第九話……烏帽子武者
「各隊に両翼を伸ばせと伝えよ!」
「……あと、武田勢二万騎が援軍に来たと叫んで廻れ! 特に越後勢に聞こえるようにな!」
別動隊が駆け付けたと知ると、信玄は一転、使い番(連絡係)の百足衆に反撃の狼煙を上げるよう伝える。
「「「はっ」」」
百足衆が諸隊に散る。
「ふぅ……」
そんな信玄の本陣の前面を守るは勘助であった。
越後勢の返り血を被り、真っ赤な装束となっている。
「これで拙者も精鋭の赤備えかな……ははは……」
そんな自嘲じみた独り言を言っていると、前方から騎馬武者が駆けてくる。
よく見ると、烏帽子をかぶっており、雅な貴族にも見える。
「ここから先は本陣でござる。下馬されたし!」
勘助が両手を上げ遮ると、
――ビシッ
勘助は一刀両断に切られた。
「案内ご苦労!」
……その声は、女子の声にも聞こえた。
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信玄の本陣に、真正面から烏帽子を被った雅な騎馬武者が駆けてくる。
もはや警護の兵も前線に出ており、信玄しかいない。
「信玄公お覚悟!」
「何奴!?」
――ビシッ
――ガッ
騎馬武者が三度振り下ろす刀を、信玄は鉄製の軍配で防ぐ。
「御屋形様!」
それを見た警護の者が、慌てて駆け付けて来る。
「武田信玄殿! また会おうぞ!」
雅な騎馬武者はそう言い放ち、どこやらへ駆けていった。
「……彼奴は何者だ!?」
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そのような乱戦が続くも、形勢は甲軍優勢に傾く。
越軍は甲軍本隊と、駆けつけてきた別動隊によって挟み撃ちになった格好になっていた。
越軍は退却を始めるが、越軍が優位の戦いの前半で勝ち取った兜首が重く、退却の速度は遅々として鈍い。
――当時は、獲った兜首が恩賞の為の証拠だった。
越軍は退却に際し、その腰にくくった兜首が重くて逃げ遅れ、自らが兜首にされてしまったものが多数出てしまったのだ。
戦いは越軍は全面敗走の形となり、それを甲軍が全軍で追い打ちする形となっていった。
【和歌山県立博物館蔵】
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【一口信玄メモ】……陣太鼓
武田軍の攻撃中に響く陣太鼓は押し太鼓とも言われ、鳴っている間は退くことを許されなかったという。
武田武士の勇敢さを表すエピソードである。




