【05】
【05】
「いやいや、二人共よく考えてみなさい……おかしくなんか無い」
たった今、村長の暗示のような物から抜け出した僕に、先生は再度語り掛けて来た。先程の村長の時と同じ様に、またもやその瞳に吸い込まれそうになるが、今度はしっかりとその瞳に拒否の意を示した。
「もうよい、よせ先生」
そう口を開いたのは村長だった。
「……ですが」
「もうこの二人には効かんわい」
そう言って村長は先生を制すと、今度は肘を付き顎に手を当てて饒舌に語り出した。
「……まぁ、なんじゃ。さっき言っとったけど『返してくれっ』ちゅうてもな。ぬしらの言い分を聞いてると、どうもわしらの事を悪者かなんかと思っとらんか? むしろ味方やっちゅうのに」
村長は困ったような表情で、ユウとリィスを交互に見た、その瞳には先ほどの不思議な力を感じない。
「この村の事、話してくれるんですか? 村長」
村長は言葉を受け、面倒そうに一つ嘆息をした。
「いや、全部は話さんよ。しかし知る事を止めはせん」
「村長っ!」
先生はガタッと机を揺らして立ち上がり掛けたが、突然動いた先生に驚いたリィスが――ヒッ、と漏らしたのを聞いて思い直し、座り直した。
「先生、この二人。見ての通り深い絆で結ばれとる」
「はい、こんな前例は、過去ありませんね」
「そうじゃな。この絆が愛情なのか友情なのか、はたまた他の物なのかは知らぬが……。この二人は思い出したのじゃよ。理を超えてな」
「理を……超えて?」
ユウの口が自然と村長の言葉を繰り返す。しかしいったい何を言っているのかが、全くちんぷんかんぷんだった。
「ぬしらがそこまで言うのなら止めはせんよ、しかしな、リスクはあるぞ?」
村長は身を乗り出し、ユウに顔を近づけて来た。
「構いません。僕の中の一番大切な物を思い出せるなら、それでも」
「一番大切な物、か……。しかしな、そのリスクという奴が差し当たってまずは、その一番大切な物に対してあるとしたらどうする?」
――それは、リスクがリィスに対してあるという事か?
「どういう事ですか? そのリスクって……」
ユウが問うと、村長はユウから顔を離して、机に肘を付き直した。
「いやのぅ、そのリスクという奴はこの話しをすればする程に負う事になるんじゃて。つまりその説明をすれば必然、ぬしらの負うリスクは増すという事になる。特に、直ぐに卒業を控えておるリィスなんかはな」
ユウの隣りでジッと固まっていたリィスが、指を当てていた口を開いた。
「わかんない、ねぇ、りすくってなに?」
リスクが増す。つまりそれは、リィスに対して不利になる何かがあるという事。しかしそれが、何に対してのリスクなのかも、ユウには未だに開示されない。
「リスクの内容も言えないんですか……?」
「そうじゃな、言えんよ」
ユウは頷き、隣で座るリィスの肩を持って自分の方へと向かせた。
「ごめん、リィス。リィスになにか危険な事があるかもしれない。だからこの話しはひとまず僕だけが聞いていいかな?」
しかしリィスは反発する。
「なんで? 二人の大切なものだよ? ユウお兄ちゃん」
「…………っ」
言葉に詰まる。
わかってる。それは十分にわかっているけど、リィスの身に何かが起こるなんて事の方が僕にはずっと怖いんだ。
すると村長が先生に目で合図をした。それを受けて取った先生は、普段の厳格な表情を崩し、不気味な程にニッコリとした笑みを顔面に張り付け、リィスにズイと顔を近付けた。
「リィスくん、しばらく先生と遊んでいようか……」
先生のその振る舞いを受けたリィスは、目を見開いてガタガタと震え出し――いやぁぁぁあああ!! と絶叫して、部屋を走り出ていってしまった。
「ほんなら先生、頼んだぞ」
先生は振り向いて、一度コクリと頷いて部屋を出ていった。ベッタリと張り付け、眉一つ動かさない先生の笑みが、今も不気味で仕方ない。リィスが気の毒でならなかったが、今は仕方が無かった。
「……さて、おぬし自身はリスクを覚悟の上、話しを聞くという事かの?」
ユウは改めて正座をし直して村長を正面に見据える。
「よろしくお願いします」
「本当に、リィスはええのか?」
「リィスに危険が及ぶと言うのなら、まずはその危険を僕が見極めたいんです」
ふむ、と村長は相槌を打った。
「おぬしにもリスクはあるんじゃぞ?」
「……構いません、知りたいんです」
村長は頭を一度、ガリガリと掻いてから話し始めた。
「まずこの村、焔の事じゃな。ぬしの言うとおり、この村の法則は今まで住んどった所とは異なる。十八歳で産まれ、若返っていく。法則が違う世界に縛られとるが故、村民は様々な事に疑問を覚えん……まぁ、他にも色々あるが」
ユウは興味深そうに村長の一言一言に聞き耳を立てる。およそ信じ難いが、この村には摂理に反した常識が存在している。
「この村の法則がおぬしの知っとる所と違うのが何故か? 察しはついとるか?」
突然の質問に、ユウは予め考察していた答えを、素直に話した。
「信じられないんですが……ここは、僕が昔いた所とは違う世界、みたいな事ですか?」
「ほー、そうじゃよ、簡単に言えばそういう事じゃな」
「この村は、いったい何なんですか? 僕たちは、どこから来たんですか?」
「どこから来たかは皆それぞれじゃな。……ほとんど日本じゃが」
「……日本。じゃあ、何故僕やリィスの中にはお互いの記憶があるんですか? 前の世界で何か関わりがあったとか?」
「そうなんじゃろうな。それも、よほど強く結ばれていたようじゃ、この村で前世の記憶が蘇るなんて事、何百年もこの村を管理しとるが無かったわい」
――前世の記憶? 何百年管理している? なにがどうなっているのだ?
「前世の記憶……? 何百年……? 村長、もったいぶらずに教えてください」
「そうじゃなー。じゃあひとまずは、この村は死後の世界だという事からじゃ」
「え……?」
あっけなく言われた言葉に、耳を疑った。短い言葉が口から漏れる。
「信じられんじゃろうがな……。ここは生まれ変わりを準備する村じゃ。それでこの村の不可思議な事にも、ある程度辻褄が合うじゃろ」
生まれ変わり? 死後の世界? にわかには信じ難い。しかし本当にそんな事が……?
「つまりおぬしらは生前に何処かで関わりがあった。それをこの村で思い出したっちゅう事じゃないかの?」
「……じゃっ、じゃあ、村長。僕とリィスはどういう関係だったんですか? それと『いっちゃん』って誰なんですか?」
「いやいや、細かい事はわしらにもわからんし、名前はわかってるが教えんよ。その『いっちゃん』が誰なのかもな……」
「なっ、なんでなんですかっ!?」
ユウは声を荒げて立ち上がる。が、村長は手でそれを制す。
「いやのぅ。もう一度さっきの話しをするが、ここは生まれ変わりの村。年を重ねる毎に若返っていく。――それはつまり、脳を巻き戻しているんじゃよ」
巻き戻している?
「つまり、脳みそを徐々に徐々にゼロに戻していき、そしてゼロになると、次の世界の母胎に宿り転生する。それがこの村の仕組みじゃ。……もうわかったかの? 徐々に脳を巻き戻していると言うのに、そこに前世の記憶やこの村の不可思議といった忘れ難いような記憶を持ってしまえば、脳がゼロに戻るのかわからん。特に名前ってのは人の魂がこもっておるから特に知られたくないのじゃ。つまりは転生に支障が出る可能性がある」
「それはつまり、色々知ってしまえば生まれ変われ無いかもしれないって事ですか」
それが村長の言うリスク。ユウは、リィスにこの話しを聞かせなくて正解だったと胸を撫で下ろした。
「つまり僕たちは、もう死んでるんですね」
「死を後ろ向きに捉えるでない、そこからまた新たな世界に転生するんじゃ」
「……」
「にしても全く、なんでまたおぬしは前世の記憶を持ち越しとるのかがわしにもわからん。どうも唐突過ぎるんじゃよ。こういう事には必ず前触があるもんじゃが。他に前世の記憶を持ち越しとる奴もおらんし、リィスもおぬしがこの村に来るまでは、この村になんの疑問も持っておらんかった」
「…………」
いずれにしてもそれはやはり、僕とリィスが前世で強い絆で結ばれていた事から起こった事なのだろう。騒ぎの中心にある僕自身も、この世界に疑問を持ち始めたのは、リィスと出会ってからだったのだから。
「つまり卒業とは転生の本格的準備の事じゃ。四歳になりこの村を卒業すると、他の場所で脳を完全に空っぽにし、そして母胎へと移る。空っぽにすると言っても、ほっとけば自然と空っぽになるんじゃが」
「それで、今のリィスが色々と知ってしまう事が、かなり危険だという事なんですね」
「そうじゃよ。……じゃがまぁ、こんな前例は今またで無かったからの、実際どうなるかはわからん。ただ、転生に支障が出る可能性があると言っとるんじゃ」
前例が無い……支障があるかもしれないし無いかもしれない。何にしても、リィスを危険に晒してまで知るような事なのか?
「村長、転生に失敗したら……どうなるんですか?」
村長は目を細めた。
「消滅じゃろうな」
「えっ? 消滅って……」
「魂が消滅する。リィスの魂は無くなる。人が死ぬとは本来そういう事じゃよ」
リィスが、消滅……死ぬ? その可能性があるというだけで、大切な物を思い出す事などいかなる物か……。
魂が消滅してしまえば、転生してまた大切な物に出会う事も何も出来なくなる。逆に魂さえ生きていれば、何度だって新たに大切な物を見つけられる。
――僕は知っている。
死は、全ての終わりだ。死は恐ろしい。死は残酷だ。――大切な人の死は尚更。
「……わかりました」
ユウは一度静かに瞳を瞬いてから、立ち上がった。
「リィスには、何も伝えません。僕はもう、何もしません」
「そうか……」
村長は静かにそう言っただけだった。
ユウは襖を引いて部屋を出た。廊下に出ると、リィスが泣きそうな顔で目の前を走り去っていった。リィスの後ろには、不気味な笑みを張り付けた先生がついて来ていた。
――鬼ごっこだろうか? ごっこでは無くてガチだろうか? なんにせよリィスは本気で逃げていた。ドタバタと言った足音が、先程村長と話している時に聞こえなかったのが不思議だった。
一度に色々と知ってしまったユウの頭の中は、未だ整理もつかぬままで、ぼーっした感じで二人を眺めていた。
「村長、話したんですか?」
「話した。……それよりいつまでその顔でおる気じゃ? 単純な表情筋じゃの。気持ち悪ぅてしゃあないわ」
「結局、ユウくんはどうすると?」
「リィスに危険が及ぶなら何もせん、と言っとったわい」
「何故、この村の事を話したんですか? ユウくんは知ってしまった。この村の均衡が崩れる可能性だってあるんですよ?」
「なんでじゃろうな」自問する様な遠い目をして村長は答えた。
「御神木に祈りを捧げ続けたこの村の者は、五百年もの間、生まれては死ぬ事を繰り返しとる。……でもな、生きた証が無いんじゃ。前世の記憶が全てリセットされるからの。それでは空っぽでは無いか……村の者たちが願った物とは既に本筋が違って来てしまっているのではないか。
――じゃが、あやつらは違った。生きた証を探しとった。その手に握っとった物を捜しとった……そんな奴らを、わしはこの村で始めて見た」
「それでも、この村に来れる物は幸せです。同じ魂たちがまた人に 生まれ変われる」
「じゃが、その自覚は無い。それは幸せなんかの? それは同一人物と言えるのかの? この村は元々、同じ者たちと永劫一緒にいる事を願って創られた世界だったはずじゃ。……しかし、いつしか村は廃れ、村の者は散り散りとなり、今や転成した魂が何処におるかすらもわからん」
「……村長」
「それでもあやつらは、空っぽの魂で惹かれあっておった。絆があった。……興味があっての。死して尚、惹かれあうあやつらに。この村の存在理由とはそもそも、そういう事では無いのか、とな」
「……このようは論争は不毛です。どちらにせよ、ユウくんはリィスくんの転生に支障が出る事を恐れて身を引いた、この話しはもうお終いなんです」
「本当にそうかの……」
「…………」
何処か遠くを見る様な村長とは対象的に、先生は難しい表情をして視線を落とした。




