009-2_夢への一歩
それからというもの、訓練の後にフェイスに修行を付けてもらう日々は続いた。
毎回毎回、オーネスは修行を付けてもらった後には息も絶え絶えという様子だったのだが、フェイスはピンピンしていた。その様子に自分の父は化け物の類で、実は人間とは別の生物なのではないか、と戦々恐々とした事も一度や二度ではない。
それでも何とか喰らいついて、武術技能向上に精を出していた。
おかげで肉体的にも技術的にも以前とは比べられない位に成長していたし、訓練の後により辛い修行をに耐え続けた事で精神的にも鍛えられてた。
それは、オーネスはもとよりフェイスも感じていた事だ。
一方であまり変わらなかった事がある。身体強化魔法だ。特にオーネスが課題として考えていたのは身体強化魔法:加速である。
フェイスは身体強化魔法は必ずしも使える必要はない、と言っていたが、使えるに越したことはない。そもそもの話として、使える必要がなかったとしても父に一撃入れるためには少なくとも身体強化魔法:加速についていく必要があるのだ。ならば、同じ技術を使えるようになるのが手っ取り早い。
オーネスの身体強化魔法習得のための試行錯誤は続いた。
魔法が使えないということはイメージが悪いのではないか、ということで身体を使う、というイメージを色々と変えて試してみた。フェイスは服、という表現をしていたが、鎧をまとうようなイメージしてみたり、身に着けるというイメージから離れて川に流されるように大きな流れに乗るようなイメージをしてたりした。あるいは滑らかに動かしているというイメージが悪いのではないか、と考え、腕や体が弾かれるようにイメージを試したこともある。
しかし、どれも上手くいかない。
武術技能に関してはうまく言っているだけに、歯がゆいものを感じるオーネス。
そんなある日、たまたま父との修行が休みで自主鍛錬をする事になった。
父とばかり組み手していては変な癖がついてしまう可能性があるから、とその日はフリートと組み手をしていた。
しかし、どうしても、身体強化魔法の事が気になり、組手中にも関わらず一瞬だけ気を抜いてしまうオーネス。その隙を見逃すほど甘いフリートではない。一瞬でオーネスの懐に潜り込むフリート。ほとんど間を置かずに、オーネスの顎の直下でピタリと止まる拳。
「今回は僕の勝ちだね」
あっさりとフリートに勝ちを譲ってしまった――――。
「今日は全然集中できてなかったね。やっぱり、身体強化魔法の事気になる?」
図星である。
しかしながら、どうすれば良いのか分からない。ただ、フリートと戦っていて思い出した事があった。
昨日の事である。フェイスとフリートが互角に戦っているタイミングがあったのだ。結果としてはフェイスが勝ったのだが、戦闘が終わった時にフェイスははっきりと最後の攻防では身体強化魔法を使ったと言っていた。
動きからみれば身体強化魔法:加速であると思われる。
「ねぇ、お前がお父さんと戦った時、結構互角に戦ってたけど」
「いや、互角って程でもないと思うけど……」
「まぁ、本当に互角かはともかく、それなりに戦っていたわけじゃない? そのとき何かしてたの? 実は身体強化魔法使ってたとか?」
「いや、ボクは魔法に関してはてんでダメだから特に何かしてた訳じゃないよ」
「ならどうやって、身体強化魔法についていけてたの?」
「えー、なんていうのかな。お父さんの動きがよくなった、って感じたら、身体の中の力を震わせて一気に力をバーンってやる感じで」
「……わかった、ありがとう」
――要領を得ない説明をされてしまった。しかし、身体の中の力を振るわせる、か。フリートが言うところの、身体の中の力ってのを自分に置き換えてみれば、魔力、なんだろうな。それを震わせる、ね。
「試してみようか……」
オーネスは目を閉じ、自分の中に魔力が流れることをイメージする。まるで、自分の血のように動いているのが意識できた。案外、悪くない結果である。次は震わせられるか、とすぐに次の段階に進む。
――ん?なんだか体がむずむずしてきた気がするな
違和感を感じたものの、魔力が震えている様な気がするからよし、として次に進む。フリートの話であれば、一気にバーン、と言ったいた。
――魔力を弾けさせる感じなのかな?
試しに最初に魔力弾を撃った時のような魔力が弾けるのをイメージしながら思い切り虚空に向かって拳を振ってみる。
ビッ!
「え?」
自分でも信じられないくらいの速度が出て、思わず目を開けてしまう。
「オーネス、今のパンチすごい速度だったじゃない! もしかして身体強化魔法うまくいったの?」
無邪気に問うてくるフリート。
確かにオーネス自身いつもよりもはるかに速く、力強く拳を振ることができた気がしていた。フリートも同じ事を言っているため、少なくともいつもの全力よりも速く拳を振れたのだろう。拳を解き、自分の両手を見つめるオーネス。
――これが身体強化魔法?
自分が初めて狙った魔法を使えたのだ、ということにじわじわと喜びと興奮が湧き上がってくる。思わず両手を固く結ぶ。
「よしっ!」
思わず、大きな声も出てしまう。
しかし、それも仕方がないというもの。オーネスは身体強化魔法を使える気配がなかったために自分に才能がないのではないか、と思い始めていた。そんな矢先にこれである。
もちろん、身体強化魔法が使えたというだけでフェイスを越えられる訳ではない。
だが、そのための一つの壁を越え、同じ土俵に上がれた確かである。
念願の身体強化魔法を使えるようになった彼は組み手が終わったことも忘れ、今の感覚を忘れないように、繰り返し、彼が倒れるまで身体強化魔法の行使に励み出した。
まるでおもちゃを買い与えられた子供のようにはしゃいだオーネスは自分がどのくらいの魔法は使えるか、なんて事を考えていなかった。その末に倒れるのは自明の理である。
「まったく、しょうがないなあ」
苦笑しながらオーネスを担ぐ
「それにしても、オーネスをおぶるって大変だなぁ」
一言ぼやくき家への道を歩き始めるのであった。
そこからは技術の練度を上げる日々が続く。
簡単に倒せるはずはない、と口では言っていたものの、身体強化魔法を習得したオーネスは意外と簡単に父に一撃を与えられるようになるのではないか、とちらりと考えていた。
しかし、それは大きな間違い。
その日もオーネスとフェイスは立ち合いをしていた。
フェイスに対して木剣を横に薙ぐオーネス。狙うは胴。左右の細かい動きでは回避できない軌跡。その一閃に対して後退による回避を選択するフェイス。
オーネスの木剣は当たる事なく虚空を進む。大きな隙だ。オーネスが振り切ったタイミング、鋭く踏み込むフェイス。しかし、それはオーネスとて想定済み。
――今だ
フェイスが踏み込んだ直後、身体強化魔法を発動。体勢は整っていないものの無理やり逆方向に振る。踏み込みこそきちんとできていないが、一撃目よりも速度自体は出ており、何より、これは予想をしていなかったはず――
「甘い!」
乾いた音が響く。
次の瞬間、オーネスの手には木剣は存在していなかった。そして、頭上からコツリ、という音。今回も手も足も出なかった。
「まだ一撃入れるには遠そうだな」
見上げるとニカッと笑っているフェイスがいた。
確かにオーネスは身体強化魔法が使えるようになった。しかし、持続時間は短い。現状、最も有効に使おうと思えば、先程のように一瞬のタイミングを狙って発動する事になる。相手が最高速に順応しない内に一撃叩き込んでしまおうという訳だ。
そのために、身体強化魔法の発動はスムーズにできるように研鑽を積んできた。
おかげで、この運用自体はうまくいっており、訓練での立ち合い稽古では大人にだって勝てるようになってきた。
しかし、それでもフェイスには届かない。さらに言えば、先程の立ち合いでは身体強化魔法を使っていた様子はなかった。
父の言うように道はまだ遠い。それでも、彼は父に挑み続ける。冒険者となるための切符を手に入れるために――――。
それから、2年の時が流れる。
季節は春。うららかな陽気が漂う日であった。今日も訓練のために村の外れにある訓練場まで向かう。
今日までの2年間、フェイスに挑み続けたオーネスであったが、2年前と変わらず一撃を加えることができていない。
しかし、前に進んだこともある。
まだ要所ではあるものの、フェイスの身体強化魔法を使わせることに成功していた。
また、オーネス自身は身体強化魔法を2年前のように一時的な発動ではなく、ある程度の時間、持続させることができるようになっていた。
まだ道は長い。しかし、一歩一歩進んでいる。その実感を胸に今日も父に挑まんと意気込むオーネス。
その傍らには珍しくフリートの姿はなく、家でシンシアの手伝いをしていた。余談ではあるが、珍しくフリートと二人で色々できるのが嬉しかったらしくレクティは思いの外、はしゃいでいた。
そんな様子を思い出せし、たまにはこんな日もいいか、なんて考えながら、のんびり歩いていると、道の脇で騒いでいる声が聞こえた。
脇を見てみると、栗色の髪を持つかわいらしい女の子とツンツンした短い金髪の男の子がいる。じゃれついている様にも見えたため、何をしているのだろう、と思いながらもそのまま通り過ぎようとする。
すると、不意に、返して、という高い声が聞こえた。
気になって、そちらをよくよく見てみると、男の子が大きく手を上に上げ、女の子がそれを取ろうと男の子に詰め寄りながら手を伸ばしていた。
「何してるの?」
流石に見て見ぬ振りはできないな、と思い、声をかけることにした。
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