黒猫ツバキ、クーデターに遭遇する・前編
お題は「横」「学校」「ペンギン」です。
この回のお話はやや長いため、前・後編に分けています。
ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村。
「お姉様、どうか助けてくださいませ!」
村の外れに建っている魔女コンデッサ(20代、赤毛の美人さん)の家へ、チリーナ(17歳、コンデッサの元教え子。魔女高等学校の生徒会副会長)が駆け込んできた。
その顔色は真っ青だ。
「チリーニャさん、落ち着くのニャン」
コンデッサの使い魔である黒猫のツバキが、トコトコ歩み寄ってくる。
が、慌てているチリーナはツバキの語りかけに気付くこともなく、口早にコンデッサへ訴えた。
「聞いてくださいませ、お姉様。学園で、大変なことが起こりましたの!」
「『学園』と言うと、魔女高等学校のことか?」
コンデッサの問いかけに、チリーナはせわしなく頷く。
「はい。勿論、その通りです。生徒会長が留守の間に、まさかこのような……」
魔女高等学校の生徒会長は、王国の第8王女ミミッカである。彼女は現在、親善外交の一環として、隣国ムニャランポを訪問中なのだ。
「それで、何があったんだ?」
「学園が、クーデター部隊によって占拠されてしまいましたの」
「何だと!?」「にゅ? クーデター?」
ビックリする、コンデッサ。小首をひねるツバキ。
「黒白モノトーンカラーで身を覆った凶悪な一団が、学園を思うがままに蹂躙し……その凶悪な振る舞いに生徒達は怯えきってしまい、学園はパニック状態なのです。ヤツらの隙を見付けた私は、咄嗟に《転移魔法》を使用して、学園より脱出しました。そして、取るものも取りあえず、お姉様のもとへ……。お姉様、お願いします。お力添えを!」
コンデッサを見つめるチリーナの眼差しは、〝師への信頼〟に満ちていた。『如何なる難局が訪れようとも、お姉様なら何とかしてくれる!』とチリーナは信じて疑わないのだ。
コンデッサは、誇り高き魔女(グータラではあるが)。
弟子の真心を裏切るわけにはいかない。
「分かった。私も、魔女高等学校の卒業生だ。学園の危機を知りながら、見て見ぬ振りなど出来ん。万事、私に任せておけ」
「お姉様、油断なさらないで! クーデターを起こした連中の主謀者は、〝皇帝〟なのです! 敵は、皇帝直率の帝国軍なのですわ!」
チリーナが警告を発する。
「〝皇帝〟加えて〝帝国〟とはな。現在の世界に、『帝国』を名乗る国家は存在していないはず。自称か? なんという、思い上がり。よほど傲慢不逞な輩らしいな。……もしや!」
コンデッサは何かに気付いたのか、真剣な顔になった。
「僭称皇帝の目的は、ボロノナーレ王国の転覆……」
「恐るべきヤツらです!」
「けれど、私は負けない! 学園も王国も、守ってみせる!!!」
「頼もしいですわ、お姉様!」
強大な敵との戦いを前にしつつ、何故か盛り上がる師弟。
ツバキがピョンとコンデッサの肩に跳び乗った。
「アタシも、ついていくニャン!」
「駄猫……いえ、ツバキさん。気持ちだけ、受け取りますわ」
「緊急事態には猫の手も借りるべきニャよ、チリーニャさん。キャットファイトして、皇帝にゃんて猫跨ぎしてやるニャン」
「ツバキ、発言内容が意味不明だぞ」
♢
コンデッサとチリーナは魔法によって、すぐさま学園へと転移した。キャットファイトする気満々なツバキも、ちゃっかり供をしている。
コンデッサたちが目の当たりにした光景は、それはそれは酷いモノであった。校長室・職員室・生徒会室・放送室……学園の重要な場所はことごとく、反乱部隊によって制圧されていたのである。
そこかしこで響きわたる、生徒達の悲鳴。
怒号する、クーデター一味。
「きゃ~!」
『グワッグワッグワッ』
「可愛い~♡」
『アァッアァッアァッ』
「私にも触らせて~」
『ムォッムォッムォッ』
まさに、阿鼻叫喚の地獄絵図。
「これは、いったい……」
呆然とする、コンデッサ。あまりにも異常な状況に、さすがの彼女も、なすすべが無い。
チリーナは、ガックリと膝を地へつける。
「お……遅かったですわ。学園の皆は1人残らず、反乱連中の虜囚――虜となってしまったのですね……」
「確かに、生徒の皆さんは夢中に――虜になってるニャン」
学園中に溢れかえり、我が物顔で闊歩しているクーデター部隊の正体は、ペンギンの群であった。
『ビァッビァッビァッ』と喚きつつ、ヨチヨチと移動するペンギンの集団。それを女生徒たちが、キャッキャしながら追いかけている。
「なんで、こんなに沢山のペンギンが……どこから湧いて出たんだ?」
「お姉様は、ご存じなかったのですね。学園では、数年前からペンギンを飼育しておりますのよ」
「ハ? 何のために?」
「私達の学園は、優秀な魔女を輩出するエリート校として、ボロノナーレ王国でも有名です。しかし、その教育方針に重大な問題点があることが近年、判明いたしまして……」
「問題点?」
「女子校育ちの弊害か、卒業なさった先輩方は男慣れしておらず、そのために結婚の機を逃してしまうケースが続出していたのです」
「…………」
「まるで、ご主人様みたいニャン」
「おい、ツバキ。勘違いするな! 私は、婚期を逸してなどいない。適齢期なんだ!」
「ご主人様、現実を見るニャン。時間は何があろうと、決して逆さまには流れないんニャよ?」
「く! 耳が痛い……」
「卒業生の進路・人生調査をなさった先生方は、危機感を抱かれたそうです。『このままでは〝魔女高等学校〟では無く、〝喪女高等学校〟になってしまう!』と」
「…………」
「……にゃ~」
「そこで、在校生たちに少しでも男性に慣れてもらおうと、ペンギンを飼い始めたのです」
「にゃ?」
「いや。理由と結論が、全くつながっていないんだが?」
「お姉様、よくご覧になってください」
チリーナが指さす方向には、ボ~ッとたたずむ1羽のペンギンが居た。
「ペンギンをよくよく眺めていたら、タキシードを着込んだ男性のように思えてきたりはしませんか?」
「ハハハ。そんなはずは……」
ペンギンを見つめるコンデッサの目が、グルグルと回りだす。
「そう言われてみると……燕尾服をキッチリ着こなした、凜々しい男に見えなくもないような……」
「でしょう? まず、生徒達をペンギンと頻繁に触れあわせる。そうすることで、生徒達の心の中にある、男性を忌避する気持ちを和らげていく……これこそ、先生方が立案した『喪女回避計画』! なんと見事な深慮遠謀でしょう!」
両手を天へ向かって伸ばし、感嘆の声を上げるチリーナ。
「むむむ……その計画が、私の高校時代にもあったら、ひょっとして今頃……」
「ご主人様、しっかりするニャン! あれは、ただのペンギンさんにゃ! いくら喪女一直線の危機に直面してるからと言って、ご主人様はペンギンさんを花婿さんに迎えても良いっていうにょ?」
ツバキの忠告を受けて、コンデッサはハッと我を取り戻す。
「そうだな。あれは、ペンギンだ。ペンギン、ペンギン……結婚したところで、単に私の扶養家族が増えるだけだ」
「ペンギンさんとの結婚を前提に、将来を考えること自体、オカしいにゃ」
♢
「お姉様、こちらです。クーデター一味のリーダーが居座っている部屋です」
「生徒会室か。ん? 確か、主謀者は『皇帝』と名乗っていたんじゃ……。どういうことだ? ペンギンの皇帝……?」
ドアを開け、生徒会室へ入るコンデッサたち。
十数羽のペンギンが横一列に並んでいる。そして中央には、一際大きい体格のペンギンがふんぞり返っていた。
「アイツが、皇帝ですわ」
「……って、皇帝ペンギンか!」
そう。
クーデター軍を率いるは、ペンギン目ペンギン科オウサマペンギン属コウテイペンギンであった。
その(他のペンギンと比較して)巨大な立ち姿は、威風堂々。まさに、〝皇帝〟たるに相応しい。
左右に居並ぶは、アデリーペンギン ・イワトビペンギン・ハネジロペンギン・フンボルトペンギン・ヒゲペンギン・コガタペンギンなどなど……いずれ劣らぬ、精鋭たち。
ちなみに、キングペンギンとロイヤルペンギンは、トップ争奪戦におけるライバルとして皇帝ペンギンに警戒されている。《王》と《王室》だけに。
故に今回のクーデターでは『朕たちの本拠地を守れ!』との皇帝ペンギンの命令により、飼育小屋でお留守番をさせられているのだ。
ペンギンの世界も、弱肉強食・常在戦場・油断大敵なのである。
後編では恐るべきクーデター部隊を相手に、コンデッサが壮絶な死闘(笑)を繰り広げます。




