020-1_はじめての街
「冒険者ギルドへようこそ」
冒険者ギルドに足を踏み入れた二人を迎えた女性の声。声の主は扉の脇にあるカウンターにいた。
「えっと、冒険者になりたいのですが……」
「冒険者登録ですね。ただ、申し訳ありません。本日の受付は締め切っておりますので、明日にまたお越しいただけますか?」
確かに夜の帳が下りつつある。これは出直すしかないだろう。明日の朝一であれば、受付を締め切られるという事はないだろうし、早すぎたとしても二人で待っていれば良いだけだ。
「分かりました。出直します」
踵を返し冒険者ギルドの扉を開き、外へ出る。少し肩透かしを喰らった気分もあるが、別段、急ぐ話でもなし。
――それに実技試験もあるはずだ。それなら、明日に備えて休む方がいいよね
気分を持ち直しているとオーネスの脇腹を突いてくる感覚一つ。当然、傍らにいるフリートだ。
「どうした?」
「オーネス、泊まるとこ、決まってるの?」
「何言ってるんだ、。待ってる時、おじさんが教えてくれただろ?」
「こっからの行き方、分かるの?」
「…………」
たちまちの内に苦虫を潰したような表情になる。非常にゆっくりとした動作で振り返ると恥ずかし気に再び、ギルドの扉を開くのであった。
春風の溜まり場――
ファーメイションを訪れた冒険者、特に駆け出しの利用が多い宿屋の一つである。一泊当たりの金額が非常にリーズナブルであり、その上、冒険者に対しても融通が効く。最悪、ツケも可能という初心者の味方のような店だ。
現在のベテラン冒険者も駆け出しの頃はほとんどが世話になった事があると言われているそうだ。それだけにこの宿屋に対して不義理を働けば冒険者らに総スカンを受け、この街でのまともに活動はできなくなる可能性があるほどだと言う。絶対に義理を通すように、とギルドの職員からも厳しく言い含められた。
オーネスは若干、恥ずかしい思いをしたおかげで、ギルドの人に道を聞き、何とかこの店へ辿り着く事ができた。
余談ではあるが、道中、今日の用事が終わった事と初めて訪れた街だという事もあり、オーネスはそれまで抑えていた好奇心の赴くまま案内の中になかった道に入ろうとした。そんなオーネスを、明日、明日行こう、とその都度、止めるフリートの姿があったとかなかったとか。
「はぁ、オーネス。色々珍しいのは分かるけど、初めての街で夜にうろつくのは止めようよ……」
「ごめん……」
流石にオーネスも悪いと思ったのだろう。言い訳の一つもでない。
「まぁ、いいよ。オーネスも疲れたでしょ? ほら、そろそろ休もう?」
「そうだな」
(オーネスのせいで)ちょっとしたトラブルもあったが、宿屋の扉を開く。
開くと嫌でも耳に入ってくるがやがやとした活気づいた声。この宿屋の宿泊客だろうか。そこらに置かれたテーブルで思い思いに食事を摂ったり、酒を飲んだりしている。
オーネスがさらっと見た限りだと、顔を青くしているような人までいる。大丈夫かと、心配になる。
宿屋というより酒場のような様子に圧倒されそうになる。若干、腰が引けているオーネスにいらっしゃい、という声。
その声はこの喧噪の中でもよく響いた。声をかけてくれた恰幅の良い女性が店員だろうか。ひとまず、この宿屋(?)の勝手がわからない以上、あの人に聞くのがよさそうという事で話を聞きに向かう。
フリートに声をかけ、喧噪の中を進む。
「おう、坊主。見ない顔だな。そいつは魔物だろ? ってぇ事はお前魔物使いか?」
「え、えと……」
「珍しいな。今時、魔物使いなんてよ」
歩いていた二人に急に話しかけるスキンヘッドの筋肉質な男。急な対応に、ぶつかったとか、特に失礼をはたらいた訳ではないはずだよね、と戸惑うオーネス。
「こら、その感じだとその子、今日が初めてだろ? いたいけな少年をいじめるんじゃないよ」
「いっけね、女将さんに怒られちまった」
言って、がははと笑いながら、再びテーブルに視線を移す。
また絡まれてはたまらない、と思い、いそいそと、女将さん、と呼ばれた女性のところに向かう。
「すまないね。うちの客が。大丈夫だったかい?」
「あ、大丈夫です。あんまり人が多いものだから驚いてしまって……今日は何かあったんですか?」
「ん? いつもこんなさね。ありがたいことにね」
「そうなんですね。村ではこんなに人がいる事ってほとんどないから新鮮です」
「あぁ、他から来たらそう思うかもね。私にとっては日常でね。もう、そんな事も思えないね」
カラカラと笑いだす女将さん。
「ところで、坊主は今日、ここに来たんだろ?」
「さっきも言ってましたけど、分かるんですか?」
「分からいでか。この街の冒険者は全員ここを出たと言っても過言じゃないからね。見たことない奴がいればすぐにわかるさ」
ギルドで不義理を働くな、と言われただけあって、かなりの顔が広そうだ。周りをちら、と見てみれば、初心者に優しい店、と言われていたにも関わらず、ベテランと思しき冒険者もちらほらと見える。本当にここに泊まっていいのかと、若干、不安になりそうなオーネス。しかし、女将さんはそれを察したのだろう。
「あぁ、そんなに固く並んでも構わんよ。ここでは冒険者にベテランも駆け出しもないよ。基本、無礼講さ。最低限の礼儀だけ守ってくれればいいよ」
客が委縮しそうになる前にアドバイスをかける女将さん。ベテランも駆け出しも平等に扱え、と全ての客に言えるという事は、この場においてはやはり女将さんが一番偉いらしい。
違う意味で恐縮しそうになるオーネスであった。
この宿屋での力関係に困惑していたが、(主に自分のせいではあるが)初めての街を歩き回って流石に疲れたオーネス。
宿泊したい旨を伝え、女将さんに軽く利用の手引きを受ける。もともと手厚いサポートがある、という触れ込みであったが、流石ギルド直接の推薦。オーネスが考えていた以上に手厚いようだ。
特にフリートを部屋に入れても問題ない事、宿泊客であれば格安で毎食食事を提供してくれるのがありがたい。
「ところで、連泊の予定とかはあるのかい?」
「えーっと、1週間位お願いできますか」
「あいよ。それ以上に延びる事はありそうかい?」
「伸ばしていいんですか!?」
右も左も分からない今の状況、拠点にできる場所が作れるのは正直、大きい。願ってもない女将さんの提案にすぐさま飛びつくオーネス。この機を逃すものかとばかりに、思わずにじり寄ってしまう。
「あ、あぁ。ただし、延長は最大で三か月まで。それ以降は最初と同じようにもう一回、頼んでもらう事になるよ。それでもいいかい」
「お願いします!」
女将さんが若干引いているが構うものか、そんな事を言っていたら、不審者としてそこいらで捕まってしまう。なりふり構わない様子にクスリと笑う女将さん。
「分かった、分かった。そしたら、きっちり稼いで、きっちり支払いするんだよ」
「はい!」
「じゃ、これに名前だとか必要な事、書いて」
渡された用紙の記入欄を埋めていく。その記載をさっと確認すると部屋の鍵を渡される。
しかし、宿など一度も使ったことのないオーネス。どこに行けばいいのかよく分からない。仕方がないので、勝手が分からない事を伝える。すると、そういえばそうだったとでも言うかのように納得顔をすると、近くの客に声をかける。
「おい、セルタス。私はこの子を部屋まで案内してくるから、その間、ここに誰か来たら伝えておいてくれんかね?」
「おー、いいぞいいぞ。行ってらっしゃい、女将さん」
引き受けたはいいものの、そのまま、机に向き直し、引き続き飲み出すセルタスと呼ばれた男。ホントに大丈夫かね、と呟いていたが、なんにせよ女将さんが部屋に案内してくれることになった。三人で宿屋の通路を歩く。
「アンタ、どっから?」
急に女将さんからの投げかけられる質問。
「シーリン村です」
「シーリン村、聞いた事あるような気がするね」
少しの間、考え込むようにする女将さん。
「あぁ! 15年くらい前にいた、シンシアってギルドの娘がそこの出身だったっけ。あの時、あの子はそれはそれはモテててね。冒険者の半分はあの子に惚れてた、なんて話もあったっけ。おかげであの時はギルドから私の方からも注意してくれ、なんてお達しが会ったもんだ。あんた、シンシアって知ってるかい?」
懐かしそうに言う女将さん。しかし、オーネスには心当たりがありすぎる名前だ。別に自分が何かした訳でもないのだが妙に恥ずかしくなる。
「母です……」
「おや、あんたシンシアの息子かい? すっと父親はフェイスか。あいつは元気かね?」
「ここに来る前に僕をボコボコにしてくれてました」
オーネスの返答がおかしかったのだろう、あいつ、今でもそんな感じなのか、と言いながら笑いだす。
「しかし、ま、ちゃんと父親してるようで良かったよ」
「まぁ、尊敬は……してます」
「そうかい」
女将さんの顔はオーネスからは見えなかったが、彼女が笑顔になっているような気がした。両親のファーメイションにいた頃の話に花を咲かせていると、ここだ、と言って女将さんが止まった。
「さて、ここがアンタの部屋だ」
422号室。ここが、僕らの宿泊部屋らしい。女将さんは一言、明日から頑張るんだよ、とだけ告げると、戻っていった。
その後ろ姿にありがとうございます、と告げると、改めて部屋に目を向ける。何の変哲もない宿屋の一室。
――ここから始まるんだな
彼は期待に胸を膨らませ、部屋の扉を開けるのだった。
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