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 今日は五月二十五日。そう、待ちに待った百合の誕生日だ。

「華木さん、今日は早めに上がっていいわよ」

 ニコリと笑いながら言ってくれた園長に感謝して、百合は頭を下げながらそそくさと家に帰った。

「ただいまー」

 玄関の鍵を解除して足を踏み入れる。しかしいつもあるはずの「おかえり」という母の声が無い。確か今日は仕事先に言って早番にしてもらったと言っていたので、家にいるはずなのだが……。そしてよく見ると灯りもついていない。

「お母さん?」

 心配になって、リビングの扉をそろそろと開いたその瞬間、パンッとなにかが弾けるような音がして、百合は飛び上がった。

「誕生日おめでとー百合!」

 唖然としながら、灯りのついたリビングを見ると、母がテーブルの椅子に座りながら、クラッカーを手に持っていた。

「ちょっ、ちょっとー! びっくりしたよ!」

「ははっ……いやぁ、お母さん、前々から計画してたからね」

 母は頬を掻きながらニヤニヤとした目で百合を見た。

「はぁー、すっかり騙されたよー。……ありがとね、お母さん」

「いやいや。それよりさ、百合。お待ち兼ね、お前の大好きな……」

 母は冷蔵庫へ駆けて行き、お皿を持って帰って来た。

「うわぁー! やったー、アイスのケーキだぁ!」

 百合の頬は、興奮してたちまち朱に染まった。

「百合はいつまでも子どもみたいのが好きだなぁ」

 わーいわーいと飛び跳ねて、そんな母の声は聞こえていない様だった。

「百合、とりあえず着替えて来なよ」

 百合は母にそう言われ、うん! と頷くと、ドタバタと二階へ上がって行った。

 自室に入った百合は、今日着ると決めていた服に手早く着替えを済ませ、カバンから携帯を取り出し、プロフィールを表示した。

 プルルルル、と短いコール音の後、その相手は直ぐに通話に出た。

「もしもし、いっちゃん? 今ね、お母さんがね、サプライズでケーキ出して来てくれてね、それでね……」

『あ、ああ。そうか、百合、あのな……』

「すごいびっくりしちゃってね! あっ、それより、いっちゃんもう来ていいよ、今日はもうお仕事終わってるでしょ?」

『あっ、いや、その…………』

「なにー? どうしたの? 早くしないとアイスのケーキが溶けちゃうよ!」

『ごめん、いけない』

「……えっ?」

『悪い、どうしても行けなくなったんだ、ごめんな』

「え……なんで、どうして? 今日、私の誕生日だって……」

 途端に百合の声はこれ以上無いくらいに暗く沈み込んだ。

『ああ、知ってるさ。忘れるわけないだろ。でも、行けなくなったんだ』

「そ、そんな、なんで? いっちゃんが、いっちゃんが来てくれなきゃ……っ」

 突然の事に、百合の思考は追いついていなかった。しかし、理解するより先に、口角は萎み、瞳は伏せていった。

『理由は言えない。……ごめんな』

 ――ごめんな。と一位はただ、そう言うばかりだった。

「どうして……? いっちゃん」

 百合が涙声で訴えても、

『ごめんな……ごめん』と繰り返すだけだった。


「百合ー、アイス溶けちゃうぞ!」

「……うん」

「ん? どうかしたか?」

 さっきまでとは表情が一転した百合に、母が気付かないわけも無く、不審な顔を見せた。

「……んーん、なんでもないよ。ケーキ食べよ」

 静かにテーブルに腰掛ける百合に、母はいきなり確信を突いた。

「百合、一位は? 毎年来てるだろ? 来ないのか?」

 母がそう言うと、百合はより一層うつむいてしまった。

「一位、来ないのか……」

 百合はその言葉を受けて、コクリと頷いた。

 そんな百合を、母は後ろからそっと抱き締めた。

「百合、一位にも何か事情があったんだよ。理由も無くバックれるような酷い奴じゃない。それは私も良く知ってる」

「……うん」

「いいじゃないか。百合には私がいるし。たまには二人っきりの誕生日会もな」

「ありがと、お母さん」

 母の胸に抱かれながら、百合は少し落ち着いてくると、一位が今まで一度だって百合の誕生日会に来なかった事は無かった事に気が付いた。

「百合、また別の日に、改めて一位と誕生日会したらいいじゃないか」

 母のその提案に「お母さんも一緒じゃなきゃやだ」と言う百合。

「全く、いつまでも駄々っ子だな、ふふ。わかってるよ。私も予定を合わせるからな」

 母は優しく百合の頭を撫でた。その仕草がなんだか一位に似ていて、百合の目尻は熱くなった。

「そんな歳になって、誕生日バックレられただけでなに泣いてんだよ。一位の事は信じてやれよ? あいつはいい奴だ。……なにか、よっぽどの事情があったんだよ……。

 さぁさぁ、アイス溶けちゃうぞ?」

 その日は、母と二人きりで誕生日会をした。次第に百合の機嫌も治っていって、最後にはすっかり笑っていた。

 百合はその日の夜、二十三歳にもなって母の布団に潜り、甘えるように胸の中で眠った。そんな百合を母はとても愛おしそうに抱き締めた。

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