黒猫ツバキ、クーデターに遭遇する・後編
続きの後編です。
ある日、ボロノナーレ王国の人々を驚倒させる大事件が起こった。なんと、ペンギン・クーデター部隊によって、王都の魔女高等学校が占拠されてしまったのである。
可憐な魔女高校生たちの運命は、今や風前の灯火に……。果たしてコンデッサは、ペンギンどもの魔の手に囚われた少女たちを救い出すことが出来るのか!?
「魔にょ手? ……ペンギンさんに、〝手〟は無いニャ」
♢
ここは反乱一味が、その拠点としている生徒会室。
コンデッサは事態解決のため、敵の親玉である皇帝ペンギンと話し合うことにした。
部屋に居るペンギンたちに《お喋り魔法・動物バージョン》を掛ける。
「それで、お前たちは何でクーデター騒ぎを起こしたんだ?」
コンデッサの質問に、皇帝ペンギンが答える。
『朕たちは、汝ら人間からの不当な抑圧に抗議するため、決起したのだ! 一歩も退かぬ覚悟である!』
皇帝の威厳に満ちた宣言に、周囲のペンギンたちは
『さすが、皇帝陛下』
『我らが統領!』
『ご立派ご立派』
『絶対無敵!』
『ばんざ~い、ばんざ~い!』
『キングペンギンやロイヤルペンギンには、「名前が被っているぞ~」とイヤがらせしてたけどね』
などと、ザワザワ騒ぎ立てる。
「〝一歩も退かぬ〟って、そもそもペンギンさんはバックできるのかニャ?」
「ヨロヨロ前進したり、転んだり、滑ったりしているイメージしか無いな」
「そんな! 私たち生徒は、貴方がたペンギンを大切に扱っていました! ちゃんと海水を用いた池を設置して、温度管理にも気を配っています。清掃も、一生懸命やっています。何が不満なのですか?」
問いかける、チリーナ。
『不満は、食事の内容である』とエラそ~に返事する、皇帝。
『そのと~り!』
『皇帝陛下に、一生ついていきます!』
『我らは断固、食事内容の変更を要求する!』
皇帝に追随するペンギンども。どいつもこいつも、ワタワタと翼を動かしている。
飛べもしないのに。
「ペンギンの皆さんの仰りようは、無体です! 貴方がたには、朝に3匹、暮れに4匹、大きくて新鮮なお魚を上げているではありませんか?」
『味には満足している。問題は量である。朕は当然、皆も、より多くの魚を欲しているのだ!』
ゴーマンに曰う、皇帝。
「要するに、ペンギンさんたちは、もっとお魚さんを食べたいって言ってるだけにゃのね」
「食い物の恨みは怖ろしいな。まさか、そんなことで」
コンデッサの呟きに、皇帝が反論する。
『〝そんなこと〟では無い!!! 〝食〟こそが、国家の基本である。「衣食足りて礼節を知る」のだ』
「〝国家〟を語るにゃんて、コーテーヘーカは凄いにゃん」
ツバキは感心するが、コンデッサは胡乱な目つきになった。
「『衣食足りて』……か。全裸のペンギンが述べても、説得力は皆無だと思うんだが。チリーナ、ペンギンたちへやるエサの量を増やせないのか?」
「予算の都合上、エサ代をこれ以上アップすることは出来ません。それに栄養の点から考えても、現在のままで充分なはずですわ」
『不服である。もはや、徹底抗戦するしか道は無し!』
「まぁまぁ。落ち着け、皇帝」
興奮する皇帝ペンギンを、コンデッサが宥めに掛かる。
「私が、良い提案をしてやろう。エサの分量を、朝に魚4匹、暮れに魚3匹にするのはどうかな?」
『なんだと!?』
皇帝驚愕。
ざわつく、取り巻きのペンギンたち。
『今まで朝は3匹しか食べられなかったのに、4匹も食べられるようになるなんて、とっても得なんじゃないか?』
『やったぜ。4匹ゲットだぜ!』
『1匹、儲けた~』
『皇帝陛下ばんざ~い』
『ぺんぎ~ん。ぺんぎ~ん』
ペンギン、大歓喜。
コンデッサはその様子をウォッチングしつつ、あくどい笑みを浮かべる。
「ふふ。これぞ、必殺《朝三暮四》作戦だ」
※朝三暮四とは……目先の利益や違いにとらわれて、とどのつまりは同じ結果になる点を理解しないこと。【トチの実を朝に3つ、暮れに4つ与えると述べたら猿たちは怒ったが、朝に4つ、暮れに3つにすると言ったら喜んだ】という中国の故事に由来。
「ご主人様……」「お姉様……」
ジト目になるツバキとチリーナを、コンデッサは諭す。
「〝嘘も方便〟ってやつだよ。チリーナも、事態が丸く収まるほうが良いだろう?」
「それは、まぁ、そうですけど……でも、なんだかペンギンたちを騙しているみたいで……」
「実際、騙してるにゃ」
「それなら、武力鎮圧するか? ぺんぺん草も生えない状態にしてしまっても良いぞ」
「やめてください! 分かりましたわ、お姉様」
コンデッサの機転により、クーデター騒動は収束に向かうかと思われた。
と、その時。
1羽のペンギンが、異議を唱える。賢そうな顔つきのヒゲペンギンだ。
『皇帝陛下。しばし、お待ちを! 良く、お考えになってください。朝に3匹、暮れに4匹得ていた魚が、朝に4匹、暮れに3匹になっても、その合計は変わらないのでは?』
「頭の良いペンギンさんにゃ」
「ち、余計なことを。あのヒゲめ」
「まずいですわ、お姉様!」
「大丈夫だ。心配するな、チリーナ。相手は所詮、エテ公……では無く、ペンギン」
コンデッサは、魔法を使って黒板を空中に現出させた。手にはチョークを握っている。
「いいか、ペンギンたちよ。よ~く見るのだ」
黒板に注目するペンギンたち。
「まず今まで、朝に3匹」
【+++】と〝+マーク〟を黒板に3つほど記すコンデッサ。
「暮れに4匹」
【++++】
「つまり、お前たちは1日に、これだけの数の魚を食べていたわけだ」
【+++++++】
「しかし、今後は朝に4匹」
【++++】
「それにプラスして」
【+】
「お姉様。今、さりげな~く〝+マーク〟を1つ余計に……」
「チリーニャさん。静かにするにゃん」
コンデッサが声を張り上げる。
「暮れに3匹」
【+++】
「こんなにも、たくさんの魚を貰えるのだぞ」
【++++++++】
今までのエサの量と、今後のエサの量が黒板に〝+マーク〟で表示された。
これまで→【+++++++】
これから→【++++++++】
以前と以後、貰える魚の数が上下で対比されているので、分かりやすい。
『おお。全然分からないが、これからのほうが〝+〟が1つ多いぞ!』
『うん。ちっとも理解できないけど、これからのほうが〝+〟が1つ多いね!』
『少しも話を消化できないにもかかわらず、これからのほうが〝+〟が1つ多いことだけは認識できた!』
得意気な表情になる、コンデッサ。
「皇帝陛下は、英邁にして賢明。私の申し出が貴方がたにとって如何に有利なモノであるか、瞬時に悟られたはず」
『…………』
「納得していただけましたね!!!」
『…………』
「英邁にして賢明なる皇帝陛下!!!」
『むむむ……り、了解した』
魔女のごり押しに、皇帝は屈服した。帝国軍も、皇帝に従う。
ここに、ボロノナーレ王国を震撼させた《魔女高等学校クーデター部隊占拠事件・通称〝ペンギンの乱〟》は無事終結したのである。
『む~、む~』
ヒゲペンギンだけは、しきりに頭をコクコクさせながら、黒板をズッと眺めている。〝なにか、変だ。あの魔女の話はインチキくさい〟と感じつつも、論破は出来ないようだった。
どれほど利口であろうと、ペンギンはペンギン……。
「さすがは、お姉様ですわ! そんな腹黒なお姉様が、私は大好きですわ」
「さすがは、ご主人様にゃん! そんにゃ悪知恵に長けたご主人様を、アタシは尊敬するニャ!」
「お前たち。それ全然、褒めていないぞ」
♢
しばらく経って。
「お姉様、助けてくださいませ!」
「チリーニャさん。また来たのにゃ」
「今度は何があったんだ? チリーナ」
「キングペンギンとロイヤルペンギンが、皇帝ペンギンの支配に逆らって謀反を起こしたのですわ!」
「にゃ~」
「ほぉ~」
「もう少し、関心を持ってください!」
「ペンギンさんも、いろいろ忙しいみたいニャね」
「心底、ど~でもいい」
「ペンギンたちは3つの勢力に分かれて、争いはじめたのです」
「ミミッカは、どうしている?」
「生徒会長は……ペンギンたちのせめぎ合いを《ペンギン三国志》と名付けて、面白がっておられます……」
「やっぱり大物だな。ミミッカ王女は」
「皇帝さんもキングさんもロイヤルさんも、王女様には勝てないのにゃ」
♢
後日、騒ぎを起こした皇帝・キング・ロイヤルの3ペンギンは、お仕置きとしてミミッカにお尻ペンペンされたそうである。
エンペラーとかキングとかロイヤルとか……ペンギンの種類の名前は、なんであんなにエラそ~なんでしょう?
♢
ミミッカ王女にお尻ペンペンされたあとの皇帝ペンギンは――
「宜しいですか? これからは私の言うことに、なんでも『ハイ』と頷くのですよ」
『ハイ。了解しました、プリンセス』
「ではキングとロイヤル、どちらのペンギンとも仲直りをしてきてください」
『ハイ。了解しました、プリンセス』
こうして、皇帝ペンギンは〝肯定ペンギン〟になりました。




