黒猫ツバキと3通の手紙
お題は「隙間」「座席」「泥棒」です。
ボロノナーレ王国の隅っこにある村に住む、魔女コンデッサ。
彼女は、田舎に埋もれるのが惜しいほどの美貌と才気に恵まれた若き魔女であった。
「ご主人様~。郵便受けに、お手紙が3通も入ってたニャ」
使い魔である黒猫ツバキが、封筒を3つほど咥えて家の中に入ってくる。
「どれどれ」
ヒマを持て余していたコンデッサは、直ちに開封してみることにした。
『10日後に、貴女の家で最も高価なモノを奪いに参上します――怪盗アイスハート』
『10日後に、お宅の補修に伺います――修理屋《 石式ニミニミニ》』
『10日後に、ご注文いただいたソファをお届けに参ります。家内の奥方の内室に、運び込む予定です――家具屋《パートナー》』
「やれやれ、困ったな。まさか3通も、私へのラブレターがいっぺんに届くとは」
「ニャ!」
ツバキが(大丈夫か? コイツ)といった目つきでコンデッサを見上げる。
「おい、ツバキ。主人を〝胡乱な人間〟扱いする眼差しで見るのは、止めろ」
「だって、この3通のお手紙、どこにも恋文の片鱗とか無いにゃ! ご主人様、シッカリするニャン。〝彼氏居ない歴〟20年超にゃからと言って、ありもしない幻を見ちゃダメにゃ!」
「失礼なヤツだな。いいか、ツバキ。私に彼氏が居ないのは、〝出来ない〟からじゃ無くて〝作らない〟からだ。そこんとこを、間違えるんじゃ無い」
魔女の発言に、涙ぐむ黒猫。
「ご主人様の強がりに、滂沱の涙を禁じ得ないニャ。よもや、ご主人様がここまで追い詰められていたニャンて。心が痛いにゃ」
「見当違いの同情ってのが、これほど腹立たしいものだとは思わなかった。ツバキ、お前には理解できんだろうが、頭脳明晰で才気煥発な私には、3通の手紙に秘められた暗号なんて全てお見通しなんだよ」
「にゅ? 秘められた暗号?」
※注 以下、ボロノナーレ王国の公用文字が『漢字・平仮名・カタカナ・ローマ字』の4種類であることを前提にお読みください。
「まず、怪盗アイスハートの手紙だがな。この家で〝最も高価なモノ〟とは何か、ツバキ、分かるか?」
「分かんにゃい」
あまりお洒落に関心が無いコンデッサは、宝石・貴金属の類いを殆ど持っていないのだ。
「ご主人様は衣装もバーゲンで買っちゃうし、魔法道具もたいていレンタルで済ませちゃうし……分かったニャ! 現金にゃ!」
「お前って、夢が無い猫だな。違う。この家で最も高価なモノは、〝私の心〟だ。つまり、『10日後に、貴女の心を盗みに参ります』ってのが、この手紙の内容なのさ」
「ご主人様、すぐにお注射するニャ。頭に」
「ひとを〝頭の病気〟持ち扱いするな! 差し出し人の名前を見ろ! 《 怪盗アイスハート》となってるよな? 怪盗は、解凍。アイスハートは、氷の心。《怪盗・アイスハート》は、《解凍・氷の心》。『貴女の氷の心を溶かす人間』を意味している」
「…………」
「次は、《石式ニミニミニ》からの手紙だ。ツバキ、私たちの家に修理が必要な箇所はあるか?」
「無いニャ」
「だろう? この家は私の《修繕魔法》で、いつも完璧な状態だ。当然、私は修理屋に家の補修を依頼していない。だから、この修理屋は物理面の補修に来るんじゃ無い。もっと別の、例えばメンタル面の修復をしに来訪するのさ。おそらく、修理屋はこう言うね。『コンデッサ様。私は修理屋。どんなモノでも直せます。どうか、貴方様の心の隙間を塞がせてください』と」
「…………」
「差し出し人名も、洒落ている。修理屋《石式ニミニミニ》」
「変な名前にゃ」
「私は、一目でピーンと来たよ。〝石式ニミニミニ〟をローマ字にすると、〝ISISIKINIMINIMINI〟。中に、〝I〟が9つ入っている。〝9〟の〝I〟。〝9・I〟。つまり、〝求愛〟を暗示しているのさ」
「…………」
「最後は、家具屋《パートナー》よりの手紙についてだ。もちろん、私はソファの注文なんか、してない。着目すべきは、家具屋の店名だ。これは『コンデッサ様の隣の座席に腰掛け、貴方の人生のパートナーになりたい』という含意だ」
「飛躍しすぎニャ」
「飛躍じゃ無い! その証拠に『家内の奥方の内室に、運び込む予定です』と書いてある」
「『家の奥にある部屋に運搬する』ってことニャ」
「違う! これも暗喩だ。〝家内〟も〝奥方〟も〝内室〟も、全部〝妻〟を表す単語だ。『妻になって欲しい』との申し出なのさ」
「ご主人様。夢を見るのは自由にゃ」
「フン。ツバキは、信じていないのだな。まぁ、良い。10日後にハッキリする」
♢
10日後。
「ちわー。家具屋の《パートナー》です。『家具は貴方の暮らしのパートナー』がモットーです。このソファ、ぱっぱと家の奥の部屋に運び込みますね」
「ホントに、ソファを持ってきたニャ」
「……おい、家具屋。私は、ソファなんて注文してないぞ」
「あれ? オカしーな。ここは、魔女バンコーコさんのお宅では?」
「私は、魔女コンデッサだ!」
「あ、スミマセン。魔女違いでした」
「勘違いだったのニャ。ご主人様も家具屋さんも」
「……まだ、手紙2通分の案件がある」
「ど~も、修理屋の《石式ニミニミニ》です」
「待っていたぞ、修理屋。それで、私の家のどこに補修が必要なんだ?」
「専門家の自分が見たところ、土台に白アリが巣くってますね。早急に駆除しましょう。お代は30万ポコポで結構ですよ~」
ポコポは、ボロノナーレ王国のお金の単位である。
「ご主人様、これはペテンにゃ。リフォーム詐欺とかニャ」
「……修理屋よ。念のために確認しておくが、《石式ニミニミニ》との屋号には、何か深い意味はあるのか?」
「ありませんよ~。苦情を受けたら、即座に改名できるように、テキト~に捏ち上げてるだけで……あわわわわ。これは内緒だった」
「……く! 家の土台は盤石なのに、私の心の土台が揺らぎそうだ。精神の中に、隙間風が侵入してくる」
「ご主人様の目が、虚ろだニャ」
結局、修理屋《石式ニミニミニ》はコンデッサにコテンパンに叩きのめされた。
「ご主人様。もう、諦めるニャン」
「まだだ! まだ、怪盗アイスハートが残っている!」
その晩。
「フッ! 怪盗アイスハート参上!」
「おお、良く来てくれたな。怪盗!」
「え!? なんで、こんなに熱烈歓迎されてんの? 俺」
「些細なことは、どうでもイイだろ。早速だが、怪盗は何を泥棒しに来たんだ? 家には金目の物なんて、これっぽっちも無いぞ」
「ふふ。あるでは、ありませんか? 世に2つと無い、貴重なモノが」
「そうだろう、そうだろう。私の心は、世に2つと無いお宝だからな」
「ん? 魔女さん。なに言ってんの? 俺が奪いに来たのは、世に2匹と居ない〝喋る猫〟なんだけど」
「え~!!! 泥棒さん、アタシを盗みに来たのニャ!?」
「ああ。この家で最も高価なモノは、黒猫の君だ!」
「や~、まいっちゃうニャ」
「俺は下調べをキチンとする怪盗なんだ。喋れる猫は、世界で君だけだろ。これ以上ない、宝物だ」
魔女の使い魔である黒猫は、ツバキに限らず、みんな喋れるのだが。
怪盗アイスハートは、予習をサボるタイプの泥棒だった。
「……怪盗アイスハートよ。その名の由来は?」
「俺は、どんな事態に遭遇しても慌てない氷の心を持っているのさ。なので……あれ? 魔女さん、どうして怒ってるの? ちょ! やめて! 放電しないで! 空中に剣を浮かさないで! 火の玉を投げつけないで!」
「如何なる事態に遭っても動揺しないんだろ?」
「ギャ~!!!」
♢
その後、警邏隊に引き渡された怪盗アイスハートは、終始ガクガクブルブルの怯えっぱなしで、《怪盗チキンハート》と呼ばれるようになった。
コンデッサの〝春の訪れ〟は、まだまだ遠そうである。
文字に関しては、深くツッコまないでください……。
コメディー時空なのです。