007-2_君は僕の弟じゃない
訓練に参加するようになって、しばらく経った頃。
オーネスは訓練の後でフリートと戦闘訓練をしていた。この日は二人とも何も手にしておらず、純粋に体術の特訓である。二人とも訓練の後ではあるが、強くなりたいオーネスはこうやってフリートによく組み手を頼んでいた。
ヒュッ、ヒュッ
拳が風を切る音が響く。
今の二人の距離はお互いの拳か相手のに届く程度の近さである。組み手を始めた時こそお互いが腕を伸ばして拳が当たるか当たらないか、といった距離であった。しかし、組み手を進める過程でオーネスはこの距離まで意識して接近していた。
魔物を打ち破ったあの日、フリートが見せた瞬発力は驚異的である。
しかし、その瞬発力を実現するには一瞬だけとはいえ溜めが必要である。そのため、ある程度の距離を取らなくてはその真価は発揮されない。組み手を続ける中でその事を知ったオーネスはなるべく距離とを詰め、フリートの得意な動きを妨害するように意識しながら立ち回る。
さらにオーネスにとって追い風なのが彼らの背丈である。フリートの方が頭二つ分ほど大きい。そのため、フリートは上からの体重が乗った攻撃を受け続けつつ、自身は体重が乗りにくい攻撃を続けないといけないため非常にやりづらそうである。
何とか距離を取りたいフリートは後ろに跳ぶ機会を伺うものの拳を振るうたびにじわじわと回り込まれており、うまく後ろに跳び退けない。蹴撃も選択肢の一つではあるものの、逆転を狙うならやはり頭。しかし、身長差から言って届きそうにない。悪条件が重なり次第に劣勢になっていくフリート。
そして――
ピタツ
フリートの眼前で拳を止めるオーネス。
「今回は僕の勝ちだな」
「ちぇっ」
悔しがりながら座り込むフリート。今日の勝者が決まったようである。
「ほら、拗ねるなよフリート。今日の晩ご飯のおかず、少し分けてやるから。」
言いながら少し不機嫌になったフリートに手を差し出す。手を取りながら、いや、別にいいよ、と返すが、貰っておけ、と半ば強引に押し付けてくるオーネスは上機嫌である。
今日の決着がついたとこころで、二人は準備をして帰宅を始める。
「しかし、オーネスのおかげでだいぶ自信ついてきたよな」
「そう?」
「やっぱり練習相手がいるのはいいな。習った事だとかやりたい事を試せる」
「なら、もう少しボクへの勝ち方だけじゃなくて――」
言いかけたフリートはいつもと違う匂いがあることに気がつく。
森の中ではなさそうだ、反対側の平野側であるかは分からないが常ならぬ匂いのことをオーネスに伝える。オーネスは大人に伝える前に違う匂いの出所を確認しよう、と提案する。それにフリートが了承すると二人は平野側の入り口に向かい、目を凝らす。
――いた
しかし、役人が測量しているだけかもしれない。周囲に馬車などがないか、確認してみるが、そのような様子はない。
そこまで見ると、忘れもしない2年前に賊が村を襲った日に見た不審な人物たちの動きと似ていると感じる。
これはまた賊が村を襲ってくる可能性があるのではないか、そう思ったオーネスはフリートに大人たちへ話をする事を告げ、二人でその場を離れることにした。
二人が向かった先は村の若い男が所属する警備隊の詰所であった。そこではフェイスが机に向かって仕事をしていた。
話す相手が父であったことに少しだけ安堵しつつ、村の外の様子を伝える。すると、わかった、警備隊を準備をしよう、と短い感謝の言葉と共に外に出ようとする。
「ひとまず家に帰ってお母さんにこの事を知らせて広場に避難するんだ」
そう告げたフェイスに不満を持つオーネス。
「僕も警備に参加させてよ!」
そう切り出した。
「何を言ってるんだ! 危ないからまずは避難してろ」
「でも、僕だって訓練に参加してるし、前よりも強くなった。僕だってやれるよ」
「ダメだ、確かに前に比べてずっと強くなったが、相手は武器を持った大人だ。そんな危険なことはさせられるわけないだろう!」
当然のように反対するフェイス。しかし、時間がないから、と、オーネスに先程の言いつけを守るように告げると、詰所を出ていった。
父に言いつけられたものの、オーネスにとってはそれは不満であり承服しかねるものであった。
確かに訓練においては直接、大人と立ち合いをすることはなかった。しかし、フリートは大人と何度か組み手をしていることを見ている。なんなら、勝った事だってある。そして、そのフリートには自分も勝てるのだ。
ならば、自分だって大人相手に戦えるはずだ。以前、賊が村を襲った時には何もできなかった、魔物と戦った時には少しだけ傷を与えたものの、ほとんど一方的にやられてしまった。
しかし、とオーネスは思う。
あれから訓練にも参加して身体能力も上がった。基礎的な技術も身に着けた。オーネスとも戦闘訓練もしている。2年前のあの時とは違う。今であれば、賊とだって戦えるはずだ。
ましてや、今回はフリートも一緒にいるのだ。ならば、自分だって戦いにだって参加できるはずだと考えるオーネス。
確かに両親との約束は頭にある。しかし、自分ならできると信じているオーネスは約束は破っていないはずだ、と考える。
その足を広場ではなく、村の入口に向けるのであった。
とはいえ、二人では賊を撃退できないことはオーネスにも分かっている。こっそりと参戦するために、入口近くの民家の裏に二人に隠れることにした。
しばらくすると、沢山の足音が近づいてくる。どうやら、村の警備隊が賊に対応するための準備ができたようだ。
ただし、まだ村の外の不審者たちが賊であると決まったわけではない。不審者は10名程度。こうやって準備はしたものの、向こうもまだ反応している様子はなく、一方的に攻撃する訳にはいかない。
そこで対応について話し合いが行われた。最初にフェイスが不審者達に接触し、賊であると断定できれな号令をかけることにする。
そして、号令があった後には警備隊の1/4を攻撃部隊としてフェイスに合流させる。残りを村の防衛部隊として、村人の避難誘導や護衛に当てるという運用にする事に決まった。
「じゃ、行ってくる」
村を出て不審者に向かうフェイス。不審者に近づいていくフェイスの姿に警備隊も緊張の面持ちである。しばらく様子を見ているが、戻ってくる気配も号令の気配もない。
もしかして、何かの理由で村に来ただけだろうか、皆がそう思いかけたその時、フェイス飛び退くのが見えた。直後。
「かかれ!」
不審者が賊である、と断定したらしい。
フェイスから発せられる号令。その声を聞いた攻撃部隊の面々が村の外へ走り出し、瞬く間にフェイスがいた場所は戦場になる。
残りの防衛部隊は村人達を広場に集めるように散っていったが、オーネスはそのまま戦場を見ていた。
オーネスがしばらく状況を静観していると、賊のうち1名が戦場から離れ、村に向かっているのが見える。
これを伝えようと周りに防衛部隊のメンバーはいないか、確認してみるが誰もいない。そして、攻撃部隊も賊の動きに気付いている様子はない。そうなると、自分達が対応するしかない、と判断するオーネス。
フリートに防衛部隊に村に賊が近づいていることを知らせるように頼むと賊の応対に向かう。
「待て!」
別行動をして村に向かってきた賊へ叫ぶ。
こちらに目を向けてくる賊。粗末な皮鎧にろくに整備をしていであろう、刃こぼれしている剣と賊の装備はそこまで立派なものではない。
しかし、自分の手にはずっと使い続けているナイフ一本。
武器の上では間合いの差で自分の方が不利であると考えるオーネス。しかし、自分なら大丈夫、フリートにも勝ったんだ、と自分を奮い立たせ賊に相対するオーネス。
「何だ、ガキがどうした?」
「村は襲わせないぞ!」
「はぁ? やる気かお前?」
ケタケタと笑いながら、いかにも余裕ういった態度でオーネスを見下ろし、剣を下段に構える賊。
「生意気なガキだな。まぁ、いいか。それならいっちょ授業といきましょうかね?」
言うなり走りこんでくる賊。その右手に剣。オーネスは賊を見据えて考える。
剣とナイフではリーチの差は歴然。ただし、何とか剣の内側に回り込んで先に一撃与えてしまえば、こちらが有利になるはず。
走りこんでくる賊は剣を地面にこすらせながら走り寄ってくる。ならば、太刀筋は右切上げ、あるい左薙。下段の切り払いという可能性もあるが、自分より小さな相手に対しての攻撃として選ぶとは考えにくい。ならば、現在の賊の体勢から放ちやすい右切上げ。そう予想し――。
ブンッ
やや右後ろに跳ぶ。予想は的中。見事、一太刀目を避けることに成功する。
賊は剣を思い切り振り切っている。好機。このまま接近して、剣が振りにくい状態に持っていくべく、着地した瞬間、すぐさま賊に肉薄する。
剣の持ち方からおそらく右利き。剣を振り切った影響で顔の前に右腕がある。そのまま右腕を斬りつけてしませば、少なくとも剣の威力は落ちるはずだ。
問題はそこまで精度の高い攻撃をできるかという事であるが、幸いにして、彼が振るう得物はナイフ。子供であるオーネスであったもイメージとほとんど差異なく斬りつけられる。
右腕に斬りつけたらそうしたら次は、そう考えた瞬間――。
ゴッ
オーネスの思考に一瞬の空白が生まれる。空白の後、気付いた時にはオーネスは仰向けに倒れていた。何が起こったのか分からない。混乱していると笑い声が耳に入る。
「ハッハッハッハ。いや、何。すごいなガキ! まさか避けてから斬りつけようなんて……けど、大人を舐めちゃいかんねぇ」
「ゲホッ、ゲホッ」
腹部が痛い。上体を起こして賊を見れば右足を下げようとしているのが見える。
つまり、蹴られたようだ。倒れたままだとまずい。手をつき、膝を立て、すぐさま立ち上がるオーネス。
賊はその様子を見ると、今度は剣を両手で持ち直し肩の前に構え、またも先程と同じように走りこんでくる。
剣だけを見ればどちらにしてもそのまま振り下ろしである可能性が高い。剣を両手で持っているのはフェイクで拳の可能性もあるかもしれない。次の攻撃は剣か、蹴りか。どこからだ、何で来る?
予測が定まらないオーネス。腕が動き出す。逆袈裟。何とか避ける。
避けた直後、相手の右側に回り込んで……。
そこまで考えて、先程の光景がよぎる。右側に向かえば先程のように蹴り、あるいは拳で対応されるのでは。
「遅せぇぞ?」
判断が遅れたオーネスに振り切った直後に、そのまま、左切上げ気味の左薙。とっさに後ろに下がるオーネス。しかし、動きが遅れた影響で避けきれない。何とか賊の太刀筋にナイフの刃を割り込ませることで、直撃を避けた。
しかし、賊も腐っても大人。力任せに振られた一撃によりまたも大きく距離をとられてしまう。その様子ににやり、と笑う賊。
このままでは先程と同じだ、そう思っても、自分の予測に自信が持てず最初のように大胆に動くことができない。
突っ込む賊、やや遅れて避け、大きく距離を離される。同じ流れを繰り返す度に、次第に心理的にも追い詰められていくオーネス。
そして、何度目かの接敵。そして、再び交わされる刃。その時――。
キィン
繰り返される攻防によって緊張してきたオーネスはナイフを握る手にうまく力を入れなくなっていた。直撃こそ避けたものの、賊の切上げによって跳ね上げられる右腕。そしてその手から離れたナイフが宙を舞う。
カラン、という音を立てオーネスの後ろに落ちた音が聞こえる。まずい、そう思った時には賊は剣を振りかぶっている。やられる、そう思い、とっさに目をつぶってしまった。
ドンッ!
しかし、目をつぶったオーネスに剣が降られる事もなく、いつか聞いたのと同じ音が聞こえた。
あさか、と思い、オーネスが目を開くと目の前には賊はおらず、フリートがいた。
フリートの視線の先をみると2メトレ程度であろうか、大き目の男性一人よりも少し遠くくらいの位置で腹部を抑えながらうずくまる賊がいた。
「無茶しちゃダメだよ、オーネス」
賊から目を離さず睨めつけたままフリートに視線を戻す。
オーネスにとってフリートは小さな子供のようだった青い餅だったときから知っている存在だ。だから、ずっと友達だ、と言いつつも弟みたいに思っている部分があった。
どこか自分よりも弱い奴だと思っていたのだ。だから、負けるとすごく腹が立った。負けることは許されない、と感じていた。
しかし、こうして命の危機を二度も救われた。一度目は驚きが先行したし、そこからの日々があまりにも今まで通りだったから、弟みたいだ思う部分は変わらなかった。
しかし、再びこうして救われれば気が付かざるを得ない。フリートは弟でも、ましてや愛でるだけのペットなんかでは決してない。彼は友達なのだ。
「オーネス!」
呼びかけられてハッとする。
そうだ、今はまだ賊と戦っている途中だった、と思い出すオーネス。
ごめん、と告げると彼から手を差し出される。そこには、先程、落としたナイフがあった。ナイフと受け取ると、ふぅっと息を吐き賊を見据える。
「行くよ、フリート」
「うん!」
二人は賊に向けてナイフと拳を構えるのであった。
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