019-2_不思議な子ですね
しばらくすると、フリートが声を上げる。
「あ、何か見えてきたよ」
その言葉に窓から外を除けば街を囲む大きな城壁が見える。ところどころに石橋が駆けられているところをみると、攻め込まれた時に交通を限定できるようにしているのだろうか。
「そろそろ到着ですかね?」
そんな話をしていると、急に馬車は止まり、馬車の扉が叩かれる。まだファーメイションまでは多少距離があるはずだが、どうしたのだろうか、と不思議に思っていると、馬車の扉が開かれる。
「ご歓談中、失礼します。そろそろ街に着きますので……」
「そうですね。申し訳ありません。オーネス様、フリートくん。流石にこの馬車に乗ったまま、街に入る、という訳にはいかないのです」
街に入る為には検問が必要だ、という事はオーネスも聞いていた。しかし、行商人には街に入る時にバラバラで入って欲しい、とは言われていなかったので、どういう事か尋ねてみる。
説明されたところによると聖女と護衛の騎士達は今回、簡易的な検問で入れるようにするために、街に対して事前に人数、各人員の名前、出身、役職などまで報告しているのだそうだ。
そのため、報告内容にずれが生じるのは問題がある、という事らしい。
そういう事であれば仕方がない、というよりも、ここまで送ってもらえた事に感謝しかない。その上、事情についてもここまで詳しく教えてもらえたのだ不満など漏らそうものならバチが当たるというものだ。
「分かりました。ではここで、お別れですね。聖女様、お話ありがとうございました。クローヴェスさんも無理を通していただいて、ありがとうございます。とても助かりました」
「はい。私も楽しかったです」
「まぁ、様子を見ていたが何か粗相をしているという訳ではなさそうだったから滅多にない経験をした、と感謝しておきなさい」
クローヴェスさんの態度に、少し苦笑しながらもお礼を述べ、馬車を出ようとする。
「オーネス様、本当に楽しかったです。また機会があればお会いしましょうね」
「はい。こちらこそ、機会があれば、是非」
正直なところ、ないだろうなとは思っていたが、せっかくの厚意。無下にする訳にもいかず同意の意を示す。
「それと――」
「?」
他に何か言い残した事でもあるのだろうか、不思議に思っているオーネスに笑いかける聖女。
「冒険者、頑張ってくださいね」
「っ!」
いわゆる社交辞令としての笑顔なのかもしれないが、その輝かんばかりの笑顔に一瞬、言葉を発するのを忘れてしまうオーネス。すぐに、返答しないのは失礼に当たると思い、はい、と返し、馬車を降りる。
「ではな」
「はい、ありがとうございました」
再び、街へ向けて動き出す、馬車と護衛の一団を見送ってからオーネス達も歩き出す。
「ここまで送ってもらえて、助かっちゃったね」
「ホントにそうだな」
二人で他愛もない話をしながら歩けば、次第に人通りが増えてきた。直に街にも着くだろうと思ってたら、街から列が伸びている。これが、どういう意図のものか分からず、一番、最後に並んでいるらしいおじさんに聞く事にした。
「この列はどうしたんですか?」
「ん? この列かい?ファーメイションの検問待ちの列だよ」
「え? 全員ですか?」
見れば、ざっと100組程度はあるだろうか。今まで村では並ぶ、という事がほとんどなかったため、こんなに多くの人が並んでいる事に衝撃を受けるオーネス。
――これはホントに馬車に同乗させてもらえてよかった。徒歩で来た上に、この検問で待ってたら空腹で倒れてたかもしれないなぁ
思わぬ所で再度、聖女達に感謝する事になったが、それはそれとして、この人数には少し辟易としてしまう。
もっとも、文句を言っても仕方がない。列のおじさんに礼を言い、すぐ後ろに並ぶ二人。
ありがたい事におじさんは相当に経験があり、かつ、良い人であったらしい。子供と魔物がほとんど身一つでここまで来ていた事から、初めての訪問だと察したようだ。ギルドの場所や、冒険者がよく利用している宿屋、その他、生活に必要な施設や市場の場所など、色々な情報を提供してくれた。
そんな厚意を受けていたので、最初は果てしないものに感じていた行列待ちは思ったよりも苦痛は少なくて済んだのだった。
もっとも、人が多かったために検問に辿り着いた頃には空が赤くなりだしていたわけだが……。
「じゃ、また機会があればね」
おじさんが検問を受ける番になったようだ。色々と教えてもらった事にお礼を言い、別れる。それにしても、と城門に目をやる。
馬車の中からも見ていたが本当に大きな城壁だ。ざっと見たところ、30メトレ程度の高さがある城壁に緊急時には閉じて敵からの侵攻を防ぐためであろう、大きな城門が建てられている。この城門を無理やり開けようと思えば、一体どんな手段を用いれば良いのかオーネスには想像もつかない。
そんな風に、お上りさんよろしく、初めてみる街の様相に見上げながら圧倒されていると、検問の人に、次、と呼ばれる。
後ろの人に促されて、ハッとして、慌てて検問の人の所に行く。検問の人には名前、どこから来たのか、訪問の目的を聞かれる。先程の事が悪感情を及ぼしていないか心配しながら、少し緊張しながら答えていると、最後に。
「魔物を連れているなら、許可証を出して」
「はい」
鞄から取り出し、許可証を見せる。
「よろしい。許可証があるから、魔物を連れていても構わないが、必ず誰かと一緒に行動させるようにしてね。特に街の人が知らない内は魔物が殺されてしまっても文句は言えないからね」
「わかりました」
特に問題なく、検問を抜けることができたようだ。検問の警備の人にお礼を言って、街に入る。そこに広がっているのは石造りの家が立ち並ぶ風景であった。村では家はまばらに建っていたがいたが、ここでは所狭しと立ち並んでいる。人通りの多さは村にいた時と比べるべくもない。
戸惑いつつも、ここで立ち止まっていても仕方がない。先程、おじさんに教えてもらった冒険者ギルドに向かう事にする。
最初はすぐに着くだろうと思っていたオーネスではあったが村とは勝手が違う為に道に迷ってしまうオーネス。仕方がないので、店じまいの準備をしているらしい女性に道を尋ねる。
「あの、すみません」
「っ! はい」
「ギルドまでの道を教えていただきたいのですが……」
「あ、あぁ、ギルドまでの道ね。ここからだと行きづらいな。一度、大通りに戻ってから――」
細かい道順まで教えてもらい、ありがとうございます、とお礼を言ってその場を去る。話し終わった時にその人の様子を見ると、ホッとした様子で話をしていた。
――フリートがいたから警戒させちゃったのかな?
そうであれば、意外とフリートを街の人に認知させるのは思ったよりも大切なのかもしれない、と思いながら、ギルドを目指す。
案内してもらったように進むと、周りの建物に比べ明らかに豪奢な建物があった。
先程の女性が言っていた場所とも合致しそうである。何とか、日が暮れる前に着いた事に安堵しながら近づいていくとその全容が見えだしてくる。
その建物には厳かな雰囲気があった。まさに歴戦の勇士を排出してきた建物、というような雰囲気をたたえており、まるで生半可な覚悟で入る事を拒んでいるかのようである。今から自分はこの門をくぐり冒険者になるための一歩を踏み出すのだ。
建物の威容に少しだけ腰が引けてしまったが、気持ちを入れ替えるとギルドへ入ろうと勇むオーネス。それにしても――。
「頑張ってくださいね、かぁ。うん、頑張ろう」
「?」
頑張ろうという意識をすると、別れ際に向けられた聖女の笑顔が頭によぎる。
「聖女さん、本当に綺麗だったなぁ」
「あれぇ? オーネス、村の女の子達には一回もそんな事、言った事なかったのに……やっぱりお年頃だねぇ」
フリートは半目になりながらいたずらっぽく笑っている。
「う、うるさいな!」
茶化してくるフリートとじゃれ合えば、先程の緊張もすっかり溶けてしまった。すっかり、いつもの調子を取り戻した二人はギルドの門をくぐる。
「冒険者ギルドへようこそ」
オーネスは冒険者としての一歩を今、踏み出した。
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