023-1_はじめの一歩
「よろしくお願いします!」
オーネスの声と共に差し出された依頼書を認めると、はい、と了解の意を示す。慣れたものであるのだろう、左右にせわしなく動く受付嬢の目線。
その様子に多少の驚きを感じながらまじまじと様子を見ていると、と不意に目線が止まる。
「要綱を確認しました。街の城壁修理の援助依頼ですね。では、登録証の提示をお願いします」
先程受け取った傷のないそれ。それをただ、差し出す、というだけの動作。
そんな事は分かっている。これから幾度となく行われる動作だ。それでも、どうしても、口元が緩んでしまうのを抑える事ができない。
カードを見た受付嬢もオーネスが今日冒険者になったばかり、という事に気が付いたのだろう。
軽く祝いの言葉を送ると、依頼主が指定している集合場所が分かるのか、と問う。
「すみません、ちょっと分からないです」
それに、少し待っていてください、と断りを入れ、カウンターの奥に向かう受付嬢。朝、身支度ができるだろうか、という程度の時間が経つと、筒状に巻かれた紙を脇にはさみながらやってきて、それをカウンターに広げる。
それは建物や道の詳細がかかれた図。どうやら、この街の地図のようだ。
見てみれば地図のいくつかの場所には丸が記されている。
受付嬢によれば、依頼自体はそれぞれ異なっているものの落ち合うためによく使われる場所はあるようで、市場の入口、街への出入口周辺、教会の前などがそれにあたる。
城壁に登るための階段付近での集合になるようだ。さっさと教えてくれればいいのに、という考えもちらりと頭をよぎる。が、せっかく教えてもらっている上にこれから必要になるのだろうと気を持ち直せば、視界の端には、船を漕いでいるになっているフリート。
ーーコイツ、自分に直接関係ないと思って……
確かに依頼の受注などギルド内での手続きなどは活動は不可欠であり、それは人間である自分がやらざるを得ない。そのため、フリートは聞く必要もなければ、それによって生じる問題もない。問題はないのだがなんとなく不公平に感じなくもない。
少しだけイラっとした事もあり、説明をしている受付嬢の目を盗んでフリートを軽く蹴ってみる。
「ふあっ!」
びくりとしながらフリートからあげられた声。なかなかに情けのない声だ。その様子に声をかみ殺しながら笑うオーネス。いきなりの声に受付嬢が少し困惑するが、前を見れば顔を伏せながら肩を震わせている新人冒険者。
「聞いていますか?」
少し怒気が含まれている声に、とっさにすみません、と返す。その様子に少しため息をついたのち、続けられる説明に耳を傾ける。
改めて説明に耳を傾けていると、隣から視線を感じる。当然ながらフリート。フリートからしてみれば、なかなか気持ちよくなっている所を邪魔された形だ。そして、そんなことをする下手人は一人である。下手人に向けてフリートは少し不機嫌そうな顔を向ける。
が、下手人にも言い分はある。
ーー人任せにしようとするからだぞ
そんな思いを込めながら、じとり、と見返す。が、そうやって隣の相棒と先ほどと同じように戯れていれば今度こそどやされかねない。それは避けたい。
まだ、不機嫌そうな視線が体をさしてはいるが、それはそれ。
オーネスは再び受付嬢の言葉に耳を傾けた。
「ーー以上になります。何か質問はありますか?」
締めくくられた言葉に了解の意を示し、目の前の女性に感謝の言葉を投げれば、返ってくる激励の言葉。依頼書を丸めて鞄に詰めれば、ついに初めての依頼の開始である。逸る心を抑えながら、努めてなんでもないことのように、隣に向けて行くよ、と声をかける。しかし、自分の心のうちなど丸わかりなのであろう、少し口元が二やついているような気がする。
そんな隣の相棒に少しだけバツが悪い思いを感じながらも、踵を返し、再び、ギルドの門をくぐりに歩を進めるのであった。
さて、先ほど、聞いた話では特に時間の指定はない、との事。そのうえ、依頼主からも誰かが階段近くで休憩しているであろうから、当たりの人に話を通してもらえるようお願いして欲しいと言われているようだ。なんとも大雑把な物言いではあるが、そんな雑念こそあるもののオーネスの足取りは軽く、駆け出したいのを我慢しているようにも見える。
街の端を目指して歩けば、城壁が次第に視界を埋め尽くし始める。その城壁はやがて見上げなければ、その頂上を確認できない程の距離になる。この辺りか、と、見回してみると、ガタイのよい、いかにもといった風貌の男達がたむろしているのが見える。あの辺りに行けば依頼主の事を知っているだろうか、隣に声をかけ、二人はその一団に近づいてみると、不意に大声で。
「おう、坊主ども、ここいらは遊び場にするのはちょっと不向きだぞ。行くなら市場を抜けた辺りでガキどもがたむろしてるはずだから、そっちの方がいいんじゃないか?」
「いえ、ギルドの方から依頼を受けて来たんですけど」
依頼?ーーーーーー声をかけてきた男が周りに尋ねる。
あぁ、いつものやつか。それなら、エッカルトのやつだなーーーーーー
どうやら納得してもらえたようだと思っていると、再び、オーネスの方を向き、大きく手招きをし出した。
「分かった、坊主。エッカルト……あー、依頼を出したやつのとこに行くから着いてこい」
「分かりました」
男のもとに少し駆け足で向かう。途中、横から少し関心したかのような声が聞こえた。子供の冒険者がやはり珍しいのだろうか、そんなことを思いながらも、特に気にすることもなく、男の所へ向かい、依頼を出したであろう、エッカルト、なる人物の向かうのであった。
階段を上がり、回廊を進む。先ほど歩いてきた街が一望できる。故郷の村と比較してみれば比べるまでもなく大きく、そして、多くの人が行き交っていた。その様子に改めて頑張ろう、と自分自身に喝を入れながら歩いていけば、目的の場所にたどり着いたらしい。案内をしてくれた男から声をかけられる。
通されたのは門塔、要は詰所である。普通は番兵が使うものであるが、作業者の会議にも使われているのだと、ここまでの道すがら男がオーネスに教えていた。
扉を開ければくつろいでいる数人の男達。どうやら、今は会議だのは行われていないらしい。これは僥倖とばからりに、男は辺りを見回し、その中の一人の男に声をかける。
「おい、エッカルト。客人だ。ギルドからだとよ」
男は顔を上げ、こちらの姿を確認すると、少し戸惑った様子だった。
「えっ、彼が?」
その言葉になんでもないことのように、おう、と返し、オーネス達に顎を突き出して彼の所へ行くように促す。向かう途中、それとなくエッカルトと呼ばれた人物を見る。リーダーはいかにも土木作業員でござい、といった体つきであった。まぁ、服装はドワーフのようであったが、それはご愛敬。対して目の前の男は先ほどまで見ていた道行く人たちと比べても少し痩せた体形。かといって鍛えている、といった印象を受ける訳という訳でもなかった。端的に言えば力仕事をするような容貌とは言い難い。
しかし、ここにいるという事は力仕事などをしているのであろう、と自分を納得させてみれば、こんな人まで土木作業をするのか、などとぼぅっと考えを巡らせていた。そんなオーネスを余所にエッカルトは隣のトカゲに気が付いたらしい。
「おや、横の魔物は?」
「あ、僕のパートナーです」
「そうなんだ、若いのに珍しい事してるんだね」
「?」
先ほども同じように少し驚かれていた。その事に少し違和感というか、不思議に思っていると、隣からの声が。
「じゃあ、後は任せるわ」
「あぁ。彼を連れてきてくれてありがとう」
エッカルトは男を見送ると、改めてオーネス達に体を向ける。
「では改めまして、今回の依頼を発注させてもらったエッカルトです。よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします。僕はオーネスです。こっちはフリート、見ての通り僕のパートナーの魔物です」
疑問はあるが、まずは初めての仕事である。気になっていた事は一旦、頭の隅に追いやり挨拶を返して仕事の話に入る、どんなことをすることになるのかと内心わくわくしていた。