021-2_冒険者登録試験
案内されたのは広い部屋。石造りの壁に、ずらりと立てかけられている木剣などの訓練用武器。盾などもある。そして、部屋の中央には軽装に身を包み、腕を組んでいる精悍な男が一人。武器を装備をしている様子はない。あれが試験官であるようだ。
「君が今日の一人目の冒険者志望者か!」
部屋の中央から出入口まで少し離れているのにまるですぐそばにいるかのように聞こえる。
「はい、ではオーネスくん。試験の説明をしますね」
受付嬢は慣れたものなのだろう。試験官の態度を特に気にする様子もなく、これまた淡々と説明を始める。試験の注意点としては大きく5つ。
一、制限時間は30分
二、武器は部屋の中にある物から選ぶ事
三、試験官または受付嬢から終了の合図があるまでは時間いっぱいまで30分間は戦い続ける事
四、降参はしてもよく、降参するまでの内容で評価を下す
五、魔法の使用は問題ない、むしろ、使用を推奨
ちなみに、オーネス自身の能力を見るのが目的なので、フリートの参戦は不可、とのことだ。
「あと、試験官にはオーネスくんの魔力評定が1である事は伝えていますので、残りの2項目が4以上になるか、オーネスくんが試験続行不可、と判断されるまでは試験を止められる事はないので安心してくださいね」
他に質問がない事を伝えると、訓練用武器の取得を促される。
探すのは木剣、あるいは木製の細身の剣だろう。フリートにユキザクラを渡し、部屋をぐるりと回る。とはいえ、ユキザクラの様な武器はやはり置かれていない。仕方なく木剣を手に取り部屋の中央、試験官の前に立つ。
一度、目を閉じ、深呼吸を一つ。
想定する試験官の実力はフェイスと同程度。目を開き、構え、切っ先を向ける。よろしいですか、との受付嬢からの声に、コクリと頷く。
「では、始めてください」
「了解だ! さぁ、来たまえ、オーネス少年!」
オーネスに対して構えられる拳。
「はいっ!」
「まずは挨拶」
するりと至近距離まで近づくと、さっと、前に出した左手から素早く繰り出される一撃。放たれるまでの動作は実に滑らか。幾度となく繰り返してきた動作なのだろう。この時が試験ではなく、演武として見せられたのであれば、目を奪われていたかもしれない。そう、感じる程の練度を感じる動きであった。
しかし、オーネスにとってはそれだけ。剣の間合いよりも内側への接近を許したのは誤算だったが、拳自体の鋭さはオーネスを戸惑わせるにはまるで足りない。
後ろに跳びつつ、小さな動作で試験官の頭に木剣を振る。そんな事は読んでいたのだろう、少しだけ首を傾け、なんなく避ける。もとより、オーネスにとって、今の攻撃はあくまで牽制。試験官に当たるとは思っていない。目的は間合いを取る事。
多少の距離があればオーネスにとっては十分。力を込め、木剣を振る事が可能である。
地面に着く脚。直後、力を溜め、踏み込む。先程の牽制とはくらべものにならない速さで放たれる一撃。その一撃を後ろに跳んで難なく躱す試験官。
二人の距離は大きく空く。
「うむ。オーネス少年はそれなりに修練を積んできたものと見た。まだまだ余力がありそうだ。ならば、もう少し、その気になってもよいな」
呟いた試験官。ザッ、とすられる右足。次の瞬間には上体を左にかがませながらオーネスに向かって前進する試験官。
――左に大きく動いて視界から抜けようとしている? それとも、単純に右半身に対する攻撃を狙ってるのか?
予想した直後、試験官はオーネスの視界から消えた。
「っ!」
彼の動きはそこまで速かった訳ではないはず。しかし、オーネスは彼を見失った。
試験官を見つけるべく、周囲に意識を巡らせる。ふと感じた違和感。オーネスの左下に黒い影。
オーネスが気付いた時には彼の顎、目掛けて、拳は振るわれていた。
オーネスを襲う左アッパー。とっさに身体を傾け、躱すオーネス。
――危なかった!
あと一瞬、気付くのが遅れていれば、そのまま意識を刈り取られていた可能性がある。しかし、息をつく暇は与えられない。アッパーを外した事を意にも返さず、オーネスの顔面に右ストレートを叩き込まんと構え、そして、放つ。
その一撃までの動きかあまりに滑らか。オーネスは体勢を立て直す事もままならず、顔面に一撃を受けてしまう。やや後ろに逸れる上体。
しかし、追撃は止まらない。がら空きになった腹に突き刺さる左ボディブロー。たまらずくの字に折れる体。もれるオーネスの呻き声。
――手ごたえあり!
最初のアッパーが外れたのはやや想定外ではあったものの、その後の第二、第三の刃はしっかりとオーネスを捉えた。攻撃に関する動きは新人にしては悪くなかったが、まだまだ経験が足りない。試験時間は30分ではあるが、相手を戦闘不能に追い込む事は禁止されていない。
いきなり段階を上げ過ぎてしまったか、と思わないでもない試験官であったが、これも試験。実力が伴わないまま、冒険者稼業を始め、その若い命を落とすよりはよほどよい、と考える。
先程の様子であれば、今後、何度か挑めば直に冒険者になれるだろう。
――まぁ、試験は今回が初、との事だし、今回は運が悪かったと思いたまえ
左腕を引き、一瞬の溜め。そして、オーネスの顔面に渾身の右アップ―カットを放つ。
――む、何か違和感が?
しかし、試験官の一撃が当たればそれで試験終了。新人に対して、そこまで過敏になるほどでもない、と、そのまま振り抜こうとする。
が、彼の拳がオーネスに届く事はなかった。
「っ!」
直後、試験官の左腹を襲う一撃。今度は試験官が呻き声を上げる事になる。振られた木剣は試験官の腹を撃った後も尚、その軌跡を止めない。ついには、試験官を弾き飛ばす。
「かはっ」
地面に叩きつけられる試験官。思わず息が漏れる。
「けほっ。流石は冒険者。お見事です。ですけど、所詮は冒険者ですらないひよっこと油断しましたね?」
口を拭いながら試験官を見つめるオーネス。
――なるほど、違和感はそういう事だったのか
彼はオーネスの腹に拳を叩き込んでいた時点でオーネスが戦闘不能になったと考えていた。拳が腹にめり込んだ後に、すぐさま反撃には移らなかったからだ。
しかし、彼が拳を引いた時、オーネスは身体を前に崩さなかった。つまり、少なくとも意識はしっかりしていたという事である。
彼自身、見ている限り、消耗している様子もない。そんな相手に決着を決めるような一撃を無防備に打ち込めば手痛い反撃を受けて当然というもの。
――そんな単純な事を見落とすとは、確かに彼が言う通り、見くびりすぎていたかもしれないな
立ち上がり、オーネスを見つめる。
「なるほど。これは失礼した。ならば、この不肖、ヤーテム。オーネス君、君を冒険者を目指す少年としてではなく、一人の冒険者と見做した上で試験に当たらせてもらうとしよう。憤っ!」
試験官、改めヤーテムが気合を入れると、周囲の空気が変わったような錯覚に陥る。明らかに直前までとはオーネスに対する圧迫感が違う。その様子に、父の姿を思い起こし、知らず、その口角を上げるのを止める事はできなかった。
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