黒猫ツバキと日本の春夏秋冬
お題は「ギャル」「蕎麦」「秋葉原」です。
異世界には縁遠いワードが並んでいる……。
ボロノナーレ王国の端っこにある村に住む、魔女コンデッサ(20代の美人さん)。怠け者な割に、それなりに活躍している彼女は交際範囲が広く、知人も多い。
そのため、しばしば、迷惑かつ変な訪問客が……。
『遊びに来てやったぞ、コンデッサ』
「あ、アマちゃん様にゃ」
日本神話の最高神であるアマテラスも、コンデッサの知り合いなのだ。
黒髪で巫女服、10代半ばの少女の姿をしているアマテラス。
そんな彼女を出迎えたのは、コンデッサの使い魔である黒猫のツバキ。
「アマちゃん様、また来たのにゃ」
『そんな面倒くさそうな顔をするな。傷つくではないか』
アマテラスを家の中へ招き入れ、コンデッサが語りかける。
「しかし、アマテラス様。最近は頻繁にいらっしゃいますね」
『妾の監督役である高木神が、近頃、妙に張り切りおってな。やたら、妾に機織りを強要してくるのじゃ。連日こき使われて、このままでは《鶴の恩返し》の鶴のように、痩せ細ってしまう』
「アマちゃん様は、高天原ってところで、1番偉い神様にゃんだよね? それにゃのに、働かされてるにょ?」
『う……うむ。「働かざる者、食うべからず」が高木神のモットーでな。それで、ヤツの目を盗んで……』
「脱走ですか?」
『違う! 〝自由への逃走〟じゃ! そんな訳なので、ここで少しばかり息抜きさせてくれ』
「それは、構いませんが……」
ソファの上で、ゴロゴロするアマテラス。
息抜きどころか、空気の抜けた風船のようなグータラぶりであった。まさしく、駄女神。
「ところで、さっきアマちゃん様が言ってた《鶴の恩返し》って、どういうお話なにょ?」
『日本の有名な昔話じゃ。確か、爺に強制労働させられていた鶴が、夜中にハサミとカミソリを使って爺の頭をツルツルにしてしまい、「これで、お爺さんはつるっパゲ。めでたく、ツルの仲間入りですね」と……』
「それ、《鶴の恩返し》じゃ無くて、《鶴の 意趣返し》にゃ」
♢
「良い機会ですので、アマテラス様にお伺いします」
『なんじゃ? コンデッサ』
「古代世界にあった日本とは、どのような国だったのですか?」
現在の地球より数億年経った世界に、コンデッサたちは生きているのである。
『ふむ……』
アマテラスは、懐かしそうに目を細めた。
『良き国じゃった。季節の移り変わりが鮮やかで、春夏秋冬、四季それぞれに見どころがあった』
「アタシ、知りたいニャ!」
ツバキが、元気よく前足を挙げる。
『そうじゃのう。人々が愛でていたのは、春の桜、夏のスイカ、秋の紅葉、冬の雪……』
「スイカだけ、場違いにゃ」
『何を言う!? 夏の暑い日差しの中、縁側に腰掛けつつスイカを食し、種の飛ばしごっこをするのは最高の娯楽ではないか!』
「アマちゃん様って、本当に神様のトップなにょ?」
『黒猫の言いように、妾の繊細な心は砕け散った。ハートブレイクじゃ。天岩戸に引きこもるとしよう』
いじける女神。
あやす魔女。
「まぁまぁ。アマテラス様、落ち着いて。日本の四季は、神をも感動させるほど美しかったのですね」
『その通りじゃ。平安朝の女流随筆家……その名を、清少納言といったかの。彼女は、1日における最上の時間帯として、春の曙、夏の夜、秋の夕暮れ、冬の早朝を挙げていたな』
「早寝・遅起きのご主人様は、どのタイミングの景色も見られないにゃん。オネンネ中にゃので」
「使い魔の言いように、私の繊細な心は砕け散った。ハートブレイクだ。ふて寝することにしよう」
すねる魔女。
なだめる女神。
『まぁまぁ。コンデッサ、落ち着け。そうじゃ! 気分転換にひとつ、季節にまつわる面白い話をしてやろう。ある肉屋は、季節ごとに販売する豚肉のメイン部位を変え、大繁盛したそうじゃ』
「なかなか、興味深い話題ですね」
『肉屋曰く、「春はモモ、夏は豚足、秋はバラ、冬はやっぱり肩ロース」』
「嘘くさいにゃ」
猫、ツッコむ。
『ホ、ホントじゃぞ!? 「秋葉原で、秋はバラ~。どちらを取っても、アキハバラ~」という宣伝文句もあり……』
「今ここで、思い付いたっぽいですね」
魔女、指摘する。
『そ、そんな事はない! そう言えば、ある麺屋のキャッチコピーは「春は蕎麦、夏はパスタで、秋はうどん、冬はラーメン、でも入れ替えはご自由に」ってなものじゃったはず』
「…………」
「……ニャ~」
猫と魔女、シラ~と黙り込む。
焦って口早になる、最高神。
『ほ、他には、季節を女性に喩えたりもしたな。曰く、「春はグラマー、夏はギャル、秋は乙女に、冬はロリ」』
「犯罪くさいにゃ」
『誹謗中傷じゃ! その証拠に、日本の人々は、季節を男性にも喩えたのじゃぞ。曰く、「春はイケメン、夏はハンサム、秋はショタ、冬は美形で、選びほ~だい」』
「全て、同じ意味なのでは?」
『ショタは、違うじゃろ』
「やっぱり、犯罪くさいニャン」
『ぐす……』
「アマちゃん様。泣かにゃいで」
涙目の女神。ナミダメガミ。
『……春は白魚、夏は鮎、秋はサンマで、冬はタラ』
「それは、納得の旬魚です」
「美味しそうニャ」
♢
「ちょっと思い出したんですが、私は以前、〝秋葉原〟という地名を小耳に挟んだことがあってですね(※)」
『ほぉ』
※『黒猫ツバキと謎のオーパーツ』参照
「何でも、〝ネコミミメイド〟なる女神が、その地で大勢の信者に崇め奉られていたとか」
『とんでもない事を言ってはいかんぞ、コンデッサ!』
女神、憤慨する。
『ネコミミメイドは紛うことなく実在したが、アレは女神でもなんでも無い。むしろ、邪神の類いじゃ。「萌え萌えキュンキュン」などという奇怪な呪文を唱えつつ、信者の食べ物に鮮血のハートマークを描いていたそうじゃからな。しかも信者を「ご主人様」と呼びながら、厚かましくも多額のお賽銭を巻き上げていたんじゃ』
「怖いニャ」
猫、ビクビクする。
『秋葉原は、まさに魔界都市。一時期は、〝ガングロ・ギャル〟と名乗る漆黒の堕天使たちが「チョベリバ~」と喚きつつ闊歩していた』
「混沌の地ですね」
魔女、〝意外に楽しそうだ。行ってみたい〟と思う。
何故か、得意気な顔になる女神。
『秋葉原に出没したのは、邪神や堕天使ばかりでは無いぞ。〝ギャルゲー〟なる宝物を求めて、日本全国より数多の勇者が訪れたりもしたのじゃ。宝物を入手するためなら、寒風吹きすさぶ中、徹夜で行列に並ぶことも厭わなかったと言う』
「さすが、勇者様にゃん」
猫、感銘を受ける。
♢
「では、そろそろお昼にしますか。ランチは蕎麦にするつもりなんですが、アマテラス様はどんな蕎麦を食べたいですか?」
『天ぷら蕎麦を所望する』
アマテラスは最高神なので、遠慮はしないのだ。
「アマちゃん様。少し、図々しいにゃん。こういう時は、かけ蕎麦とかにするもんニャ」
『あいにく、妾はアマテラス――天津神のトップ、天照なのでな。可能な限り、名前に「天」がつく料理を食べなければならないのじゃ』
「アマちゃん様は、高天原でも〝天〟がつくご馳走ばかり食べてるにょ?」
ツバキの問いを受け、アマテラスは急にソワソワし出した。
あやしい。
『と、当然じゃ! 天丼、天ぷら、天津飯……価格が天井知らずの高級料理を、飽きるほど食べておる!』
「天丼や天津飯が高級料理……」
コンデッサとツバキが、アマテラスを訝しげな目で見る。
アマテラスは、コトリと首を傾けた。自分の発言のヘンテコリンさに、気付いていないらしい。
『どうしたのじゃ? 天丼や天津飯は、庶民なら、年に1回食べられれば感極まって泣き出すほどの高級料理であろう?』
「…………」
「……ニャム」
ちなみに高天原における日常で、アマテラスは天然塩をまぶしたオニギリばかり食べている。おかずは、天日干しにしたチリメンジャコ。
基本、粗食である。
アマテラスの食事内容を決めているのは、教育係の高木神。
高木神としては、アマテラスに神々の頂点たるに相応しい克己心と倹約の精神を持ってもらいたいと思い、敢えてそうしているのだが……。
単に、アマテラスの考え方が貧乏くさくなっただけだった。
アマテラスの日頃の食生活を察したコンデッサは、彼女が来る度に天丼や天津飯を食べさせてやった。
魔女に餌付けされる、女神。
喜んだアマテラスは、返礼に大量のチリメンジャコを持ってきた。
「このチリメンジャコ、美味しいニャ!」
「う~む。甘みと旨味が、格別ですね」
コンデッサとツバキの称賛に気を良くしたアマテラスは、薄い胸を張ってエラそ~に言い放った。
『そうじゃろう!? 何と言っても、妾が直々に己の太陽光を当てた、天日干しのチリメンジャコじゃからな!』
「…………」
「……ニャ~」
アマテラスは、日本神話の最高神にして……太陽神なのである。
《鶴の意趣返し》の続編では、爺の攻撃を鶴が咄嗟に畳をひっくり返して防ぐバトルが展開されます。タイトルは《鶴の畳返し》。




