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3人で花火大会

 待ちに待った花火大会に心が踊る。ソワソワした雰囲気にみんな楽しみにしていたんだなと嬉しくなった。

 カメラを首から下げたユイがテンション高く花火の袋を破っているのを見ていると、ソウが備え付けられている水道からビニール袋を被せたバケツに水を汲んで持ってきてくれた。重てぇ……と手を振るソウにありがとうと笑う。

「いいよ」

 俺しか持てないっしょと優しい笑顔にときめいた、ような気がした。

「僕これやる〜」

 もう既に3本持っているユイにちょっと待ってと言って、コンビニの袋から行きがけにおばさんが渡してくれたロウソクを足で平にした地面に置く。花火用のロウソクが押し入れの奥から見つかったのよと3つも持たしてもらった。ライターから直接火をつけるのは少し怖かったからラッキーだ。

 ソウがロウソクに火をつけると、もう我慢できないといった様子でユイがキラキラの目線を向けてくる。

「もうやっていい?」

「うん。いいよ」

「俺はこれにしよ。ヒトミどうする?」

「私は――」

「見てこれすごい!」

 私達が選ぶ間もなく楽しそうなユイの声が響く。珍しく幼い笑顔でソウも参加する。私はそんな2人を1枚だけ写真に撮って、見覚えのある手持ち花火をロウソクに近づけた。

 揺れる火に合わせて少し待つとシャワーみたいに花火がついた。シュワシュワ鳴る音を久々に聞いたからか、あまりにも楽しい。目の前ではしゃいでいるユイの花火は青色で綺麗だ。でもそれ以上に照らされるユイの顔が綺麗で笑みがこぼれた。

「火ちょうだい」

 ソウが肩がぶつかるくらいの距離で隣に並んで花火の先を当てると火を貰っていく。早くも2個持ちで振り回しているユイからちょっと距離を取って消えた花火をバケツにつける。じゅっと鳴る音がなぜか好きだった。

「見て見てパチパチ花火!」

「いいなぁ、俺もやりたい」

「これ、かな? 私もやる〜」

 次に火をつけたのはパチパチ音の鳴る花火。長い棒の先で火花を散らしているオレンジ色の光をじっと見つめた。すると弾けるそれの近くをユイが平気な顔をして歩くので慌てて手を引く。

 危ないよと声をかけても返ってくるのは聞いているのかいないのか分からない返事で、こっちが気をつけるしかない。


「ヒトミもやってる?」

 自分でやるより見てる方が楽しいので花火もそこそこに綺麗な光達を眺めていると、気がついたソウが話しかけてくれた。

「うん。でも見てる方が楽しいかも」

「ふうん? ヒトミ昔からそういうとこあるよな。自分でやるより人のこと見てる方が好き、みたいな」

「あーそうかも」

 言われてみれば。ソウの言葉に頷いて、気にせず行きなよと背中を押す。次対決ね! と息巻いているユイにどれがもちそうかと品定めするソウ。充電はバッチリ終わっている携帯で楽しそうな2人を動画に収めた。

 私はさっきソウの言った通り、自分でやるよりも人が楽しそうにしているのを見るのが好きだ。理由はよく分からない。例えば文化祭の準備だったり、体育祭に向けてリレーの順番やどの競技に出るかを決める時の雰囲気だったり。ただ少し離れた所で賑やかなそこを眺めるのが心地いいのだ。

 だから小学生の頃ユイの家の庭で花火をやった時も、ある程度遊んだらおばあちゃんが座っている縁側に行って楽しそうな2人と参加者の私の妹と、それからソウのお兄ちゃんを見るのに徹していた。お母さんは「遊んできなさい」と言ってくれたけど私はこれがいいのと首を横に振った。

 今目の前に広がる景色と火薬の匂いに、楽しいと心の底から思った。

 あれもこれもと競うように選んでキャッキャと騒いでいたユイに呼ばれて渡された花火に火をつける。

「ヒトミ、俺と対決しようぜ」

「望むところ。絶対勝つから」

 何も分からずにつけた花火は鮮やかな緑色に光る。シュシュシュ……と音を立てていたそれが一瞬激しく光って「うわっ」と同時に声が上がる。斜め前に立っているソウと顔を見合わせて笑っている隙に青くなっていた光が今度は赤くなった。

「ねぇソウ、これすごいね!」

「色変わるんだ……」

「すっごい綺麗だね〜。僕もやればよかった」

 後ろにいるユイからカシャカシャ音がするので写真を撮っているのだろうか。振り返って確認しようと思った瞬間、ソウがおぉ! と声を上げる。

 引き戻されて見た花火は黄緑になって、最後に赤い花火から流れ星みたいにキラキラが降っていく。

「綺麗……」

 思わずため息が出てしまう。

 結局勝負なんて忘れてしまっていて、気がついたら花火は楽しかったね〜と言いながらバケツに突っ込まれていた。

「最後にこれやろう!」

 ユイが1本ずつ花火を配ってくれる。順番に火をつけると私達から離れていったユイが当ててね! と笑うから何をするのかと見守る。楽しそうなユイを見ていると小さい子と遊んでいる気分になる。

 いくよ〜と掛け声と共に、1番初めにやったスタンダードなオレンジ色が横に縦にと動いていくが順を追っても解読できない。

 おそらく文字を書いているのであろうユイが、花火を振り回して「わかる?」としきりに聞いてくる。でも残念ながら何も分からないので、少し首を傾げて自分の花火はそっちのけでソウに耳打ちした。

「ソウ、分かる?」

「全っ然。1ミリも分からん」

「ねーえー、分かる〜?」

  僕文字書いてるんだけどと大声で言うユイにソウが頭を抱える。

「分かんねぇ……何あれ……」

  やがて光がなくなって、結局ユイが何を書いていたのか分からないまま火の消えた花火をバケツに突っ込んだ。離れていたユイが足を取られながら走ってきて、なんで分からないのと口を尖らせる。

「あれ何て書いてたの?」

「ソウの誕生祝いだから、おめでとうって書いた」

「あぁ……サンキュ」

  順番に頭の中で組み立てたけど「おめでとう」には到底ならなかった。そこである可能性に行き着く。

「……ユイさ、ちゃんと反転させて書いた?」

「反転? ……してなかった」

 そんな予感がしていた私とソウは笑ってしまって、反転かぁとユイが悔しそうに言った。思わぬ落とし穴に嵌っていたユイは、それでも嬉しそうに笑ってからソウに向き直る。

「聡太くん誕生日おめでとう」

「お誕生日おめでとう」

 ありがとうと微笑んだ後に何か企んだ顔でソウが悪い顔をする。

「……来週だけどな!」

 昼間とは逆にソウが私達に抱き着いてくる。2人で受け止めてまた笑った。



  「打ち上げ花火始めまーす」

 ソウがライターを片手に左手を上げる。それにユイが両手で大きくマルを作って応える。

「はーい」

「ソウさんお願いしまーす」

 私は動画を撮るために携帯を構えて右手を振る。少し緊張感のある中、本来ならこの花火大会の主役であるはずのソウが火をつける。私もユイも怖いから無理と断ったら優しいソウが着火係を買って出てくれた。昔はユイのお父さんがやってくれたなぁとぼんやり眺める。

 カチッと音がしてソウが走って戻ってくる。スペースを空けていた真ん中に入ったソウをチラッとだけ見て携帯を構え直した。

 シュー……とジャンプをする前に足を曲げるように少しの待ち時間の後、緊張が走る私達の目に飛び込んでくるのは色とりどりの火の玉。シュンシュン音を立てながら鮮やかな赤や青や緑が次々に打ち上がるのが綺麗で、その噴水みたいなそれを黙って見つめた。

 何度か左側からシャッター音が鳴った。

「ソウ、誕生日おめでと〜!」

 突然ユイが大声を上げる。一瞬固まってしまった後、私もおめでとう! と大きく叫んでカメラをソウ2人に向けた。

「ありがとー!」

 部活の応援の時みたいにお腹底から声を出すソウに笑ってしまってカメラが揺れた。いぇーいとガッツポーズにした両手を上げて2人が騒ぐのを画面越しに眺める。

「あ、終わっちゃうよ」

 視界の端に捉えた打ち上げ花火の勢いが減ってきたのを確認して声をかける。画面が揺れるのも気にせず強引に携帯を戻すと、今度は最後までちゃんと自分の目で消えるまで見届けた。

 完全に消えてからもう一度ソウに向かって携帯を向ける。

「ソウさん、感想お願いします」

 余韻に浸っていたソウは照れたように前髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。そして右手で作ったピースをカメラの前に持ってきてただ一言。

「最高」

 とだけ言って、久しぶりに弾けそうな笑顔を見せた。


 最後に線香花火に同時に火をつけて、スカートの裾を汚さないようにしゃがんだままそのオレンジ色の玉を見つめた。生きているみたいに動くのが何だか可愛い。

「懐かしい……」

 呟いたのは誰だろう。

 線香花火の長さの対決。みんな1度はやったことがあると思う。私達も例に漏れず何度も戦った口で、なぜか毎回勝つのはユイだった。最終2人まで残った私の妹は負けたのが相当悔しかったようで泣いていたのもいい思い出だ。

 あんなにはしゃいでいても線香花火をつけるとしんみりするのは何故だろう。不思議だけど、私はこうして最後にみんなで輪になって静かに見つめるだけのこの時間が大好きだ。

 息を潜めて真剣に花火を見つめているオレンジ色に照らされた2人の顔を盗み見して、密かに笑った。

「あ、落ちた」

 最初に脱落したのはソウだった。

 私の線香花火はまだ灯りをともしている。確認したユイの方が大きく膨らんでいるから、あぁまた負けたなと思った。

 それでもまだ希望を持って見つめていると、一生懸命に燃えていた繊細な玉がスっと落ちて勝敗が決まった。

「……終わっちゃった」

 こんなに綺麗なのに儚い命だ。

 また来年もやりたいね。ユイの線香花火も落ちてからしばらくの沈黙の後、呟いてみた。2人から返ってきた絶対やろうと力強い言葉に満足して立ち上がった。


 ちょっと星見てから帰ろうよ、なんてユイが言うから岩場のところまで来た。

「ワンピース汚れない?」

 2人と同じように座ろうとしたところでソウから止められた。少し躊躇ってから今更かと割り切って大丈夫と返す。体育座りで見上げた空は、満天の、とまではいかなくとも確実に家の近くで見るより綺麗に星が見えた。

「星多いな」

「ほんとに……」

「これも2人に見て欲しかったんだよね。もっと山の方に行けばよく見えるんだろうけど……ここでもいつもよりは綺麗でしょ?」

 ほんの少しの差だ。そんなにたくさん見えるわけじゃないけど、それでも私達の目にはいつもより綺麗に映っている。メガネ外してきてよかった。

 少し目線を落とすと欠けてはいるけど輝く月と海にひかれた光の道。

 隣を向くと、真っ暗な中、波の音だけが聞こえる夜の海で、宝石みたいなユイの目が月に照らされた水面を映していた。 小さい子どもみたいな、宝箱の中みたいな、純粋なユイの目が好きだった。自分の世界で飄々と生きる彼に憧れていた。あの狭いボロボロの一室で形として世界を作って、ユイは好きなことをしていつまでも夢を見ている。ちゃんと自分の夢をその素敵な瞳で真っ直ぐに見据えて大切に育てているのだ。

 ユイの目はいつだってあの光の道みたいに輝いていて……あぁ、そうか。そして私は照らされた一筋を羨む暗い場所で、ずっと彼に憧れてああなりたいと夢見ていた。

 そうだ。だからこの気持ちは、憧れなんだ。

 妙にしっくりきて納得する。これは恋心なんかじゃなかった。憧れてただそうなりたいと願うだけの気持ちだった。なるほどなるほど。こんな簡単だったのかと笑えてきて、穏やかな気持ちで海を見つめた。

「こうやってずっと波の音だけ聞いてたいわ。余計なこと聞くの疲れるし」

「……私も、こんな景色だけずっと見てたい」

 空を見上げながら零れたソウの言葉に同調する。ユイはそれには触れず「僕ね」と切り出した。

「海の魚になりたいんだよ」

 一昨日ユイがいなくなった時にソウと一緒に見たメモにもそう書いていた。どういう意味か理解出来なかった。もしかしたら入水でもするのかと縁起でもないことも考えた。まぁ、ユイに全くそんな気はなかったし、そもそもこれは失踪でも家出でも何でもなかったけれど。

「海ってすごく広くてさ、それぞれが自分の気持ちのままに生きてるでしょ? 魚ってあんなに綺麗で自由で、それが羨ましくって」

 だからここで、その真似をしてるんだ。

「真似……」

 ユイの言葉に思い当たることがあって口の中で小さく繰り返す。相変わらず波の音しかしない静かな海だ。

「……ユイ。俺達明日帰ろうと思う」

「え、そうなの?」

 そうなのって私の方を向かれても私もそんなの聞いていない。それはこっちのセリフだ。

 ユイの肩越しに見たソウは遠くの空を見つめたまま何を考えているのか分からない。でもたしかに、突然来たせいでいろいろやらなければいけないことも残してきてしまっている。課題に受験勉強に、それから進路希望の紙。オープンキャンパスにだって行かなきゃいけない。

 それに、この綺麗な世界は私には少し息が苦しい。

「そうだね。帰らなきゃ」

「そっかぁ。寂しいなぁ……もっとゆっくりすればいいのに」

「俺達はやることいっぱいあるんだよ、お前と違ってな」

「……そうだよね」

 ソウのからかいとも苛立ちとも分からない少しトゲのある言葉にひっかかる。そんな言い方しなくてもいいじゃないか。何も言わないユイの代わりに私が言ってやろうかと思っていると、帰ろっかとユイが立ち上がる。

 ソウもそれに従うと何も無かったみたいに普通に話し出したから思い過ごしかと安心して私も着いていった。

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