016-2_僕の想いと君の想い
なぜ、こんなに実力に差があるのに倒せないのだろうか、手を緩める事こそないが、打ち据え続けている中でオーネスは疑問に思う。
そして、彼の姿を見続けていて、ふと感じた。
――僕も父さんに挑んだ時、こんな目をしていたのかな?
その考えに思い至った時、彼の中にストンと落ちるものを感じた。
――あぁ、そういう事なんだな
オーネスは思う。彼は自分と同じなのだ、と。
しかし、オーネスはノーティスと幾度となく戦ってはいたが、対等な存在として戦っていなかったように思う。
2年前、自身の中に引っかかりを覚えたノーティスとの勝負。オーネスはノーティスが冒険者を目指す理由に価値がないものだと切って捨てた。
しかし、彼は彼なりに自分の思いの為に必死に頑張っていたのだ。それは誰かと比較するものではないし、ましてや優劣を付けるようなものではない。
それにそもそも、オーネスが冒険者になりたかった理由の大本は。
――アーベルみたいになりたかったからじゃないか
確かに、誰かを助けたい、役に立ちたいという想いは嘘ではない。だが、その想いの大本は今のノーティスの想いとなんらに違いはない。ならば、そこから生まれた冒険者になりたい想いに優劣なんてない。
仮に、あの時、優劣があったとするのであれば、彼の理由をくだらないと切って捨てた自身の心こそが劣っていたのだ、と。
そう考えられるようになれば、今までなんと不義理な勝負をしてしまったのであろうか。オーネスはノーティスに申し訳なく、そして恥ずかしく思う。
それでも、オーネスの剣閃は正確にノーティスを捉える。再び倒れるノーティス。
オーネスは思う。ここで倒れるのであれば無理はして欲しくない。しかし、できる事であれば、倒れないで欲しい、と。
この未だ多くを知らぬ身が他でもない君のおかげで大切な事を知れた。その感謝をさせて欲しい。しかし、悲しいかな、今、この戦いの中でに君に伝える術はただこの剣戟をもってのみ。ならば、せめて、自身の本当の全力で君に伝えたい。
――僕は君の想いと努力を踏み越えて、その先を目指す
「――次っ!」
絞りだすような声色で続行を願うノーティス。再び、立ち位置に戻ろうとする彼に声をかける。
「ノーティス」
「?」
「君のおかげで大切な事が分かった。だから――」
「だから、次は勝ちを譲ってくれるのか?」
挑発的な言い方に対して、首を振りながら、まさか、と言う。
「次の一回は僕の本当の全力を君にぶつける」
――身体強化魔法発動
オーネスの表情が変わる。周囲の空気が少しピリついたものに変わる。それでもノーティスの表情は変わらない。
「往くよ」
何度目か分からない開始の合図。
弧を描く木剣を見ながら、オーネスは決めている。次の一回こそノーティスの全霊に自身の全霊を以て応えよう、と。
「うおおおぉぉぉぉお!」
雄たけびを上げ、迫りくるノーティス。
その構えは一回目と同じ大上段。それをしっかりと見据え、構える。
そして、今までの比ではない速度にて接近。今までの非礼対しての贖罪にもならないであろうが、と思いながら、木剣を振り放つ。
その一撃はノーティスにとって認識する事さえできなかった。例えるなら物語を読んでいたら、途中でページがなくなっており、結果だけを読まされた感覚。
近づいていたのは自分のはずだ。数瞬前までは少し離れていたオーネスが目の前にいる。
攻撃しようとしていたのは自分のはずだ。振りかぶっていた木剣は知らぬ間に剣身をなくしている。
気持ちにおいて勝っていたのは自分のはずだ。オーネスの木剣は自身の首筋にピタリと当てられている。
勝敗は明白。にも拘わらず、何も言わず、相手から目をそらさず、油断のかけらも見せず木剣を首筋に当て続けているオーネスに腰を抜かしペタリ、と尻もちをついてしまうノーティス。
そのまま仰向けに倒れてしまう。何が起きたのか分からなかった。だが、それは同時に否が応にも彼にどうしようもない事実を突き付ける。
――あぁ、俺は負けたんだ
一度、気が付いてしまえば、認めてしまえばもうダメだった。
内から込み上げるものに抗うことができず、腕で目を隠し出す。それを何も言わず、見つめるオーネス。すると、ノーティスが体中が痛いだろうに、そんな事を欠片ほども気にせず、大声で叫び出す。
「くっそ、なんでだよ。俺が冒険者になってもいいじゃないか。そんなにお前は偉いのかよ。そんなに俺はダメなのかよ。」
その独白をオーネスはただ黙って聞いている。
「なんでだよ。なんでお前の努力が報われて、俺は報われねぇんだよ。お前ばっかり皆に認められて、なんで! 俺だって頑張ったんだ。だけど、冒険者にならなきゃプリムに振り向いてもらえねぇんだ! なんでだよ、なんでだよ!」
ノーティスの哀哭をただ聞いていると、視界の端に人影が見える。ちらりと見えたその人影の頭には薄紫のリボンが見える。
ここに来るまでの姿を見られたのだろうか、付いてきたらしい。位置的にはノーティスの叫び声はおそらく聞こえている。だから。
「ノーティスが本当にやりたかった事ってプリムと、好きな子と仲良くしたかったって事じゃないの? それに、本当にプリムが冒険者になって欲しいって言ってたの?」
今までも何度か言っていた事ではあった。しかし、今回はオーネス自身がノーティスに伝えたいと思っていたからだろうか。ここ、ここに至ってようやくその言葉に耳を傾ける。
「冒険者云々は置いておいてさ、プリムに仲良くしたい、って、言ってみなよ。まずはそこからでしょ。こうやって、僕らも話さないと分からないんだしさ」
言って、そこらに転がっている木剣を回収する。じゃ、僕は戻るよ、と軽く断りを入れ、立ち去るべく出入口に足を向ける。ただ、どうしても気になったから。
「いい?ちゃんと素直な気持ちでプリムと話すんだよ?」
余計なおせっかいだとは思いつつも、つい、大声で言ってしまった。捨て台詞のような発言に少し恥ずかしくなってしまい、踵を返して出口へと向っていく。
戻り路の途中、脇を見てみると、先程と同じ場所にプリムがいるのが見えた。聞き耳を立てれば、あいつが、まさか、とか言っているのが聞こえる。
――なんだ、思った以上には意識されているみたいじゃないか
ちゃんと向き合えば、そこまで妙なこじれ方はしなくて済みそうな予感に少し足が軽くなる。その上、今までずっともやもやとしていた事に自分なりの答えが出た。その事が嬉しい。しかし――。
――今日の帰り道はやたらと一人になる事が多いなぁ
仕方がないか、と自嘲しながら進んでいると、見知った影が見える。
「お疲れ、オーネス。随分と重労働だったみたいだね」
からかうような口調で話かけながら、近づいてくるフリート。その姿に少しだけ口を緩める。
「あぁ、お前の分の仕事もやってたからな」
「そりゃ、今までのツケがあるからね。仕方ないでしょ」
ひとしきり笑い合うと、二人並びながら歩き出す。その声に少し弾んだものを感じ、オーネスを見上げる。その顔を見て、少し嬉しそうにする。
「なんだかすっきりした顔してるね」
その言葉に一瞬だけ怪訝な顔をしたが、すぐに答える。
「あぁ、あいつ……ノーティスから大事な事を教わったからね」
「そっか」
「うん」
オーネスは今日を振り返る。今日だけで二人を傷つけた。それでも、自分は大切な事を教えてもらった。あの様子であれば傷つけた二人もきっと歩き出せるだろう。
自分もいつか答えられなかったフリートの問い。きっと大切だったあの時の問い。それに対し、自分なりの答えを得た。ならば、自分もまっすぐ歩き出せる。
だから、色々あったけれど、今日はいい日だ。そう、オーネスは思い返すのであった。
本日の投稿hはここまでです。
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