黒猫ツバキのお月見
お題は「満月」「ロマン」「泥」です。
「見てみろ、ツバキ。あれが、十五夜の満月だ」
「…………」
「まん丸で、本当にキレイだな。まさに、〝夜空に浮かぶ女王〟といった風格だ」
「…………」
「月の表面に、陰があるだろ? 昔の人は、『月では兎が餅つきをしている』なんて言ってたんだよ。あの模様から、連想したんだろうな」
「……餅つきなんて、危険な重労働ニャ。杵を持つ人とお餅をひっくり返す人のタイミングが合わなかったら、大惨事になるニャン。やるもんじゃ、無いニャ」
「なんだなんだ。随分とテンションが低いな、ツバキ。そもそも、月見を提案してきたのは、お前だろ?」
ここは、ボロノナーレ王国。
魔女コンデッサ(20代)と彼女の使い魔である黒猫ツバキは、自宅の庭で中秋の名月を見上げていた。
「違うニャン。『月見をしよう』と言い出したのは、ご主人様なのニャ」
「お前が『日々の暮らしに、ロマンが足りない』と不満を漏らすから、月見をセッティングしてやったんじゃないか」
「アタシが求めてるのは、こういうロマンじゃ無くて、〝ハラハラドキドキの大冒険!〟とかニャ。ご主人様は魔女なのに、薬草の調合とか占いとか、そんなのばっかりヤッてるニャン。もっと〝小説の主人公〟みたいな活躍を見せて欲しいのニャ」
「冒険とか面倒くさい……」
「ニャン……それじゃ、宅急便屋さんを始めるとか」
「〝魔女〟と〝宅急便〟の組み合わせは、誤解を招く」
「お金を稼いで、会社を立ち上げるニャ。社名は《黒猫ツバキの宅急便》!」
「その社名は某大手と紛らわしすぎるんで、却下だ」
「世知辛いニャ」
「月見で良いだろう? 秋の夜長に、シミジミと満月を眺める。最高のロマンじゃないか。月見酒と月見団子も用意したしな」
「…………」
「どれ、団子を頂くとするか」
「…………」
「なぁ、ツバキ」
「……何かニャ?」
「私の目の錯覚かな? この山盛りになった団子……どこからどう見ても、全て泥団子なんだが」
「……泥団子ニャ。でも、泥団子も立派なお団子ニャン。お月見の現場に鎮座している団子にゃら、たとえそれが泥団子であっても『月見団子』と呼んで構わないはずニャ」
「イヤイヤ。さすがに、それは屁理屈だろ。オカしいな。村の商店で販売している月見団子ワンセットを今日のお昼、ツバキに買いに行かせたよな? お金も、ちゃんと持たせた」
コンデッサとツバキのお家は村の外れにあり、商店は村の中央にある。出向くのは手間なので、面倒くさがりのコンデッサは、いつもツバキに買い物に行かせているのだ。
「《月見団子ワンセット15個入り》。確かに、お店で買ったのニャ」
「なのに、何でココにあるのは泥団子なんだ?」
「…………」
「まさか、ツバキ。月見団子を残らず食べてしまったんじゃないだろうな?」
「違うにゃ! アタシは、そんなに意地汚くは無いのニャ! ご主人様と一緒にお月見をしながら、お団子を食べるのを楽しみにしていたのニャ!」
「そ、そうか。早合点して悪かったな。それに考えてみたら、ツバキだけじゃ団子15個、全部を食べきるのは不可能だよな。けれど、それなら商店で買った月見団子15個は何処に行ってしまったんだ?」
「………」
「怒らないから正直に答えてくれ、ツバキ」
「……お店からお家に帰る途中、一反木綿さんに会ったんニャ」
「一反木綿って、あの〝妖怪一反木綿〟か!? えらくレアなモンスターに出会ったんだな」
「一反木綿さんが『空腹で、お腹と背中がくっつきそうです。助けてください』とアタシに訴えてきたのニャ」
「ペラペラの布切れだから、もともと腹と背中はくっついてるじゃないか」
「可哀そうで、お団子を1個あげちゃったニャン」
「ツバキは優しいな。でも、あげたのは1個だけなんだろ? 14個、残っていれば問題ない」
「一反木綿さんと別れてしばらく歩いていると、お腹を空かせたろくろ首さんが道端に倒れていたのニャ」
「…………」
「ろくろ首さんにも、お団子を1個あげたのニャ。ろくろ首さんは喜んで食べたけど、喉にお団子を詰まらせてしまって大変だったニャン」
「そりゃ、あれだけ首が長けりゃ、団子も喉に詰まるだろうね……。話が見えてきたぞ。しかし、いくら何でも、商店から家までの道のりに、腹を空かせたモンスターが15匹も居たとは思えないんだが」
「もちろん、そんな訳ないニャ。その後に出会ったモンスターは、3匹だけニャン」
「それなら最低でも、月見団子は10個残ってるはずだ」
「ろくろ首さんとバイバイしてからテクテク歩いていたら、『腹ペコだ~』と言いながら道の真ん中でノびている蛇さんを見付けたのニャン」
「蛇はもとよりノびている生き物だが……。また団子をヤッたのか? けど、それで減るのは1個だけだよな」
「ノびている蛇さんは、八岐大蛇さんだったのニャ」
「…………」
「尻尾が8つ、頭も8つ、お口も8つ、ウネウネしてたニャ。それで『団子は俺のモノだ!』『俺が食べる!』と首同士でケンカを始めてしまったんニャ。しょうが無いから、全部の口に団子を入れてあげたのニャン」
「一気に、8個も減ってしまったのか」
「アタシは『残り5つのお団子は死守するニャ!』と決意して、ご主人様のもとへと急いだニャ! そして『もうすぐ、お家に着くニャ』というところで、2匹のモンスターが言い争いをしている現場を目撃してしまったのニャ。どちらのモンスターも空きっ腹のせいで怒りっぽくなっていたんだニャン。落ち着かせようと、お団子を提供しちゃったのニャ」
「で、あと3つか……」
「違うのニャン。そこで、お団子は全部無くなってしまったんニャ」
「ケンカしていたモンスターは、2匹だけなんだろ?」
「そうニャ。でも、そのモンスターは両面宿儺さんとケルベロスさんだったのニャン」
「……頭の前後に2つの顔がある両面宿儺に、首が3つある冥府の番犬ケルベロスね。さぞかし喧しい口ゲンカだったろうよ」
「5つの口が怒鳴りっぱなしで、どちらのモンスターも自分と相手が互いに何を喋っているのかサッパリ分からない状態になってたニャ。黙らせるためには、どの口にもお団子を放り込むしか無かったのニャン」
「結局、月見団子15個は全滅してしまったのか」
「ゴメンナサイなのニャ。ご主人様が『月見に団子は欠かせない』と言ってたから、何とかお団子を用意しようとしたんだけど、アタシに準備できるお団子は泥団子だけだったのニャン」
「……良いさ。ツバキは、困っているモンスターたちを見過ごせなかったんだろ? それに月見団子は無くても、月見酒はある。泥団子を肴に飲む月見酒も、チョイとオツなものだよ」
コンデッサは、慰めるようにツバキの頭をグシグシ撫でた。ツバキの瞳が潤む。
「ご主人様。ありがとさんなのニャ」
「なに、『情けは人のためならず』と言ってね。ツバキにも、そのうち良いことがあるよ。ひょっとしたら、モンスターたちが恩返しにくるかもしれないぞ」
コンデッサとツバキは、今晩も仲良しであった。
♢
ちなみにツバキに団子を貰ったモンスターたちは、コンデッサとツバキの語らいの直後に姿を現した。それぞれ、お礼の品としての食べ物を携えて。
月見パーティーはモンスターたちを交えて飲めや歌えやの大騒ぎとなり、コンデッサとツバキは充分に楽しんだ。
その後、ご近所の人たちが
「コンデッサさんが、満月の晩に《魔女の宴会》を催したのよ」
「モンスターをたくさん、召喚していたそうね」
「参加人数の割には、やたら騒がしかったわ」
「でも、サバトはロマンよね」
と噂したとか、しなかったとか。
お題に関係なく、いきなり世界観が崩れていますね……。