・デュ・ロン・エレデア殿下。
火属性を意味するその赤髪が美しい、エレデア王国第一王子。
物語の舞台は魔法学校で、ヒロインはヒカミタの世界で唯一の光魔法の使い手。
当然最初から特別な人物で、ライエンは初めはヒロインのことは苦手な方だった。
ライエンの婚約者である悪役令嬢、リュミネーヴァが魔法、美貌、知性すべてを備えた女性であり、元々プライドの高いライエンは、そんな彼女と比べられることも多かった。
生来の女好き遊び好きもあわさって、『特別』な存在よりも、『従順』な存在の方がコンプレックスを刺激されずに済んだからだ。
しかし、ヒロインの優しさ、誠実さ、献身の姿に惹かれ。
さらにリュミネーヴァにも問題が発生したため、婚約を破棄。
ライエンエンドでは数々の困難に一緒に打ち勝ったヒロインと真実の愛で結ばれ、結婚。
そして周囲にも認められた王となるのだ。
「はぁ……ライエン尊い……待っててね!」
不誠実だった男が、ひとりの女性を愛しぬくと決意したシーン。
最初はどちらかといえば苦手だったキャラに、すっかり魅了された。
そんな彼と結ばれたい。
そのためには!
(ヒロインにきっちり原作のストーリーをこなしてもらいつつ、私がヒロインの代わりにライエンの好感度イベントだけやる!)
ヒロインにとっての逆ハーレム世界、つまり私がライエンを伴侶に望んだとしても、物語の大筋は変わらないはず。
さすがに世界は救えんのよ。ヒロインすまない。
(そういえば)
ライエンルートで一部語られる、親友のこぼれ話。
(水の属性、メーアス)
王となる彼を支える参謀で、ヒロインへの想いを乗り越え。
ライエンエンドの結婚式・戴冠式で親友としてその喜びを分かち合うのだ。
「あーー」
「え?」
神様、今なんか言いました?
あ、ちょっと。待って!
い、いしきが……!
==========
どれくらい経っただろう。
否。
時間は経過していないのかもしれない。
神に転生先へ送られる最中は、まるで意識だけ宇宙にいっているような感覚だ。
(幼少期? それともゲームの舞台である魔法学校入学前?)
どのタイミングで転生者として、記憶を取り戻すのか。
例え本編前であったとしても、ヒロインがメインキャラに認知されるのは魔法学校の入学式直前。
やっていける自信はある。
(ーーん?)
ずっと自分が定まらない、漂っていた感覚が徐々にハッキリとした感覚になってきた。
まるで出口のない空間に、突如出口が現れたよう。
(--っ!)
意識が、覚醒する。
その予感は的中したのだった。
◇
「ずっと夢見ていました」
(……? ええ、私も)
未だまぶしい世界。
ここは恐らく、夢見た世界。
「これでようやく安心できます、あなたが……ずっと共に在るのだと」
(ええ……、……ええ?)
どういう状態です?
それまで意識だけだった『私』という存在は、徐々にヒカミタの世界へと馴染み。
誰かの手に己の手を添えている、感覚と。
緊張で喉が渇いているという、状態と。
聴こえる厳かな音楽と拍手。
そして目に映る----その鮮やかな、美しい青色の長い髪。
(…………これ、メーアスのエンディングじゃね?)
==========
「……ネイギス?」
「ーー! あ、はい」
(はい、じゃないよおおおおおおお!)
どうしてこうなった?
むしろメーアスに気付いた瞬間、叫ばなかった私を褒めてほしい。
一応、全キャラ攻略してるからエンディングで周りの景色見覚えあったよ!
あったけど、空気読んで叫ばなかった。
えらい。
ネイギス……ナギサからもじったのか神よ。
いや、そもそも。
本編、どこいった?
「おめでとう、メーアス」
「感謝いたします、陛下。……いえ、ライエン」
待て待て待て待て。
今、聞こえてはならない言葉が聞こえたぞ?
(今、陛下と。そう言ったな?)
最悪なタイミングで聞こえても、推しの名と声が聞こえると心は弾むんだな。
ああ、良い声。
じゃなくて。
陛下ということは、王位を継いだということ。
すなわち。
(私のライエンが……人妻!?)
言い方は間違いだと思うが、まさに今の気持ちはそんなところ。
つまり、私の脳内はライエンの妻イコール私だったのが。
実際に転生したら、推しは誰かとエンディングを迎えた後で、更にそのあとメーアスエンドが生まれたってことだ。
いや、逆ハーとは?
どこのどいつだ、ライエンの妻。
「ネイギス、メーアスを頼んだぞ」
推しが。
夢にまで見た、尊みの権化であらせられるライエンが。
私 の 名 前 を 呼 ん だ。
(無理無理無理無理)
しんどい。
無理、しんどい。
それしか言葉がでない。
というか推しの笑顔がつらい。
本来見たかった光景じゃなくて、つらい。
が。
そうは言ってもネイギスはネイギス。
既に転生して存在していた魂に前世の記憶が甦っただけなので、意外と対処できる子。
「ええ、お任せください陛下。共に王家を支えて参る所存です」
さすが、ネイギス。さすが私。
口八丁は得意分野。
内心は推しと話せるこの時を、しっかりと噛み締めている。
しかし、この転生……一体どこで間違った?
==========
メーアス・ナ・ギル・メルゼン。
ヒカミタ本編の攻略対象キャラのひとりで、水の属性を持つ頭脳派イケメン。
もちろん眼鏡。
物語の舞台であるエレデア王国には、王家に次ぐ名門である三大公爵家が存在する。
剣の一族シ・アイゼンとよばれるアイゼン公爵家。
魔の一族レ・ローゼンとよばれるローゼン公爵家。
そして、智の一族ナ・メルゼンとよばれるメルゼン公爵家。
それぞれの当主が国軍で師団長を務め、メーアスは将来参謀長になる人物だ。
物語の印象としては、ライエンを影で支える実力者。
知略をめぐらし、魔物をたおす。
水の魔法には光の魔法には及ばないまでも、回復魔法や補助魔法があり、いわゆる後衛キャラだ。
真面目で将来の王を支えるしとやかなキャラ……と思われがちだが。
メーアスのルートを攻略した者には分かる。
彼は、腹黒い。
「やはり、迷惑でしたか?」
「へぇ!?」
(望まぬ)結婚式を終え、メルゼン公爵家の屋敷へと戻った。
その夜。
そう、いわゆる、初夜だ。
(お願いヘルプデスク、今だけでいいからエンディング後の攻略方法を教えて)
私が立ち会ったのは、不本意ながら自身の結婚式。
つまり、今流れているこの時間は、エンディング後のもの。
「め、迷惑だなんてそんな……」
引きつりそうになる笑顔を、なんとか取り繕う。
ネイギスは侯爵令嬢らしい。
魔法学校もそれなりに優秀な成績で修め、まぁ家柄とか釣りあい的な意味では問題ないだろう。
(問題は、なにが彼を射止めたか、だ)
いや、本来であれば『迷惑』なんだけど。
目の前で、子犬の耳が垂れたようにこちらを伺う姿をみると、何も言えなくなる。
あれ、腹黒とは……?
「貴女がライエンを想っている、そこにつけ込んだ私が憎いですか?」
ああ、そういう?
つまり、神様は失敗していなかった。
ライエンを射止めたい貴族の令嬢モブに転生はさせてくれたのだ。
そして、物語を知る渚としての私の覚醒が遅れたことで生じたことなのだろう。
確かに、ライエンのイベントというのは第一王子である以上、他のキャラとの絡みもある。
そこで何か、やってしまったか……?
「心配せずとも、貴女の瞳が私を映すまで。誓って、貴女には触れません」
ねぇ、腹黒ってなに?
ヒロインにデレる時、こんなに甘い感じだった?
「……」
何もいえずにいると、メーアスは「おやすみ」と微笑みながら寝入った。
==========
自分でも驚くほどの順応力。
そりゃそうだ、二度目とはいえ間違いなくこの世界に生を受けたのだから。
風属性を表す、自身のパステルグリーンの髪色にも、前世では中々みない美しい顔にももう慣れた。
推しとのハッピーエンドは叶いそうにないが、元来推しとは愛でるもの。
それに、作品自体に愛着があれば、それに関わるすべてが愛おしい。
結婚式から一夜明け、本来ならばゆっくりと休暇をとるはずの未来の参謀長どのは朝から出仕していた。
『すまない。まだライエンが王となって日が浅い今、周囲を固める必要があるんだ』
非常に申し訳なさそうな顔で、そう言いながら出掛けていった旦那様ことメーアス。
(つまり、今はストーリー終わった直後?)
本来のストーリーは、王国の危機をヒロインと仲間たちが退け、生きている喜びを分かち合う中で、好感度が一番高いキャラの告白をもってエンディングに突入する。
(ふむ)
普通に考えれば、ヒロインとライエンが結婚したのだろう。
ネイギスとしての記憶にヒロインもちゃんと居た。
しかし、神様が私の頭の中を尊重して転生させてくれたのだとしたら、覚醒が遅くなったのがナゾだ。
これがこの世界の神? の思し召しなのだろうか。
いや……待てよ。
「飛ばされる前に、神様なんか言ってたな」
完全にやっちゃった感じの、『あっ』って言ってたな。
「はぁ」
ああだこうだ言っても仕方ない。
既にこの肉体と魂は定着しているのだ。
私は、雲野渚であり、ネイギス。
それから逃れる術はもう、ないのだ。
◇
「奥様、こちらです」
「ありがとう」
「いえ」
メーアスが不在の今、この屋敷の主人は実質私だ。
ご当主が住まわれる屋敷ではなく、新婚だからと別邸を用意してもらった。
ああだこうだ言っても、私がメーアスの妻であることは覆らない。
不在時くらい、しっかりと守らなければ。
侍女のエレナに使用人の紹介も含め、屋敷を改めて案内してもらう。
さすがは智将メーアスの屋敷、使用人の出自や屋敷の構造に至るまで不安な要素はまるでなかった。
家柄もあるんだろうか。
「ーー! きれい、ね」
案内の最中、屋敷正面とは反対側となる部分。裏庭に案内してもらった。
そこは、切れ者のメーアスからは想像できない、美しい花や青々とした植物で溢れていた。
「奥様が……」
「え?」
「あ、いえ。なにもございません」
私? あ、もしかして結婚前に私が命じてたとか?
覚えてなくてごめん。
==========
「なるほど、ね」
メーアスが居ないことを良いことに、約束のない来訪者が数名来た。
単純に結婚式にでれなかったから挨拶にきたという者や、結婚祝いを持ってきたついでに雑談がしたいような者達であったが。
しかし、共通するのは皆、第二王子派だった者だ。
ライエンルートを隅々までやったからこそ分かる。
(ライエンの女好きは、愛情に飢えた心の裏返し……)
第一王子だったライエン。
しかし、彼の母親である当時の王妃は産後の体調が優れず亡くなり。
現皇后は後妻である第二王子の生母だ。
それ故、幼い頃から誰に甘えればいいか分からず。
王としての未来を見越し、勉学や剣術、魔法の訓練に励むも周囲は生まれたばかりの第二王子を可愛がり。
かと思えば第二王子を王にしたい皇后の手により、側近や重役の取り込みが行われ。
誰も、ライエン自身をみる者は居なくなった。
かろうじて周りに居るのは、『第一王子』『将来の王』という肩書。
それに群がるだけの者。
次第に『王になる』という生きる目標さえ見失った彼は、第二王子に王位を明け渡しても良いと考え、自堕落な生活におちていった。
(ただ、第二王子は魔力が強くないのよねぇ)
この国は魔力の強さが地位の高さを表している。
いわゆる貴族と呼ばれる者たちは、大多数が強大な魔力の血脈なため、魔力の強い者同士で婚姻する。
しかし、後妻であった第二王子の母は名家の出身ではなかった。
そのため、先王は第二王子に王位を譲ろうとはしなかった。
(確かそれでライエンルートで小競り合いが起きるんだっけ……)
表面だけでは見えないキャラの、その深淵を覗いた時に私はライエンを好きになった。
そして、そんなライエンのことをずっと見てきたメーアス。
彼は文字通り親友であり、戦友でもある。
荒んだライエンの心を支えたのはヒロインだけではなかったのだ。
「そしてライエンが王となった今、かつての政敵はいかにして取り入ろうかと探っている……と」
直接ライエンに取り入る訳にもいかないだろうから、まずは周りを攻めてみようって?
はっ。ほんと、調子が良いのね。
「しかし残念、あなたたちの顔はみんなライエンルートで見てるのよ」
先程まで談笑していた応接間。
その窓から去りゆく馬車を眺める。
ヒロインやライエン、メーアスたちが守ってくれたこのエンディング後の世界。
だったら、彼らが幸せにならなくてどうする。
大半は分かりやすい者だったが、中にはこちらに探りを入れるようなタイプの人間もいた。
あわよくば、失脚させようって?
冗談じゃない!
私はもちろんライエンを守りたい。
そしてそれは、彼の側近であるメーアスを守ることにも繋がるのだ。
==========
『風よ、刃となれ!』
周囲を漂う風が、まるで意志をもったかのように目の前の敵へと斬りかかり。
狼のような魔物が二体、地に伏した。
「ネイギス様! ありがとうございます!」
「助かった……」
「怪我はなくって?」
この国における貴族とは、魔力の強い血筋。
領地や治める場所で民から税を徴収する代わりに、治世と脅威を払う義務を担わなければならない。
「はい! ……でもまさか、ネイギス様が来て下さるとは」
「ちょうど手が空いていたものですから」
たまたま用事があり外出していると、馬車の中より街中の騒がしい音が聞こえた。
『郊外で魔物が出た!』というので、その場で対処に向かうと伝え、市民には国軍への連絡だけ依頼した。
畑仕事中に出くわした郊外に住む市民は、魔力が乏しいながらも果敢に魔物に挑んでいた。
彼らを笑顔で見送り、待機させていた馬車へと戻る。
(エンディング後でも、世界から魔物が消える訳ではないのね……?)
原作でのラスボスーー、最大の敵というのは隣国にある魔族の国。
そこの皇帝だ。
物語の中盤で、国同士の争いに発展する。
この世で生まれながらに持てる魔力は、火・水・風・土が基本となり。
百年に一人の割合で、光の属性が生まれるという。
そして、この世で闇の属性を持てるのは魔物と魔族。
元々魔物は理由なく人を襲うものとして描かれ、魔族との直接の関係は言及されていない。
ラスボス戦ではヒロインが光の究極魔法を発動して、世界が光でくまなく照らされた。
そうしてラスボスは闇の力を失い、このエレデア王国が勝利する。
しかし、魔物はいる。
(やはり魔族と魔物は別物なのかしら)
勝利後はすぐエンディングなので、魔物との戦闘シーンはなく、考察勢でよく意見が分かれたものだ。
(もしくは、隠しルートで裏話が聞けるとか?)
王道ルートは確かに全てクリアした。
だが、解放までの条件が鬼畜設定の裏ルートもあるらしい。
まずはパッケージキャラの全イベント、全スチル解放が先決だったため、そのルートだけ実は未プレイだ。
「ーーネイギス!」
「っ!?」
ぼんやりと考えていると、いつの間にか帰宅していた。
そして、そこには城へと出仕しているはずの旦那様ことメーアスが居た。
「な、なんで」
「良かった……、無事だね?」
おかしい。
メーアスがこんなに心配を露わにするのは、ライエンに対してだけだ。
ヒロインにすら、好感度が最大付近になるまではデレない、手の内を見せないキャラだ。
「え、ええ。怪我はありません」
恐らく軍への通報で魔物の討伐に私が出向くと聞いたメーアスが、仕事の途中で抜けてきたのだろう。
これほどまでに、愛されているとは。
(正直、予想外)
ライエンへの想いと、ヒロインへの想い。
それぞれを同時期に失った者同士が結ばれたということは、なんとなく分かる。
だがそれだけでこんなに愛されるものだろうか?
ネイギスとしての、大事な何かを忘れている気がする。
==========
「やっぱりおかしい」
魔物の討伐から帰り、非常に焦った様子の旦那様を見て驚いた。
あれはどう見ても愛されている。
自分のことだから気恥ずかしいが、とても失恋者同士が傷をなめ合って結婚したとは思えない。
翌日の今日は疲れたから、と旦那様を見送ったあと人払いをし自室にこもって一人会議をしている。
「メーアスエンドとなるのに必要なキーイベ、うーーん……記憶にないわ」
ネイギスとしての自分の記憶を辿る。
乙女ゲー猛者の私にとって、周回したゲームのオチから各イベントを逆算して拾うのは得意分野だ。
しかし、その記憶には確実にあるはずのキーイベントをネイギスが発生させた様子はない。
「たしか、好感度が高い状態でライエンとのあるイベントの選択肢をメーアス寄りにするんだっけ」
それにも第二王子派の思惑が絡んでいて、襲われたライエンを助けるイベントだった。
そこで怪我した二人、どちらを先に魔法で癒すか。みたいな選択肢だっけ。
いや、ふつうに二人同時にやれよって話だけど。
まぁ乙女ゲーだしこの際目を瞑ろう。
そもそもネイギスとしての私が光魔法を使える訳ないのだし、そのイベントに遭遇したところで何もできない。
じゃぁ、何がメーアスエンドの要因に……?
「……あっ」
そういえば、転生前。
ライエンで一杯の頭の中で、一瞬よぎったメーアスのこぼれ話。
子供の頃、第二王子派が徐々にライエンの外堀を埋めようとしていた頃。
メーアスが巻き込まれることがあった。
次期参謀長を引き入れたい第二王子派は、報酬をちらつかせたり、第一王子のあることないことを言い、味方に付けるためなら子供にも卑怯な手をつかった。
元々ライエンの心の闇を知っていたメーアスはもちろん屈せず、ライエンが自暴自棄になる期間も支え続けた。
そして、物語の舞台である魔法学校では例外なくメーアスもヒロインに惹かれる。
そんなヒロインが、友であるライエンを選んだら……?
「……私、ヒロイン目線でしかキャラのこと考えてなかったけど。メーアスにとっては、何よりも苦しい結末なんじゃないかしら」
大切な友人が、自分の想い人と結ばれる。
それは、心の中に湧き上がる嫉妬、喜び、かなしみ、そのどれすらも吐き出す場所がない。
自分一人が、我慢しなければならない想いだ。
仮に幸せな二人へメーアスが想いを吐露したところで、二人を困らせるだけ。
計算高い、智将の彼がそんなことできる訳がない。
いや、待てよ。
「ねぇ神様、もしかしてまた私、運が悪かった?」
本当に一瞬だけ思い描いたその情景を、神様が想い人だと捉えたのだとしたら?
それとも、ライエンと近しいご令嬢に転生させようとした瞬間、メーアスがよぎったためにイメージがブレたとしたら?
でも、そのおかげでメーアスの心が救われたのだとしたら……?
「案外、私って幸運なのかもね」
なにせ、愛されている事実が心地よいのだから。
==========
「旦那様、今日はーー」
「名前」
「うっ、……め、メーアス」
「いいね。で、なに?」
相変わらず愛されている実感しかない毎日だが、最近では距離を詰めにきているらしい。
周りに人が少ない時は名前を呼ぶよう催促される。
(いや、ライエン推しだけどさ、もちろんメーアスも顔が良いのよね)
長いその青い髪を片側だけ耳にかけ、おまけに知的キャラの必須アイテムである眼鏡をかけていらっしゃる。
そのモデル顔負けな長い脚を組み、男とは思えないキメ細かな肌は輝いている。
いわゆる色気キャラ。
そして原作では、ライエンを陥れる第二王子派、魔物、隣国などの敵を、策略や話術で黙らせる。
時には鬼畜な方法で。
うん、逆らってはいけない。
それに、名前で呼ぶのは恥ずかしいけれど、嫌という訳ではないのだ。
ああ、笑顔がまぶしい。
「あ、えっと。今日はお休みですか?」
「うん、たまには奥様とゆっくりしないとね」
「あ、はは」
いや、マジでヒロインでもないのに何が一体彼をこうさせた?
「そうだ、久しぶりに裏庭を散歩するかい?」
「ええ、そういたしましょう」
「マーク、お茶の用意を」
「はっ」
家令のマークに命じると、メーアスは手を差し出した。
(えっと……、これは)
手を、繋げと!?
いや、エスコート的なやつか。
貴族って屋敷のなかで、こんなラブラブでいいのか!?
分かんない、リアルでもネイギスでも恋愛経験ないからわかんない!
「嫌かい?」
「そんな」
嫌な訳……ないだろおおおおお!
最近ライエン推しだったはずの私は、すっかりメーアスのアプローチに堕ちている。
いかん、ちょろい女だ。
恐る恐る、差し出されたその手に、己の手を重ねた。
◇
裏庭は緑と花の色が賑やかな、お気に入りの場所のひとつ。
魔法学校にも似たような場所があったので、懐かしい気持ちになる。
そんなところをイケメン旦那様と二人、歩いていた。
「……こうしていると、思い出すね」
「え?」
「君があの時、言った言葉」
(あの時って、……どの時だ?)
『例えライエン様が王であろうとなかろうと、慕う気持ちは変わらない』
い……、言ったな!?
ネイギス嬢、しっかり言ってるな。
あれ? けどこれって。
本来ヒロインがライエンに言う言葉じゃない?
「ライエンがシンシアに想いを告げた時、私は今までに感じたことのない感情に追い立てられた。……今こそ、第二王子派へ移るべきなのか、いや、そんなことをして何になる。私だけが苦しめば、それで済む……でも、心は堕ちていく一方だったんだ」
それは、転生してきて理解した。
逆ハーの世界でエンディングがあるということは、ヒロインがエンドを迎えた以外のキャラには影を落とすということだ。
それは嫉妬かもしれない。
時には、自責かもしれない。
「そうして元々素行の悪さで婚約破棄が噂されていたリュミネーヴァ嬢の代わりに、シンシアが婚約者となった。……私達は立場こそ同じだったけれど、君の方がずっと強かった」
ああ、思い出した。
ライエンが告白するシーン。
ヒロインにとっての、ライエンエンドには必須イベントだ。
覚醒する前のネイギスである私は、そんなイベントのことなどもちろん知らず。
運悪く、その場に出くわしてしまった。
そしてそれは、ライエンの側近であったメーアスも一緒だった。
『なぜだ? 君はなぜそんなに、強い?』
『どうでしょう? 強いかどうかは分かりません。けどーー』
『……けど?』
『ーー私はあの方をずっと見てきました。本当は努力家で周りの気持ちを人一倍察することが出来る方なのに、生い立ちのせいで苦しい思いをされていました。そんなあの方が……、やっと心の拠り所をご自身で見付けられたこと。それが、この気持ちを失うこと以上に嬉しいのです』
『……!』
『貴方にも、この気持ち、ありますでしょう?』
『それは』
『例えライエン様が王であろうとなかろうと、慕う気持ちは変わらない。そして、そんな素敵で不器用な方が見つけた幸せ。……自分の想いが報われない悲しい気持ちと共に、友としての惜しみない祝福がある。ーー貴方も、そうでしょう? どちらも真実で、どちらも大切なのです。それらは……共に在っていいのです』
「私がどれだけ貴女に救われたのか、きっと知らないんだろうな」
「どちらも真実で、どちらも大切……」
きっと、『オチ』『エンド』という言葉があるから。
無意識の内に、想いというのは何らかの方法で昇華させねばならないのだと。
そう、思いがちだが。
妬み、悲しみ、苦しみと共に。
喜びや幸せな気持ちが心に同居していいのだ。
それらは確かに一人で乗り越えるには辛いものかもしれない。
だが、ヒロインとの想いが結ばれるという喜びは分かち合えなくても。
想いが結ばれない苦しみと共に、友への祝福を他の誰かと共有できたのなら。
それは恐らく、『納得』という解決策に繋がるはずだ。
「私の運が自分に返ってくるのは……、初めてかもね」
「?」
「何でもありませんわ」
きっと、運とやらも分かち合うためにあるのでしょうね。
乱数でもない限り乙女ゲームには無縁のもの。
でもここは、現実だから……ね。
ご覧いただきありがとうございます。
少しでもご興味持っていただけましたら、ブクマや★評価よろしくお願いいたします!