黒猫ツバキとバナナの湯
お題は「空気」「温泉」「バナナ」です。
ここは、ボロノナーレ王国の隅っこにある村。……の外れに建つ、魔女コンデッサのお家。
コンデッサは、赤毛の美人さん。20代のお年頃。
そんな彼女が、使い魔の黒猫ツバキへ語りかける。
「今度の休み、温泉へ行くぞ~」
「〝今度の休み〟って、ご主人様は、いっつも休んでるニャン」
「なんだと! そんなツマラナイ冗談を口にする猫は、温泉へ連れてってやらないぞ」
「冗談じゃないにょに……あ~。嘘にゃ、嘘にゃ。ご主人様は、ばりばり働く魔女なのニャ。〝キャリアウーマジョ〟なのにゃ」
「ばりばりとか、働きたくない……」
「どっちなのニャ!」
ツバキは、温泉好きの猫であった。変な猫である。
「それで、どんにゃ温泉なにょ?」
「じゃ~ん。ここだ!」
コンデッサが、1枚のチラシを取り出す。それには
『バナナの湯に浸かって、貴方もバナナ美人になりましょ~。今なら2泊3日のお食事付きで、たったの5千ポコポ! ペット同伴も可能(ペットの宿泊代は無料です)』
との文字が書かれていた。
※ポコポは、ボロノナーレ王国のお金の単位。1ポコポ=1円くらい。
「安すぎにゃん。胡散くさいにゃ。大丈夫なにょ? だいたい〝バニャニャ美人〟って、何?」
「ツバキは、心配性だな。行ってみれば、分かるさ」
「ご主人様が、行き当たりばったり過ぎるのニャン」
コンデッサは魔女としては超有能なのだが、日常生活ではテキト~でダメダメだった。
♢
休みの日。……ちなみに、前日も後日も休みの日。
コンデッサたちは《転移魔法》で、〝バナナの湯の郷〟へやってきた。
それほど大きな温泉地では無いものの、とても活気に溢れている。
まず、やたらに目に付くのは、あちらこちらで声を張り上げているバナナ売りだ。
「バナナ~バナナ~、バナナを買わないか~? 舌がトロけるような、バナナ味のバナナだよ。バナナを1房買ってくださるお客様には、4房おまけしちゃうよ! お買い得だ~」
「そっ……!」
あまりと言えばあまりなバナナ売りの口上に、コンデッサは何かを言いかけたが、危ういところで思いとどまる。
ツバキがゴニョゴニョと呟いた。
「最初から、バニャニャさんを5房販売すれば良いのニャ。あと、バニャニャさんは、バニャニャ味に決まってるニャン。メロン味のバニャニャさんとか、聞いたことないニャ」
予約していた、宿に着く。宿名は《売れすぎ・熟れすぎ・嬉しすぎバナナ》。
「お宿の名前、長すぎにゃ」
「……………」
更に宿の屋根には、でっかいバナナのオブジェがあった。黄金色に輝いている。
「眩しいバニャニャさんニャン。ゴールド・バニャニャにゃ」
「……………」
チェックイン。
宿の受付係が対応する。
「お支払いは、お帰りの際にお願いいたします」
「そうか」
「それでは、当宿自慢、バナナ天国の素晴らしき湯を、存分に味わってください。バナナを味わうように。どうぞ、至福のバナナタイムを」
「……そうか」
コンデッサとツバキが泊まる部屋の名は《バナナの皮の間》。
「お部屋の中で、滑って転ばないように気を付けるにゃん」
「…………」
早速、女湯へ向かう1人と1匹。
「おお~。立派な温泉だ」
「良い湯だニャ~。気持ち良いにゃん」
「さすがに、湯にバナナが浮いているなんてことは無かったな。ちょっと不安だったんだが……」
「ご主人様は、アタシ以上の心配性にゃん」
「だって、いくら〝バナナの湯〟とは言え、ここまでバナナを推してくるとは、誰が予想できる?」
「確かに、そうニャ……」
湯船の壁面には、巨大なバナナのイラストが描かれていた。加えて、どこからともなく『バナナ~バナナ~青い果実が~黄色く熟れる~それは少女が~熟女になるが如し~』というフレーズの歌が流れてくる。
「…………」
「……にゃ~」
温泉から上がったコンデッサたちは、夕飯を頂く。
メニューはもちろん。
「蒸したバナナ。バナナの揚げ物。焼きバナナ。飲み物は、バナナジュース。デザートは、バナナケーキ。おやつに、バナナチップ」
「どれも、美味しいニャン」
「しかし、これが3日間続くのか……」
「お家に帰る頃は、きっとご主人様はバニャニャさんになってるニャン。バニャ魔女様にゃ」
「恐いことを言うな!」
コンデッサたちはバナナの湯に滞在中、郷の名物〝バナナ祭り〟を見学したりなど、それなりに楽しんだ。
〝バナナ音頭〟を唱ったりはしなかったが。
〝バナナ踊り〟に参加したりはしなかったが。
〝本物のバナナそっくりのバナナ木彫り〟を買ったりはしなかったが。
そして、最終日の会計時。
何故か受付には、旅館のスタッフ全員が集まっていた。のみならず、郷の人々も大勢、顔を出している。
「仰ってくださったか?」
「いや、まだだ」
「むむ。並外れて、手強いお客様だ」
ガヤガヤと何事かを言い合う、郷の老若男女。
頭にバナナを被り「これぞ、バナナヘア~!」と喚いているオッサンや、バナナを数本ほど、お手玉代わりにして遊んでいる少女も居る。
まさに〝バナナムード〟とでも呼ぶべき、異様な空気だ。
「ど~して、こんにゃに沢山の人が居るのかニャ?」
「知らん。それより、さっさと支払いを済ませてしまおう。え~と、5千ポコポだよな」
「いえ。50万ポコポです」
旅館の女将が、直々に述べる。
「なんで、代金が100倍になってるんだ!」
「100倍になってるニョ?」
「実は、当方の宿泊代は、バナナレートで支払っていただく仕組みになっているのです」
「バナナレート?」
「バニャニャレート?」
「バナナの湯の郷の物価は、ボロノナーレ王国におけるバナナの値段に連動して上下しますので……」
「意味が分からん。ともかく、50万ポコポという数字は、どこから出てきたんだ?」
「にゃ」
「お客様がご宿泊中の3日の間に、王国のバナナの価格は100倍になったのです」
「そんなバナナ!!!」
「そんにゃバニャニャ!!!」
ついに……ついに、コンデッサは叫んでしまった(あと、ツバキも)。この温泉地に滞在中、何度も口にしかけ、けれど自制していた『そんな馬鹿な』という〝名セリフ〟を。
コンデッサとツバキの発言を聞き、女将が顔を綻ばせる。
パチパチパチ! 従業員は揃って拍手をし、詰めかけていた郷の人々は「ばんざ~い、ばんざ~い」と歓呼の声を上げた。
「おお! とうとう……とうとう『そんなバナナ』と仰ってくださったぞ」
「うむ。今回のお客様はなかなか『そんなバナナ』と言ってくれなかったので、ヤキモキしてしまった」
「ああ。お客様の『そんなバナナ』とのお言葉を聞けて、幸せだわ」
「魔女様! 黒猫様! ありがとうございます! ありがとうございます!」
群衆は喜びの空気に包まれる。ついていけない、コンデッサとツバキ。
「あ~、女将?」
「はい、何でしょう?」
女将は、目尻より零れる嬉し涙を手巾で拭っていた。刺繍の模様は、当然バナナ。
「これは、どういう……?」
「失礼なことを申し上げてしまって、心よりお詫びします。……私たち《バナナの湯の郷》に住まう者にとっての、何よりの喜び。それは、訪れるお客様に『そんなバナナ!』と仰ってもらうことなのです」
「は?」
「にゃ?」
「魔女様も黒猫様も、大変に優れた精神力をお持ちです。如何なる光景をご覧になっても、決して『そんなバナナ』とは口になさらなかった……そのため、追い詰められた私たちは、このような強硬手段に出てしまったのです」
「そんなバナナ……」
「そんにゃバニャニャ……」
「虚言を弄してしまい、本当に申し訳ありませんでした」
女将が深々と頭を下げる。
呆然とする、魔女と黒猫。
「そんなバナナ……」
「そんにゃバニャニャ……」
「もう仰らなくても、けっこうですよ」
結局、お代は2割引きの4千ポコポ。その上、コンデッサたちはお土産として大量のバナナを郷の人々からプレゼントされた。
♢
お家にて。
「ご主人様。こんにゃに、いっぱいのバニャニャさん、どうするニャン? ご近所さんに配っても、余りまくりニャ」
「《冷却魔法》で凍らせて、バナナアイスにした。気が向いたら、少しずつ食べよう」
「カチンコチンにゃん」
「トンカチの代用品としても使えるぞ」
「そんにゃバニャニャ」
〝バナナの湯の郷〟は、とてもサービスが行き届いている素晴らしい観光地です。但し、訪れるなら日帰りがお勧めです。長期滞在すると、バナナ信者になってしまう可能性があります。




