010-2_なんでキミは立派なの?
オーネスは地面に仰向けに倒れていた。惨敗である。
今日の訓練での立ち合い稽古では押し込みに対して体を引く事で相手の重心を変化させて隙を作ることに成功していたため、フェイスに対してもその再現を狙っていた。とはいえ、待ちを続けていてフェイスがそのような状況を作ってくれるとは思えない。
そのため、立ち合い開始直後、身体強化魔法を使った上で一直線にフェイスに突っ込み、強引にやり押し合いに持ち込む。そうなれば、フェイスとて力で劣るオーネスに対してどこかで押し込みをかけるはずだ。その際、稽古の再現を行い、隙ができたところで一気に、と考えていた。
しかし、目論見はあっさりと崩れ去る。木剣同士がぶつかり合った直後、逆に後ろに下られてしまい姿勢を崩してしまったオーネスに対して胴を叩き込んできたのである。直後、身体強化魔法と使ったものの、そのままずるずるとフェイスの有利な展開に持ち込まれ、そのまま負けてしまった。
「まぁ、最初から何も考えず突撃、なんてしてたらそうなるよね」
一人ごちながら立ち上がる。周りを見てみるともう誰もいなかった。
当然ではある。仕事が忙しい時期であるのだ。訓練が終わったら、フェイスも含めて仕事に向かったのであろう。
――立ち合いの感想や技術に関しては家で改めて聞いてみるとして、訓練していこう
オーネスは体をばねのようにして跳ね起きると、持久力強化以外の体づくりを始める。これというのも身体強化魔法の習熟のためだ。
身体強化魔法を使っていて気が付いたのだが、身体強化魔法は強化の度合――オーネスは強化進度を呼んでいる――をある程度変更することができるようだ。
ただし、強化進度を上げれば上げるほど体への負荷は高くなるため注意が必要になる。身体強化魔法の持続、強化進度の上昇に対応するためには、より負荷に強い体が必須になる。
気付くと空が赤くなり始めていた。
思った以上に熱中してしまったな、と思い、訓練場の出入り口に赴くと人影が見えた。
――この時間にいつもは誰もいないはずなんだけどな
不思議に思いながら近づくと、相手もこちらに気が付いたのか、走ってきた。
「お疲れ様、オーネス」
笑顔で労い、濡れ布を渡してきた人物はプリムであった。突然の事に驚きつつも、ありがとう、と返し、受け取った濡れ布で汗をふき取る。
「ホントにこの時間までやってるんだね」
「まぁ、目標もあるしね」
「目標?」
数日前に初めて会った子に対して話すのもどうなんだろうか、と思ったが、よく考えてみれば訓練の参加者は知っている。なら、問題ないか、と思い直して冒険者を目指している事を話すオーネス。
女の子には面白くない話だったかな、と思ったが、プリムを見ると、不思議そうな顔をしている。冒険者というものがある事自体を知らないらしいプリムに、自分も簡単にしか知らないんだけど、と前置きをして説明を始める。
「村を出て一人で仕事をするなんて考えたこともなかった」
「まぁ、大抵は村で仕事する人だからね。それに僕の場合はフリート……友達と一緒に行くからね」
「フリート?そんな人いたかな?」
「知らない?青いトカゲみたいなやつ。最近は村で働いてるって聞くけど」
そういうと思い当たる事があったようで、あぁ、と納得したような反応を示してくれた。いつも、自分やレクティとばかり一緒にいるフリートが村の人達に知られていることに少し嬉しくなる。
ちょっと興味がありそうだったので、冒険者になるために今、何をしているのか、なんて事を話していたら村の広場に到着する、別れの挨拶をしようと彼女を見る。
「そっか、オーネスは村から出るんだね……」
ポツリとつぶやくプリム。何か気になる事でもあったのかと、少しだけ気にはなったが、根ほり葉ほり聞くのも失礼だろうと思ったオーネスは、またね、と声をかけ、その場を離れる。
翌日も前日と同じように訓練と修行に明け暮れるオーネス。そうそろ帰ろうか、と帰りの準備をしようとすると、またもプリムが訓練場の出入り口にいるのを見つけた。
「今日もお疲れ様、オーネス」
昨日の再現のように走り寄ってきて濡れ布を差し出してくれるプリム。それに対し、これまた昨日の再現のように礼を言うオーネス。昨日の再現が続く様子におかしくなってしまい、ついクスリと笑ってしまう。
不思議そうにするプリムに、ごめんごめんと謝りながら、帰りの支度を続ける。
「ところで今日もなんで訓練場まで?」
昨日は聞かなかったが気になっていたことを何の気なしに聞いてみるとプリムは言いずらそうにしていた。無理に聞く事でもないか、と思いながら帰りの支度を続けていると、不意に訓練場の出入り口から声をかけられる。
目を向けると先日の頭がツンツンとした短い金髪の少年がいた。
「ノーティスだ!」
彼の名前を言い淀んでいると自らの名前を名乗りだしたツンツン金髪少年改めノーティス。いつぞやのように、オーネスの方にずんずんと寄ってくるとオーネスをビッと指差す。
「勝負だ!」
いきなりの事に何を言いだしているのか分からず困惑するオーネス。
「え、どういう事?」
「とにかく勝負だ」
まくしたてながら、木の棒を投げ渡してくるノーティス。立ち合い稽古をしようという意図は分かるが、いきなり勝負を吹っ掛けられても全く納得できない。オーネスはその理不尽な申し出に意味が分からないからやらない、と突っぱねる。
「俺に負けるのが怖いのか、この根性なし!」
「っ!」
カチン、と来ない事もない言い分ではあったが、オーネスは何とか、いやいや冒険者を目指す者、余計なトラブルは避けるべし、と思い止まり声を絞りだす。
「いや、僕は冒険者を目指して、これでも色々、訓練してるんだ。何もしてないノーティスに手を上げる訳にはいかないよ」
「ハッ、根性なしが何言ってやがる! 根性なしのお前の事だ、単に村の外にでて遊びたいだけだろ! そんなお前が目指す冒険者なんて大したもんじゃないな!」
血管が切れる音がした気がする。
――コイツ……冒険者の事を大した事がないと言ったのか? 2年前に村を助けてくれた、僕を救ってくれた恩人に対してなんて言い様だよ
自分の事はいい。バカにされたって自分のやってきた事は自分が知っている。何ら恥ずかしいものではないと自負しているからそんな奴もいるだろうと堪えられない事もない。しかし、自分の憧れた冒険者を、ひいてはアーベルをバカにする事は許せない。
「そこまで言うなら分かった。いいよ、やろう?」
ノーティスを睨みつけるオーネス。いきなりの態度の変化に怖気づいて、若干、腰が引けてしまうノーティス。そんな様子を気にも留めず、木の棒を拾い、構える。
「ほら、僕は根性なしなんだろ? さっさとかかって来なよ。それとも、そんな僕に腰が引けてしまう位、君は情けない奴なのか?」
「バカにするなよ、この根性なし!」
叫び、木の棒を振りかぶりながら突っ込んでくるノーティス。
襲い掛かってくるノーティス。しかし、彼は重心も定まらず、力の入り方も散漫。最初はボコボコにしてやろうか、なんて思っていたオーネスであったが、戦うには全くなっていない姿を見れば、その気も失せるというもの。仕方がないので、さくっと勝ってしまう方針に変更する。
振られた棒の側面に軽く棒を当てると弧を描くように棒を振る。ノーティスの棒を巻き取るように絡めると、すぐさま右に振り払って、棒を飛ばす。一瞬の事に反応できていないようで、そのまま突っ込んでくるノーティス。いつぞやのようにヒラリと躱す。こけそうになるノーティスだったが、意地だろうか、すんでのところで耐え、オーネスに向かい直す。
が、彼の視線を向けると目前に現れる棒。眉間に向けて棒を突き出されていたのだ。
「僕程度でもこの位はできるんだ。こんな程度で手も足もでないんだから、冒険者の事はあまり悪く言うのはやめてよね」
オーネスはそう言い捨てると、興味はなくなったといわんばかりに、踵を返し、途中だった帰り支度もそこそこに足早にその場を去るのだった。
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30分ほど後に後1回投稿します。
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