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   5


 一位はその日、早めに仕事を上がる予定だった。帰りにオーダーしておいた誕生日プレゼントを受け取って、百合の家へと向かう為に。

 ――その矢先、一位は倒れた。

 眩暈がするので、トイレで顔を洗おうと立ち上がり、トイレに続く廊下で、突然に倒れたのだ。その時点で、ほとんど一位の意識は飛んでいた。

 一位は、最近やたらと積る疲労感に悩まされていた。

 高校までは、どちらかと言えば体力のある方だった。けれど、大学に入学してしばらくすると、目に見えて自分の体力が落ちていくのを実感していた。それを一位は、運動をしていないから、年齢のせいだ、とそれ位にしか考えずに今日まで日々を過ごして来た。

『……あ、れ……? なんだこれ? 変だな、力が入らない、ボーッとする。駄目だ、百合の……行って、やらないときっと悲しむ、から……』

 ユラユラと揺らめく視界の中で、一位が倒れた音を聞きつけた同僚が駆け付けて来るのが見えたのを最後に、一位の意識は完全に闇に落ちた。


 一位が目覚めると、眼前には真っ白の壁があった。――いや、これは天井だ。自分は何処かで寝かされているのだ。

 そして、すぐに倒れた事を思い出し、ここが病院だという事に気が付いた。

 怠そうに身体を起こそうとすると、

「一位、起きなくていいぞ、身体に障る」と言われた。

 声の方を見ると、ベッドの傍に父がいた。その隣では、母が椅子に腰掛け、心配そうに一位を見ていた。母の目は、真っ赤に濡れていた。泣いたのだろう。それを見て、悪い予感が頭をよぎった。

「父さん、……俺って、なんかの病気なの?」

 おもむろにそう問うと、父は僅かに顔を歪め、母は俯いて泣き出した。その時点で確信した。自分は何か重い病気に侵されているのだと。

 一番に頭に浮かんだのは、百合の事だった。どうしても今日は、その百合の誕生日に、流石に行ってやれそうもなかった。

 その後、一位はどうしてもと言って医師に自分の病状の説明を受けた。一位の前で言うべきか否かと迷う医師に鎌をかけるようにして、一位は事細かに病状の説明をさせた。

 めまぐるしい速度で転落していく自分の人生。動転し、落胆し、絶望する。

 そんな時でも頭に浮かぶのは、やはり百合の事だった。

 ――そういえば、百合の誕生日会に行かなかったのは、これが始めての事か。

 茫然自失として、真っ白な天井を穴が空くほどに見つめ続ける。天井以外は見ないようにして思考し続ける。

 殺風景。病院の内装も外装も酷く殺風景で、もっと言えば殺伐としていて、一位を不安にさせる。だから極力視界に入れたくはなかった。

 そしてその日、一位は苦渋の決断とも言うべき選択を取り、心に誓った。


 一位の誓ったそれは、誰も笑顔にはならない選択だった。


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