黒猫ツバキと《雲を呼び雨を降らせる嵐の男》
お題は「帰り道」「達人」「雲」です。
ボロノナーレ王国屈指の魔力持ちとして名高い、若き魔女コンデッサ。
彼女の使い魔である黒猫ツバキ。
彼女たちは今、王国有数の地下迷宮《魔女殺しの 洞窟》に潜入していた。
「ご主人様~! ライトフラワーがあったニャン。洞窟に潜って半日、ようやく探し当てたのにゃ」
「良くやったぞ、ツバキ。地下迷宮にしか咲かない花のくせに、ライトフラワーとはふざけた名前だ。いっそのこと、ダークフラワーに改名してやろうか」
「花の名前は第一発見者が付ける決まりにゃので、仕方ないニャン」
「しかしなぁ……いくら花の蕾の形が、己の禿げ上がった後頭部に酷似していたからと言って、〝ライト〟はないだろ」
「ツルピカフラワーって名前にならなくて、この花もきっと幸せにゃ。それより、ご主人様。早く、帰るニャン。薬草との調合にどうしても必要だからってライトフラワーを採りに来たけど、ここは魔法が一切使えにゃい《魔女殺しの洞窟》にゃんでしょ?」
「ああ。強大なパワーを有するダンジョンマスターが居るために、その影響で如何なる魔女も、この洞窟では魔法を使用できなくなるそうだ」
「魔法が使えにゃいご主人様なんて、ただの 無芸大食ニャン」
「人間が猫より食事量が多いのは、当たり前だ! あと、私は魔法が無くても有能だぞ。ちゃんと、朝は1人で起きられるからな」
「20代前半の成人女性が口にして良いセリフじゃ無いニャ」
1日後。
「ニャンで、アタシ達、まだダンジョン内を彷徨っているにょ?」
「オカしいな。帰り道はこっちで良いはずなんだが」
「ご主人様、もしかして道に迷ったんじゃ……やっぱり無芸……」
「そ、そんな訳あるか! この通路をまっすぐ進めば、すぐに出口だ!」
更に1日後。
「……ツバキには、帰り道は分からないよな?」
「猫にょ帰巣本能に頼るとか、ご主人様は無芸大食以前に人間失格にゃ」
「なんだと~! 役立たずなのは、お前も同様だろ!?」
洞窟の暗闇の中を、ランタンの明かりを頼りに進むコンデッサたち。
「あ、ご主人様。誰か居るニャ!」
「危険度MAXな《魔女殺しの洞窟》に入る物好きなど、私たちだけかと思っていたが」
姿を現したのは、白いアゴ髭を長く垂らした1人の老人だった。顔はシワだらけだが、背中はピンと伸びきっており、眼光も鋭い。
「フム。人間に会うのは3年ぶりか」
「え~! お爺ちゃん、3年もこの地下迷宮に籠もっていたニョ? ヒッキーにゃ」
「誰がヒッキーじゃ!!」
「ご老人をドコかでお見かけした覚えがあるような……思い出しました! 肖像画を目にした記憶が。貴方は、剣聖ムサジ様。そう言えば、ムサジ様は3年前より行方不明との噂。まさか、こんな洞窟に居られようとは。修行の一環ですか?」
コンデッサが丁寧な言葉遣いをするとは、このムサジとやらは相当にエラい人物のようだ。
「ご主人様。ムサジ様って?」
「常勝無敗を誇る、剣の達人さ。通り名は、《雲を呼び雨を降らせる嵐の男》」
「にゃん? お爺ちゃんは、剣の達人にゃんだよね? 雲とか雨とか嵐とか、関係があるにょ?」
「ムサジ様は、剣の奥義を極められたお方なのだ。なので剣を抜くと、凄まじい剣の圧力、すなわち〝剣圧〟が発生する。ムサジ様の剣圧を前にすると、どんな敵対者も恐れ入って、即座に降参してしまうとか」
「ホッホッホ。ワシに立ち向かってきた輩が、どいつもこいつも根性無しだっただけじゃよ」
「それで、雲は? 雨は? 嵐は?」
「焦るな、ツバキ。キチンと説明してやる。つまりな、ムサジ様の剣圧は強すぎるんだ。その圧倒的なパワーは周辺の気圧をも変化させてしまう。ムサジ様が剣を抜くと高気圧になり、剣を収めると低気圧になる」
「お爺ちゃんの剣次第で、お空が晴れたり曇ったりするニョ?」
「それどころか、剣を振るうだけでカンカン照りにも、豪雨にも出来る。天候を自在に操るなんて芸当、魔法でも難しいぞ。尊敬の念を込めて《雲を呼び雨を降らせる嵐の男》と皆がお呼びしている訳だ」
「微妙な通り名ニャ」
「こら、ツバキ! 失礼なことを言うな!」
「イヤ、ワシもそう思う。じゃが、もう1つの通り名候補は《晴れに晴れに晴れにして日射病を続出させる男》だったのじゃ。そっちよりはマシじゃろ?」
「マシにゃ」
「マシですね」
「近頃では誰もワシに挑戦しに来なくなって、天候の操作ばかりやっておる始末じゃ。《お天気を操る能力がある爺さん》略して《能天気爺さん》とまで言われるようになってしまった……」
「悲惨にゃ」
「お気の毒です」
「ミジメにゃ」
「ご愁傷様です」
「そこまで言わんでも良い。ワシは新たな戦いを求めて、この地下迷宮に侵入したのじゃ」
「よもや、ムサジ様」
「おお、ダンジョンマスターを倒したぞ。2年ほど前のことじゃ」
「隔絶したパワーを持つと伝え聞く《魔女殺しの洞窟》の主に勝利するとは。さすがです、ムサジ様」
「そうじゃろ」
「さぞかし、壮絶な死闘だったのでしょうね」
「そうでも無い。ダンジョンマスターは雲を突くような巨大ゴーレムでな」
「ダンジョンに雲は無いニャ」
「あまりにもデカすぎた。洞窟の天井に頭がつかえて、身動き出来んようになっとった。じゃから、一撃で勝ってしまったの」
「…………」
「……ニャルほど」
「戦いのあとは、いつも空しい。今回は、特に空しい」
「そうですか」
「でも、そにょマスターさんをヤッつけたのは2年前なんニャよね? それから2年間、この洞窟でお爺ちゃんは何をしていたニョ?」
「…………」
「…………」
「……お爺ちゃん、帰り道を見付けられにゃくて、2年間も迷宮内をウロついていたんじゃ……」
「馬鹿な! 剣聖たるワシが!」
「そうだぞ、ツバキ。剣の達人であるムサジ様に限って」
「けど、〝自称〟魔法の達人であるご主人様も、現に迷子になってるニャ。計3年も洞窟に居たせいで、お爺ちゃん、すっかりムサくなっちゃってるニャン。ムサジじゃ無くて、〝ムサ爺〟にゃ」
「誰がムサ爺じゃ!」
「……しかし、困りましたな。ムサ爺様も迷っているとなると……」
「じゃから、ムサ爺じゃ無い……」
「ご主人様。ムサ爺がマスターさんを倒してるんにゃら、ひょっとして魔法が使えるかも?」
「あ! 確かに」
コンデッサが《発火魔法》を唱えると、指先に小さな炎が出現した。
「やった! 魔法が使えるぞ。《帰還魔法》を詠唱すれば、一瞬で懐かしの我が家に帰れる!」
「良かったにゃ、ご主人様! ……で、ムサ爺はどうするニョ?」
「ふ! ワシを誰だと心得ている。常勝無敗の剣聖ムサジじゃぞ。全力で土下座して頼むに決まっておるではないか! ……魔女殿、一緒に連れてっておくれでないか?」
「…………」
「格好悪いニャ」
「常勝無敗のコツは、不利な状況では決して戦わないことにあるのじゃ」
♢
コンデッサは、結局ムサジも連れて帰った。
♢
後日、魔女仲間のバンコーコがコンデッサにとある情報を伝えてくれた。
「知ってる? コンデッサ。剣聖ムサジ様は3年にも及ぶ過酷な修行の末に、更に剣圧をパワーアップさせたそうよ。天候のみならず、季節さえも左右できるようになったとか。剣を一振りするだけで、地域一帯が〝西高東低・冬型の気圧配置〟やら、〝南高北低・夏型の気圧配置〟やらになっちゃうんですって」
「…………」
「凄いわね~。幾つになっても、鍛錬を怠らないなんて。私たちも見習わなくちゃ」
バンコーコが帰った後。
「ツバキ。〝達人〟とは何だと思う?」
「帰り道を知っている人のことニャ」
ツバキからすると、コンデッサもムサ爺も、まだまだ〝真の達人〟の域には達していないようである。
コンデッサが段々ポンコツ化していく……(涙)。