序章
(親とは、なんて無責任なのだろうか)
月を眺めながら、朱江は思う。
親なる者全員が無責任な訳では無い。
しかし、両親から虐待を受け、挙句の果てに追い出された朱江には、何を言っても無駄だろう。
朱江は右腕の痛みを堪え、名門・鬼ヶ原家の豪邸の前で倒れた。
それを見つけたのが、鬼ヶ原家15代目当主・鬼ヶ原興李。
若い頃は美形であったのだろう、50を過ぎた今でも、興李は女性から好かれている。
朱江からしては、老けたおっさんという印象しか無いのだが。
(まあ、拾ってもらったのだから、恩を返さない訳にはいかないな)
朱江は興李に感謝している。
が、興李は側室を大勢迎えており、正室を軽んじる男であり、どうも朱江はそこが気に食わないらしい。
とはいえ、男は子供を残すのが最優先。
側室を迎えるのは致し方無い事。
ただ、正室とは1人だけ置く事を許された、皆の憧れの立場。
正室を軽んじ、側室の部屋にばかり通う興李を、朱江は嫌っていたのだ。
「あなた、そこで何をしているの?」
興李の側室・ディアンの侍女が、朱江を心配する。
「月を眺めていると、心の乱れが静まるから。」
「へえ、月を眺めるだけで、心の乱れが静まるなんてありえるのかねえ。」
朱江は無口であるため、ダラダラとした話を嫌う。
「あ、そうそう。明日、興李様が帝の命令で、リフィア帝国に講和を申し入れにいくんですって。」
「興李様が?」
朱江は目の色を変えた。
リフィア帝国は我が国の敵であり、何度も激しい戦を繰り広げてきた。
その度に我が軍は、若き優秀な兵を失っていった。
正直、朱江にとって戦などはどうでもよかった。
しかし、主君が敵地に行くとなれば放っておけない。
(なぜ興李様が?興李様のような高い身分の御方が、なぜ敵地へ行かされるのだろう?)
敵地に講和を申し入れに行くには、大きな危険が伴う。
その為、低い身分の者が、講和の使者に選ばれるのだ。
となれば、興李が何かしらの事で帝の怒りを買ったと思われる。
(敵地に行けば、殺されるかもしれないというのに)
朱江は興李の身を心配した。
「殺されないといいわねえ。」
ディアンの侍女は、まるで他人事のように言う。
(大丈夫だろうか?暗殺されるのでは?)
朱江の予想は的中する事になる。
そもそも、これが誰かが仕組んだ罠であった事すらも、誰も知らなかった。




