黒猫ツバキ、お嬢様が大人への階段を上る瞬間を目撃す・前編(イラストあり)
お題は「コーヒー」「グラス」「寂しい」です。
この回のお話はやや長いため、前・後編に分けています。
★ページ途中に、登場キャラのイメージイラストがあります。
「コンデッサ様。今日は、大切なお話があってまいりました」
ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村……の隅っこにある、魔女コンデッサのお家。
居間において、互いに着席しつつコンデッサと向かいあっているのは、伯爵家のメイド長アルマであった。
クールビューティーな女性であるアルマの年齢は、コンデッサと同じ20代前半。この若さで、由緒ある伯爵家のメイド長に抜擢されているのである。彼女が如何に有能であるか、分かろうというものだ。
「う……うむ。アルマ殿……で、あったか? はるばる王都より訪ねてこられるとは、私にいったい、どのような用件が?」
アルマの鋭い眼光に若干ビビりながら、コンデッサが問いかける。
伯爵家のお屋敷は、王都にある。
魔法が使えるコンデッサなら移動は一瞬で済むが、普通人のアルマがわざわざ時間を掛けて来訪したとなると、これは余程の重大事案に違いない。
「コンデッサ様。アナタ様は、許されぬ事をなさいましたね?」
「な! 何を仰るのだ!? 突然に押し掛けてきて、言い掛かりをつけられるおつもりか?」
「身に覚えが無いと?」
「私は常に 清廉潔白を心掛けている。見てくれ! 頭のてっぺんより足のつま先まで、ピカピカだろ!? しょっちゅう《クリーン魔法》を自身に使用しているし、お風呂にも毎日入っているからな!」
「ちょっと〝クリーン〟の意味が違うような……」
「経歴に泥がついても、シッカリと洗い流している。隙など皆無」
「それは、詐称では?」
睨み合う2人の美女の間に、コンデッサの使い魔である黒猫ツバキが割って入った。
「ご主人様にょ世迷い言は放っておいて……メイド長さん。具体的にゃことを喋ってくれなきゃ、話が進まないのにゃ」
「承知しました。実は、お嬢様のことなのです」
「…………ああ、チリーナか?」
「お嬢様の麗しくも尊いお名前を、呼び捨てになさるとは……。まぁ、お嬢様はコンデッサ様の元教え子なので、仕方ありませんが」
伯爵家令嬢のチリーナは、現在17歳。コンデッサが家庭教師を辞めたあとも、師であった彼女のことを(過剰なほど)慕いつづけている。今でも頻繁に、コンデッサの自宅へ訪ねてくるのだ。
ツバキがアルマへ尋ねた。
「チリーニャさんが、どうかしたニョ?」
「お嬢様は……お嬢様は……あああああ」
アルマが突如、身を捩りつつ嘆きの声を上げる。クールビューティーな表層が、瞬時に崩壊した。
そんなメイド長の痴態にドン引きする、魔女と黒猫。
「と……とにかく、落ち着いてくれ、アルマ殿。ひとまず、コーヒーでも……アイスコーヒーが良いかな?」
最近、コンデッサはコーヒーに凝っている。
厳選したコーヒー豆を焙煎し、専用のミルで挽く。ペーパードリップを用いてコーヒーを淹れて《冷却魔法》を施せば、出来上がりだ。
「これは、良い香りですね」
アルマは、アイスコーヒーが入ったグラスの縁に唇をつけた。そして、目を見開く。
「……美味しいです」
「口に合ったようで、良かった」
コンデッサも自家製のコーヒーを口に含む。ツバキも、お皿に注がれたコーヒーをピチャピチャ舐めた。
主人の嗜好に付き合っているうちに、コーヒーがお気に入りになったツバキ。本来、猫にコーヒーを与えるのは厳禁(※)なのだが、ツバキは魔女の使い魔であるため大丈夫なのである。
ただ猫舌は如何ともしがたく、ホットコーヒーは超苦手だ。
※カフェインが含まれる食品を、使い魔以外の猫に上げるのは絶対ダメです。
つかの間のコーヒータイムによって雰囲気が沈静化したところで、会話は再開。
「それでチリーナについて、結局アルマ殿は私に何を仰りたいのだ?」
「コンデッサ様。アナタ様は、お嬢様に敬愛されています」
「そうだな。不本意ながら」
「ご主人様。もう少し、言葉を選んだほうが良いニャ」
「だが、こうもひっきりなしに来宅されたら、さすがに迷惑……」
「チリーニャさんに、悪気は無いのニャ」
「あれで悪気があったら、引っ越している」
アルマは、コンデッサとツバキの問答を聞いていなかった。何事かを思い詰めているのか、顔を伏せ、プルプルと身を震わせている。
「コンデッサ様……お嬢様に、あんなに懐かれて……愛されて……羨まし……妬まし……代わって欲し……」
「ア、アルマ殿?」
「メイド長さんの言動が不穏だにゃ」
「コンデッサ様!」
アルマがクワ! と顔を上げた。
「な、なんだ!?」
「アナタ様は、お嬢様の好意につけ込んで……手を出されましたわね!」
「は!?」「にゃ?」
爆弾投下。
驚愕する、魔女と黒猫。
「いくらお嬢様が類い希なほど愛らしいからといって、師弟の境を踏み越えてしまうとは……神をも怖れぬ所業です。決して、許されるべき事ではありません!」
「い、いや。何、訳の分からんことを言ってるんだ?」
「『手を出す』って、どういう意味なにょ? ご主人様がチリーニャさんに『お手』をしたのかにゃ?」
ツバキが、小首を傾げる。
「使い魔の猫さんはこんなに純心であるにもかかわらず、主人であるアナタ様ときたら……恥をお知りください、コンデッサ様!」
「冤罪だ! チリーナに手を出した覚えなど、これっぽっちも無いぞ!」
「この期に及んで、言い逃れですか!? お嬢様のいたいけな柔肌を蹂躙し、可憐な蕾を散らしておきながら、責任を取る気は無いと?」
「いやいやいやいや」
アルマの猛烈な追求にパニック状態になる、コンデッサ。すかさず、ツバキが助けに入る。
使い魔と主人は、厚い信頼関係で結ばれているのである!
「メイド長さん。少し待つのにゃ!」
「何ですか? 猫さん」
「ご主人様が、恥知らずなにょは確かだけど」
使い魔と主人は、厚い信頼関係で……。
「ご主人様はチリーニャさんのこと、大事にしているのにゃ。チリーニャさんの意に反するマネは、しないニャン」
「ツバキ……お前……」
「つまり、お嬢様が自ら望んで、コンデッサ様へその汚れなき御身を委ねられたと……ああああああああああ。お嬢様、どうしてなのですか、ですか、ですか、で・す・か、です、です、DEATH」
錯乱模様のメイド長。その目は虚ろだ。もはや、心神喪失寸前。
ちょっと……いや、かなり危ない。
「ご主人様、メイド長さんが大変にゃ!」
「ああ、分かっている。私に任せておけ」
頼もしく言い放つや、コンデッサは即座にアルマの頭へ《冷却魔法》を掛けた。
ヒュー。ピキピキ。カッキーン!
「アルマ殿。取りあえず、頭を冷やしてくれ」
「ご主人様、冷やしすぎニャ。メイド長さんの頭が凍っちゃったニャン。クールビューティーさんが、よりクールになってしまったのニャ。今とニャってはクールビューティーと言うより、フリーズビューティーにゃん」
「これぞ、月下氷人」
「誤魔化さにゃい」
アルマの瞳に光が戻る。
「……コンデッサ様」
「アルマ殿。氷の眼差しで私を睨むのは、止めてくれ!」
「アナタ様とお嬢様の縁結びなぞ、私は絶対に致しません(※)!」
※〝月下氷人〟とは、〝媒酌人〟や〝仲人〟を意味します。
プシュー。シュワシュワ。ジョウハ~ツ!
メイド長、再起動。でも、顔と髪はビジョビジョ。
「怒りのパワーで、解凍したのにゃ。さすがメイド長さん、ビジョビジョの美女ニャン」
「熱血メイドだな。沸点が低い」
「メイド長さん、激怒ぷんぷんニャ」
コンデッサが、アルマへタオルを手渡す。
「そうカッカするな、アルマ殿。怒りすぎは身体に良くないぞ。人間は、心を広く持たねば」
「頭を凍りづけにされて、腹を立てない人は居ないと思うニャ」
正論である。
果たして、「お嬢様に手を出した事件」の真相は……?
後編に続きます。
アルマのイラストは、Ruming様(素材提供:きまぐれアフター様)よりいただきました。ありがとうございます!
あと、この頃になるとチリーナは月に一度どころか、連日のようにコンデッサの家へ「お姉様ー!」とやって来る状態になっています。




