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【02】

   【02】


「ユウお兄ちゃん見つけた!」

 公園の茂みの中に身を潜めていた所に背後から声がして振り向いた。

「イフは見つけるの早いな」

 ユウがそう言うと、イフは得意げに胸を張った。

「はい、ユウお兄ちゃん次の鬼ね。見つかった人はこの陣地にいてね」

 ユウはイフに、靴で描いた円の中に連行された。

 イフが得意げな所悪いが、この公園には遊具も少なく、ほとんどがグラウンドになっている為、隠れる場所は限られていた。もっと言ってしまえば、ユウは隠れる立場でありながらも、木陰に隠れるリィスと、滑り台に寝そべって隠れたつもりでいるイリスを既に発見していた。

「あっ、リィス見っけ!」

 そりゃそうだろう。リィスの腰まである栗色の髪は、風が吹くたびにさらさらと木の正面からみえてしまっているのだ、しかし、リィスはその事に気が付いていない様子だ。

「……あー」

 リィスは一つ嘆息をすると、ルールに従って丸く描かれた陣地の中に入って来た。未だにユウの方を見ようともせず、気まずそうにモジモジとしている。

「リィスちゃん、毎日こうしてみんなで遊んでるの?」

「う…………うん」

 ユウが話し掛けても、地面を見ながら、しどろもどろと言った感じだ。

「リィスちゃん。今日の僕の歓迎会ってさ、何するのか知ってる?」

「ん、たぶんね。おとなのそんちょうとせんせーはお酒をのんで、わたしたち子どもはジュースとかのんで、ちょっとこの村のことをはなすだけだよ」

「へー、今までも何度かこういうのやったりしてたの?」

「う、うん。何回もやってる、よ」

「何回も? それって村に新しい人が来る度に?」

「そうだよ、もうわたしは、ユウお兄ちゃんのを入れたら二十九回目」

 二十九回? それはいくらなんでも言いすぎではないか? それは、村長と先生を除いたこの村の住人全員の歓迎会に居合わせたという事になる。ありえない。だってリィスはこの場にいるイフとイリスよりも小さな子どもだ。

「毎年、何人位この村に来るの?」

「んーと、だれもこない年もあるし、三人くらい来る年もあるよ? いままでで一番おおかった年で四人かな」

 うーん、それじゃますます二十九回と言う数字は理解出来ないのだが……。リィスもイフと同等に算数を根本から間違っているのだろうか?

「リィスちゃん、今いくつ?」

「……四さい」

 そこまで会話をすると。

「あっ、イリス見っけ!」

 イフの大きな声が公園に響き、周りを囲む山々が微かに木霊した。

「でもおれさいごだもんね! いちばんに見つかったいちばんヘボいのはユウだもんね!」

 なんだかイリスに見下されている声が聞こえたけど気にしない。直ぐにイフはイリスを砂に描いた陣地まで連れて来た。

「あっ、もうこんな時間だね、ユウお兄ちゃん。直ぐに日が暮れちゃうよ」

 イフが言うとおり、耳を澄ますと小川のせせらぎにあわせてオケラがジージーと鳴き始め、遠くの空が茜色に染まって来ていた。少し肌寒くもある。

「そろそろ集会場に行った方がいいかな?」

「えー、ユウズルいよ、次はユウのおにだったのになー」

「次は僕から鬼をやるから許してよ」

 ユウがそう言うと、チェッ、とイリスは呟いた。

「じゃあ行こっか、集会場」

 ユウのその合図で、僕たちは潔くかくれんぼをやめて、集会場を目指して歩いた。


「えー、みんな、本日は新しい仲間を紹介するぞ」

 立派な和室にズラッ長机と並ぶ中、ユウは、一番上座に座る、村長の横に正座していた。歓迎会という事で、みんなの視線がユウに集まった。ちなみに村長の横には先生がいて、僕と先生で村長を挟んでいるような形だ。ユウの隣にはリィスとイフとイリスもいる。

「ユウじゃ。かんぱーい」

 うえっ? とユウは村長の方を振り向くが、みんなは既に村長に習ってジュースの入ったコップを掲げていた。

「そ、村長、僕の紹介それだけですか?」

「えー、まぁ、他に何か言う事もないしな」

 村長は、ぐびっと日本酒を煽る。ユウは空になった村長のコップにお酌をする。

「おっ、おっ、おっ、すまんのぅ」

 村長は並々まで注いで、コップから溢れそうになる日本酒に、そっと顔を近付けた。

 騒がしい喧騒の中ざらっと見渡した感じでは、村長と先生を除けばユウが最年長のようだった。今、オレンジジュースを二人同じタイミングで飲み干した中学生位のくりくり坊主の双子が、ユウに一番近い年齢に思える。しかしそれでも十五•六だろう。

「村長、この村には村長と先生以外に大人はいないんですか?」

 村長はチビチビと日本酒を煽りながら横目でユウを見た。

「んー、おらんのう、おぬしのような新人は三年ぶりかの。珍しく少しスパンがあいたからのー、スパンがのー」

 英語を使用した事に自慢気な村長を無視して、ユウは続けた。

「基本的には毎年新しくこの村で暮らす人が来るんですよね」

「そうじゃ、何か疑問があるか?」

 ――疑問。ある様で無い様な気持ちでいると、一つ思い浮かんだ。

「じゃあ一ついいですか?」

「ん? なんじゃ?」

 早くも二杯目を飲み干した村長のコップに日本酒を注ぐ。

「学校とかは無いんですか?」

 村長のコップを持つ右手が、ピタリと止まった。

「ん、学校が無い事が疑問か?」

 疑問と言われればそれは確かに疑問であった。

「はい、まぁ少しは。学校が無かったら勉強出来ませんよ」

 言いながら、だからこの村の子どもたちは計算が出来ないのだろうか? などと頭によぎった。

「ふむ。疑問か……」

「ええ、他に学校が無い事を疑問に思ってる人をいるでしょう?」

「いない」

 村長の横で静かにビールを呑んでいた先生がおもむろに口を開いて、ユウは少しビクリとした。

「いないって……何故わかるんですか?」

「いいや、いないよ。キミ位だよ」

「は、はぁ」

 ユウはなんだか誤魔化されたような気がして、釈然としなかった。

「ユウ。その疑問、他の者に話さんでよいからの?」

 何故だろうか? 他言無用と言うならば、その理由はなんなのだろう?

「おぬしの疑問に今、ここで答えるとしたら、それはやる必要が無いからじゃよ」

 やる必要がないとは、どういう事だろう?

「勉強ならここを卒業してから嫌と言う程やればええ。この村ではのびのびと暮らすのじゃ、それがこの村、焔のルールじゃよ」

「はぁ、そういうもんですか。それならそれでいいんです。少し気になっただけなので」

「少し気になった……か」

 村長と先生がチラと目配せをしたのがユウには見えた。

「まぁ、とにかくじゃ、この村ではそういうルールになっとる訳じゃから、皆もそれで了解しておる。だからいちいち確認せんでもええぞ」

「わかりました」

 そう返事をすると、ユウの中に先程まであった疑問が、綺麗さっぱり消えてなくなっていた。今は学校が存在しない事など、露程も気にならなくなっていた。

 そんなユウと村長との会話に、ユウの隣の席でジュースを飲んでいたリィスは密かに耳を傾けていた。

 ――がっこう。そうだ。どうして今までがっこうについて考えたりしなかったんだろう? 私はむかし、学校に通っていた。きっとみんなだってそうだ。……なのにどうしてみんな、がっこうが無いことを不思議に思わずに、何年もくらしていたんだろう。たしか、がっこうは毎日、みんなが当たり前にいくとこだったはずだ。

 リィスの頭に『学校』という単語が今、ふいに思い起こされた。何故忘れていたのだろうと疑問に思う位に、そんな常識をも何年も忘れて過ごしていた事を気がついた。それは確かに常識としてリィスの知識にはあった。あったはずなのに、リィスは忘れていたのだ。

 なんでだろう? とリィスは思った。そんな事を思ったのは、これが始めてだった。

「村長、今って何月何日なんですか?」

 ユウは、コーヤ豆腐に乗った人参を箸で弾きながら、村長に尋ねてみた。

「なんじゃ、鳴いとる虫や気温で大方予想がつこうが」

「いや、そう言うのはよくわからないんです」

「はぁ。鋭いんだか鈍いんだか……。今は五月下旬じゃよ」

「五月……」

「そうじゃ。この村で、もうじき蛍が光り出す時分じゃ」

 村長はさりげなく、淋しげな瞳でジュースを飲むリィスの方を見た。


 日は完全に暮れて、辺りが完全に闇に包まれた頃合い。結局ユウはろくに紹介もしてもらえぬまま、歓迎会はお開きとなった。

「じゃあね、ユウお兄ちゃん」

「じゃあな、ユウ!」

「……あ、あの……」

「ほら、帰るぞリィス」

「……あ、う……」

 何か言いたげなリィスを連れて、イフとイリスも、それぞれの家へ帰って行った。

「村長、僕はどうすれば?」

 みんなは帰る家があるらしいが、この村に来たばかりのユウはどうしたらいいのか?

「ん、おぬしの家は小川沿いの所じゃ」

「僕の家……?」

 ユウはおうむ返しにして尋ねた。

「そうじゃ、今日から十四年間はおぬしはそこで暮らすのじゃ、好きに使ったらええぞ」

「えっ、い、家一軒もらえるんですか?」

「馬鹿言え、卒業したらまた次の者が使うんじゃから貸し物じゃ」

「そ、そうですか、じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」

「……村長」

 今まで歓迎会が催されていた屋敷の一角の襖が開き、そこから先生の顔が覗いた。

「村長、少し……」

 先生がヒソヒソとそう言うと、村長は「わかっとるわい」と頭を掻きながら先生の待つ部屋へトボトボと向かって行った。

「……あ」

 しばし今日の事や、今の状況を考え、とにかく与えられた自分の家に向かおう、とユウは踵を返した。

 十分程、街灯もない真っ暗の中を昼間に教えられた小川へと向かって歩いていた。

 そして気付いた。

「小川の…………どこ?」

 村に流れる小川は、山頂から下り、村を越え、何処までも下っている。

「村長……大雑把すぎ」

 そんな事に、何故あの時気付かなかったのだろうか。ユウは仕方なく、小川に沿ってひたすらに下って行った。そうすればいつか見つかるだろう。

 夜になると世界は静けさを増し、視界を闇で遮られているのもあってか、小さな虫たちの大合唱と緩やかな水のせせらぎと、さわさわとそよぐ木々の音だけが耳に届いた。それが世界になった。そんな世界を、ユウは一歩一歩と踏みしめて歩いた。

 そういえばさっき村長が言っていたっけ?

 ――蛍。

 いつかこの小川に蛍が現れ、お尻を光らせながら辺りを飛び舞うのだろう。しかしその光はお別れの合図。

 ユウは綺麗な小川を見つめて感慨にふけった。

 ふと思い出したが、ユウは今日の、つい今しがたにこの村にやって来たのだった。そんな事を失念する程、この村は昔に来た事があるかの様に居心地が良かった。

「何故?」

 またもやユウの脳内に疑問がよぎった。――何故僕は、今この村にいるのだろう? 何故ここに来たのだろう。

 この村、焔に来る前に僕は……何処に…………。

 ユウの脳裏に再び疑問が浮かび、考え込もうとした時、流れ続ける小川の側に、しゃがみ込んだ小さなシルエットを見つけた。

「……誰?」

 そろそろとその黒いシルエットに近付く。不思議とその謎の存在に対して、危機感は感じなかった。というより、ユウはこの村に来てからはそんな感情を持たなかった。

「ユ、ユウ……お兄ちゃん」

 シルエットの正体はリィスだった。だとしても何故こんな所にいるのだろう?

「リィスちゃん。何してるんだよ、イリスとイフは?」

 しかしリィス顔を横に振った。

「ここにね、もうすぐ蛍が出てくる」

 そういうリィスの顔は、なんとなく寂しそうに見えた。

「こんな暗い所で小川に近付いたら危ないよ」

「あぶなくないよ、あさいもん」

 確かに、小川はすぐそこに底が見える程浅いけれど。万が一という事がある。

「わたしね、ユウお兄ちゃんとおはなしがたくてここでまってたの」

「僕がここを通るって、どうしてわかったの?」

「だって、この先に空き家があるもん。そこがユウお兄ちゃんのおうちでしょ? まえ、卒業した人はそこにすんでたから、わかるよ」

「そう……」

 リィスはすっくと立ち上がりユウに近付いて来た。柔らかみのあるリィスの栗色の髪がふわりと揺れた。近付くにつれ、リィスの風体が明確に見えて来た。

「…………」

 まただ、またこの感覚。リィスと二人で向き合うと、今日の昼、リィスを始めて目にした時の感覚が再び押し寄せて来た。この感情は……いったい何というのだろう。何故この子を見るとこんな感覚がするのか。

 何故こんなに愛おしいのか。

「ユウ、お兄ちゃん」

 リィスはユウの目前で立ち止まり、見上げる様にした。そして突然に、ユウの胸に、必死に背伸びしながら伸ばした掌を押し当てた。

「……わたし、ユウお兄ちゃんのこと、なにかしってる気がするの。こうしていると、やっぱりなつしい感じがする。ユウお兄ちゃんをみてると、なにか変なかんじがするの」

「……リィスちゃん」

 それは僕もだ。と言おうとした時、ユウの目尻を温かい物が伝っていった。

「あれ? え……なんで? なんで……?」

 瞳はたちまち涙で溢れ、止まらなくなった。途端に膝は崩れ、リィスの胸辺りの目線になって、目を擦った。

 涙の意味がわからなかった。何故、自分の頬を温かい物が伝っているのかわからなかった。だけど止まらない、涙は瞳に留まらず、ダムが決壊するように溢れ出た。

 そんなユウを、リィスの小さな体は、その小さな胸で抱き締めた。愛おしそうにギュッ、とその小さな腕で、ユウの頭を抱き締めた。

 ――止まらない。

 止まらない涙の理由を探ろうとしていると、その答えのヒントはすぐそこにあった。ユウを抱き締めるリィスの鼓動、とくんとくんと聞こえるその鼓動。

 ユウはこの鼓動を知っていた。ひどく大切だったはずの鼓動が、今、ユウの耳元に押し付けられている。懐かしい、そして愛おしい。失ったはずの大切なリズム。他人の物とは思えない、どこか本能に訴えかけるリズムがユウを包む。

 闇の中、掠れるような声で鼓動の主は呟いた。ユウをその小さな胸に抱き締めながら、本人の意思とは無関係に言葉が漏れたかのように。――微かに。

「…………いっ、ちゃん」

 その言葉に青天の霹靂の様な衝撃を覚えた。そしてそれを呟いたリィスの鼓動にもまた、同じ変化があった事を感じた。

 ――いっちゃん。

 それは、いつか聞いた名前、いつか? それは、いつ? 

 それは、どこで?

「リィスちゃん。その、いっちゃんって?」

 赤くなった瞳を上げて、ユウは尋ねた。そしてリィスはハッとしたように答えた。

「わからない……でも…………。何かを、忘れている気がするの」

 伏せ目がちに言うリィスの口調は、少し大人びているように聞こえた。

「それは、過去の話し? この村に来る前の話し?」

「過去、前? そんな事を、私は考えた事も無かった……」

 リィスのピンクのワンピースの胸の辺りは、ユウの涙で濡れてしまっていた。これ以上に服を汚すのも悪いと思って離れると、リィスの目にも光る物があるのが見えた。


 その後、イフがリィスを捜している声が聞こえ、ユウはリィスに、ユウの家の方角を教えて貰ってから別れた。


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