006-2_約束の為に
「大丈夫? オーネス」
後ろからフリートの声がする。振り返ると、そこには青い餅はいなかった。
以前のようなつぶらな瞳は変わらないが、兜の様な外殻を被り淡い蒼い色をしたトカゲのような生物がいた。
その手足、本物のトカゲのようにほっそりしている訳ではなく、自分を同じくらいの太さには発達しているように見える。
そして、その手足の爪はトカゲというよりもおとぎ話で見るようなドラゴンのそれに近いものを感じる。
本当にフリートなのか、と思ったが、その生物は先程、フリートに回収を頼んだ薬草を手にしていた。
「君、本当にフリート?」
「何言ってるのさ、ボクに決まってるだろ?」
そう言われてもにわかには信じられず、青い餅は近くにいないかと周りを一瞥しても薬草は周りになく、青い餅もいない。この青トカゲからの声はフリートの声に相違ない。
つまり、この青トカゲは本当にフリートであるようだ。いきなり姿が全く変わってしまったフリートに混乱していると、先程の魔物の呻き声が聞こえた。
二人とも視線を再び魔物に向けるとふらつきながらこちらを見ている。
しかし、相当にダメージを抱えているのであろう。先程のような威圧感を全く感じず、こちらに襲い掛かってくる気配を見せない。
それでも、このまま放置していてはまた後になって襲ってくるかもしれない。かわいそうではあるが、ここで息の根を止めておかねばならないだろう。
そう思い、ナイフの柄をもう一度握りしめもう一度切りかかろうとする。その時、フリートから手が伸びてくる。
「オーネス、これ持ってて」
魔物から視線を切らずに薬草を手渡してくるフリート。
それを受け取ると、少し前傾姿勢にで力を貯めているようだ。ぐっ、と握りこぶしを握ったかと思うと、次の瞬間。
ドンッ!
地面を蹴った音がする。辺りに土が舞う。そして、次の瞬間にはフリートはすでに魔物の近くにいた。そのまま魔物の胸部に向かって拳を振る。その拳は魔物の胸を刺し貫いているように見える。
すると、黒い霧が魔物の周りに発生したかと思うと魔物も次第に透けてきて、しまいにはそのまま消えてしまった。
カツン
石同士がぶつかったような音がする。音のした場所を見てみると紫色の結晶があった。魔晶である。
狼の魔物を殺すと魔晶が出てきた。何故そうなったのかは分からないが、薬草と合わせて魔晶も鞄の中に入れる。
魔物が魔晶に変わったのを見て、終わったのだと思い、はぁっ、と安堵の息を漏らす。
このまま、休みたい衝動に駆られが、早く母を助けたい。一方で、魔物を倒したフリートの調子も心配である。村に戻れるか聞いてみると、大丈夫、早く帰ろう、と返すフリート。
問題はなさそうなので、フリートに言われたように村に戻ることに決める。
疲れてはいたが、まだ魔物はいるかもしれない。周囲を警戒しながら村への道を急いだ。
幸いにして帰りは獣や魔物に遭うわずに村に戻る事ができた。次第に村の明かりが見えてくる。その頃には空が白んできた気がする。
どうやら、オーネスが思っていた以上に時間が経っていたようだ。
青トカゲを連れながらやってくる人影に驚く警備担当。警戒しながら近づいてくるがオーネスである事に気が付くと、すぐに駆け寄ってきた。
オーネスである事は分かったものの、何故、村の外からやってきたのか、隣の青トカゲは何か問う警備担当。それに対して簡単に答える。
オーネスの説明に警備担当は納得したが、夜、勝手に外に出たことを叱ろうとする。
しかし、一刻も早く薬草を届けたいオーネスはすぐさま謝罪をしてそれを制すと流行り病に効く薬を作ってもらいたいからと言って薬屋に向かおうとする。向かおうとすると、大人がいた方がいいだろうと言って警備担当は薬屋まで付いてきてもらえる事になった。
まだ、朝を迎えようとしている時間である。
当然ながら、薬屋はまだ開いていなかった。どうすればいいのか、と途方に暮れかけたオーネスであったが、付いてきてくれた警備担当が店の戸を叩いて店主を呼んでくれる。
どんどん、という戸を叩く音に流石に気が付いたのか、慌ててドアを開ける店主。
オーネスはまだほのかに光る薬草を見せ、店主に言われた薬草を持ってきたことを伝えると、店主はなんて危険な事をしたんだ、と言おうとした。
しかし、酷くボロボロになっているオーネスの姿を見た店主は叱るの止め、頑張ったね、とだけ口にし、頭に手を置くと、そのまま薬草を受け取った。
「すぐに薬を作るから少し待っていてくれ」
そこまで聞くと流石にもう限界が近かった。壁に背を預けると、ずるずると床に座り込む。
座り込んでしまえば酷い眠気が襲ってくる、しかし、寝る訳にはいかない、と思い、何とか起きていようとすると首を振る。すると、警備担当から、できたらすぐに知らせるから、と言われた。近くをみると、フリートも疲れたのだろう、床に座って寝てしまったようだ。しかし。
「ごめんなさい。妹に僕かお父さん以外が来ても扉を開けるな、と言っているので……」
「分かった。じゃあ、僕も君の家に行くよ。妹さんに事情を説明すれば大丈夫だろう?」
確かに薬に関してはできることもないので、警備担当の申し出を受けフリートをおぶってもらい、三人で家へと向かう。
まだ朝も早い。レクティは寝ているかもしれないな、と思いながらも扉を叩き呼びかける。
「レクティ、兄ちゃんだ。扉を開けてくれないか?」
流石に寝ているか、と思ったが、少しすると、キィという音がする。
少しだけ扉を開き、覗き込むようにしているレクティ。
「おにいちゃん?」
「帰ったよ。一人で頑張ったね」
言うと泣きながら駆け寄ってきて、オーネスに抱きつきながらワンワンと泣いている。
すぐに扉を開けたことといい、随分、心配をかけてしまったようだ。
きっと不安で仕方なくて眠れなかったのだろう。
そんな妹の頭を撫でながら、ありがとう、と言うと緊張の糸が切れてしまったのだろう、すぐに胸の中で寝てしまった。妹から感じられる体温が心地よい。
――まずい。このまま寝ちゃいそうだ。でも、ちゃんと言わなくちゃ。
「すみません。薬屋さん呼んでくるの、お願いしてもいいですか」
隣の警備担当の人に頼むと、分かったと言い、家の中にフリートを下ろす。
警備担当の人はまた来た時に教えるからね、と言うと薬屋へ戻っていった。疲れも限界に差し掛かってきた。ベッドを見ると母は未だに辛そうである。
――だけど、もうすぐ治るからね
心の中で語りかけると、オーネスはそのまま瞼を閉じるのであった。
どれくらい眠っていただろうか、自分を呼ばれた気がしたオーネスは酷く瞼が重かったが何とか瞼を開ける。目の前には母の顔があった。
「お母さん?」
そう口にすると、ばっとオーネスを抱きしめるシンシア。
「薬屋さんに聞いたわ。夜に子供だけで外に出るなんて何を考えてるの! あなたに何かあったらどうするの!? 死んでいたかもしれないのよ? そうなったら、お母さんは助かっても嬉しくないの。だから、お願い。危ないことはしないで」
今にも泣きそうな声で懇願する。しかし――――
「嫌だ、僕はお母さんが大変なのに知らんぷりなんてできない。だから、約束はできない」
その言葉に目を見開くシンシア。何か言おうとするが、一度目を閉じる。
「分かった。なら、せめて大人になるまでは危ない、と思ったら、必ず大人に相談して。お願い」
「……」
「これなら約束してくれる?」
「うん」
「だけど……こんなに大変な事をしてまでお母さんを助けてくれて、ありがとう」
そう言って、オーネスを再び強く抱きしめるシンシア。その柔らかな声色と温もりに助けられたんだ、と実感すると、安堵から再び眠気が襲ってくる。今度はそれに逆らわず夢の世界へと旅立つのであった。
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