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 どれだけ百合から携帯に連絡しても、一位は『ごめん、しばらく忙しくなるから会えない』と絵文字も何も無い無機質な返信をしたっきり、何の反応もしてくれなくなったらしい。週一度と取り決めていたデートの約束も守られずにいる。

 誕生会の日から二週間。百合の表情にますます暗い影が差している事に気付かない私では無かった。

「百合、こっちおいで」

 私がそう言う度に、百合は私の胸に甘える様に飛び込んで来て、鼻をすすった。

 これ程までに百合にとって一位の存在は大きかったのかと、百合を胸に抱きながら、唇を噛み締めた。

 私はその日、仕事に向かう百合を心配そうに送り出した。今日までよく百合が自発的に仕事に向かえていたと思う程に、百合の背中には活気が無いように見えた。

 一位の事は子どもの頃から良く知っている。一位がどんな男かもよく知っているつもりだ。その上で私は、百合を一位に任せていたのだ。

 だから今回の件は、詳細を聞けば聞く程に何かが引っかかった。

 理由があるはずだ。なにか理由が……。

 ソファに腰掛け考える。空に立ち込めた曇天のせいで薄暗い部屋の中で、テレビも電気もつけずに足を組んで考えた。

 テレビの前の机に無造作に置かれた携帯に手を伸ばす。

 ――こういう事に親が口出すのも……うーん。

 と考えた末、思い切って一位のプロフィールを呼び出し、メールアドレスをタッチする。

「……『お前、なんかあったのか? ニコちゃんマーク』」

 文章を打ちながら声に出し、慣れない手つきで文章を作成する。

「…………送信」

 しばらく待つと、携帯が光り出した。百合には連絡を返さないのに、私には返すのか。と思いつつも携帯にタッチしてメールを表示する。

『ごめんなさい、お母さん。訳あって百合とはもう離れます。理由は他に好きな人が出来たというだけです。百合にもその旨を伝えて下さい』

 理不尽な文章を表示している携帯を片手に、怒る訳でもなく思案顔をした。

 ――やっぱり、こいつなんか隠してやがる。

 一位からの返信でなければ、この文面を見た途端に血相を変えて怒っていただろう。

 一位は、私がこういう筋の通らない事が何より嫌いだって事を痛い程わかっているはずだ。本当に私を納得させようと思っているのなら、人づてに別れを告げたり、こんな大事な事をメールで済ませるような真似は絶対にしないはずだ。

 元よりそんな奴でも無い。昔から賢くて洞察力の優れた奴だった。

 つまり、そんな事のわからぬ一位でも無いはずだ。

 ――はずだが、何故?

 私はその文面を見ながら頭を悩ませた。

「こいつ、わざと失望させようとしてないか?」

 一つの結論に至り、更に謎を難航させた。

「『お前、何か隠してるだろ? ……ニコちゃんマーク』」

 迷ったが、いまいちメールをよく知らない私は、こんな時でもニコちゃんマークをつけてメールを送信した。

 しばらくして、机に置いた携帯が光り出し、返信を告げた。

『……お母さんは、なんでもわかるんだね? でも、そんな事ないよ。僕の事は、もう忘れて下さい。それじゃ』

 それだけの、一方的な、簡潔な文章だった。その後、メールをしても返信は無かった。電話をしても電源が切れていた。

「……あいつ」

 即座にソファから立ち上がり、鍵も掛けずに玄関から飛び出した。

 向かう先はすぐ隣の一位の実家だ。

 呼び鈴を鳴らすと、間もなくして一位の母が顔を覗かせた。

「あら、華木さん」

「あっ、どうも。朝早くからすみません」

 一位の母とはたまに顔を合わせたりするのだが、前会った時とは比べるまでもなく、げっそりと痩せ細っていた。それを見て、私の悪い予想はより一層色合いを濃くしていった。

「いいのよ、どうしたの?」

 一位の母は、そう言って力無く微笑んだ。

「……少し、やつれました?」

「そうかしら? まぁ、色々とね」と言ってはぐらかそうとする。

「それで、今日はどういったご用件?」

「あっ、あの。最近一位の奴と会いましたか?」

『一位』と口にした途端、一位の母の顔色はみるみると悪くなっていき、今ここで胃の内容物を戻してしまいそうな程沈み込んだ。

「……いいえ。会ってませんよ」

 目を合わせようともせずに、そう言った一位の母を見て、直感が言った。

「一位に、何かあったんですか?」

 そう問うと、顔を見られたく無いと言った様に完全に顔を伏せ、しばらく沈黙してしまった。その様はまるで、泣いているようにも見えた。

「答えて下さい! やっぱり、あいつになにかあったんですか?」

 声を荒げて問い詰める。しかし一位の母は、打って変わったようにニコリと笑い、先程までとは別人の様な表情で顔を上げた。

「何言ってるんですか? 仕事が忙しいみたいで疲れてるのかもしれないわ。あっ、そうそう、前うちに来た時、新しい彼女が出来たとも言ってた。ごめんね、百合ちゃんと付き合ってたのにね。うちの子ったら……」

 そう言って、申し訳なさそうな顔をした。

「いや、でも……」

「あら、そういえばこれからちょっと出掛けるのよ。その話しはまた今度にしてくれる?」

 一位の母は、ニコリと貼り付けたような表情でそう言うと、そそくさと玄関を閉めてしまった。

 一人取り残された形になり、私はその場で呟いた。

「相変わらず、嘘が下手な一位ママだな……。最近会って無いって、さっき言った所だろ」

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