黒猫ツバキの「酷すぎるニャ~!!!」
お題は「磁石」「粗大ごみ」「台風」です。
ボロノナーレ王国に台風の季節がやって来た。
魔女コンデッサと彼女の使い魔である黒猫ツバキが住む村は、ちょうど台風の通り道にあたる。そのため、コンデッサとツバキは台風襲来への備えに余念が無い。
「えっほニャ、えっほニャ」
ツバキが、普段は外に置いてある大型の魔法道具や鉢植えを家の中に運び込む。
「ご主人様~! めぼしいモノは、おおかた家の中に入れといたニャン。これで台風が来ても、飛ばされていったりはしないのニャ」
「ああ、ご苦労だったな、ツバキ。おや? 私にとって1番大切なモノが、未だ家の外にあるぞ」
「え! 何かニャン?」
ツバキはコンデッサの〝1番大切なモノ〟を探して、庭をウロウロする。
家の外に出てきたコンデッサは、ツバキの首根っこを掴まえてヒョイと持ち上げた。
「ニャ!?」
「私にとって〝1番大切なモノ〟。それはお前だよ、ツバキ」
「ご主人様!!!」
ツバキは感動した。
コンデッサは凄腕の魔女として知られているが、20代の若さなのだ。従って、これまで彼女が使い魔にした黒猫はツバキだけなのである。そのこともあって、コンデッサはツバキを可愛がっており、ツバキもコンデッサに懐いていた。
コンデッサとツバキは、仲良し主従なのだ。
「ご主人様、嬉しいニャ~。アタシもご主人様のこと、大好きなのニャ~」
「そうかそうか。だがツバキ、本当に気を付けてくれよ。去年台風が来た折には、何故かお前は外へ飛び出していって、大風に吹き上げられ、隣国のムニャランポまで運ばれていってしまっただろ? あの時は、とても心配したんだぞ」
「申し訳ないニャン」
「しかし、どうして台風が来てる真っ最中に外へ出たりしたんだ?」
「ニャンでだろ? アタシ、大雨とか大風の日には妙にワクワクしちゃうのニャン。〝ウニャ~〟ってなって、風や雨を浴びながら『アタシは、天地を支配しているニャン! 最強にゃ~!!!』とか叫びたくニャっちゃうにょ」
「…………」
ツバキの感覚は、丸っきり人間の男の子と同じだった。ツバキは猫なのに。メスなのに。
風や雨をモノともしないそのセンスは、明らかにオカしい。
「台風が来たら、ツバキをどうしよう? 念のために柱に縛り付けておくか? それとも、いっそ床下収納に閉じ込めて……」
「ご主人様が、何か不穏なことを考えてる気配がするニャ」
♢
台風への対策で、ツバキが困ってしまったのは、庭の片隅に放置してある沢山の粗大ごみだった。ごみの引き取り日はまだまだ先であり、台風が来るのは数日後なのだ。
粗大ごみの数々が強風で吹き飛ばされたりしたら、ご近所迷惑になってしまう。
「ご主人様、どうするニャ?」
「ふっふっふ。ツバキ、私を誰だと思っている? 王国最高の魔女、コンデッサだぞ。こんなこともあろうかと、最適な魔法を発明しておいたのだ」
「自分で『最高』とか言っちゃうのは、どうかと思うニャ。いずれ、自他の評価ギャップの大きさに苦しむことになるニャ。ご主人様、可哀そう」
「何か言ったか、ツバキ?」
「な、なんでも無いニャン。それで〝最適な魔法〟とは、どんニャもの?」
「じゃ~ん! ズバリ、《磁石魔法》だ!」
「《磁石魔法》?」
「ああ。この《磁石魔法》を唱えると、粗大ごみ同士が磁石のように引っ付いて、1つの大きな固まりになってしまうんだ。固まってしまった粗大ごみは当然ながら重くなり、風に飛ばされることも無くなる――という訳さ。台風が過ぎ去ったあとに魔法を解除すれば、粗大ごみはバラバラに離れて元の状態に戻るから、アフターフォローもバッチリだ」
「さすが、ご主人様なのニャ! 凄いのニャ!」
「そうだろ、そうだろ。もっと、褒めろ」
「でも、ご主人様。その《磁石魔法》で、粗大ごみ以外のモノまで引っ付いちゃったりしニャいかな?」
「大丈夫だ。この《磁石魔法》は、私が〝粗大ごみ〟と認識したモノにしか効果を発揮しないんだ。つまり、私が〝粗大ごみ〟と思いさえしなければ、近くに物品があったとしても、魔法を唱えたところで影響は何も無いよ」
「ニャるほど~。やっぱり、さすが、ご主人様なのニャ。略して〝さすごしゅ〟なのニャ!」
「その略し方は、微妙にイヤだ……」
そしてコンデッサは、いよいよ《磁石魔法》を唱えてみることにした。コンデッサの隣で、ツバキもワクワクしつつ魔法発動を見守る。
「いくぞ! 粗大ごみよ、磁石のように引っ付け! 《磁石魔法》発動!!!」
ビタン! ビタン! ビタン! 音を立てて粗大ごみが引っ付き、大きな1つの固まりになっていく。そして――
ビッターン! と、ツバキが固まりに引っ付いた……。
「にゃにゃにゃ」
「あれ~? 変だな~、オカしいな~」
「『変だな~、オカしいな~』じゃ、無いニャ! ど~してアタシまで、粗大ごみの固まりに引っ付いてるんニャ!」
「理由がサッパリ分からん。私が〝粗大ごみ〟と認識しているモノにしか、《磁石魔法》は効かないはずだが……」
「ま、まさか、ご主人様」
「何だ、ツバキ?」
「ご主人様はアタシのこと、心の底では〝粗大ごみ〟だと思ってるんじゃ……」
「ば、馬鹿な! そんな訳あるか! 私が可愛いツバキのことを〝粗大ごみ〟だなんて、チョットでも考えるはずが……。確かにツバキは、おっちょこちょいで、トラブルメーカーで、被害甚大で、迷惑千万で、コストパフォーマンスが悪すぎで、時々リサイクルセンターに持って行こうかとかチラリと思っちゃったり……」
「わ~ん! 酷すぎるニャ~!!! ご主人様は、内心ではアタシのこと〝粗大ごみ〟だと思ってるのニャ~!!!」
「な、泣くな、ツバキ! 決して、決して私はお前を〝粗大ごみ〟だなんて思っちゃいない!」
「本当ニャ? ご主人様。信じて良いのニャ?」
「ああ。きっと、何かの間違いだ。もう一度、試してみよう」
コンデッサは《磁石魔法》を解いた。
1つの固まりとなっていた粗大ごみはバラバラになり、ツバキもようやく解放された。
「よし! もう一回、《磁石魔法》を試すぞ」
「ご主人様! アタシ、ご主人様を信じているのニャ! ご主人様は絶対、絶対アタシのこと〝粗大ごみ〟だなんて思ってたりはしないのニャ」
「当たり前だろ! 私を信じろ! 《磁石魔法》発動!!!」
ビタン! ビタン! ビタン! ビッタ~ン!
「うゎ~ん! また、引っ付いたニャ。ご主人様はヤッパリ、アタシのこと〝粗大ごみ〟って考えてるのニャ~。酷すぎるニャ~!!!」
「違う! あり得ない! ツバキが〝粗大ごみ〟だなんて、あり得ない!」
「ご主人様……」
「ツバキが〝ごみ〟だとしたら、〝粗大ごみ〟じゃ無くて〝生ごみ〟だ!」
「酷すぎるニャ~!!!」
「何を泣く、ツバキ。〝資源ごみ〟のほうが良かったか?」
「酷すぎるニャ~!!!」
♢
コンデッサは《磁石魔法》を再度、調べ直した。すると使い魔となった黒猫の毛皮に 僅かに含まれる魔法力が《磁石魔法》に感応し、魔法を掛けた粗大ごみに黒猫が引っ付いてしまうことが分かった。
「つまり、私がツバキのことを〝粗大ごみ〟と思っていた訳じゃ無かったんだ」
「でも、アタシの心は深く傷ついたニャ。心からの謝罪と賠償を要求するニャン」
「ゴメン、ゴメン。お詫びに、ツバキの好きなレアチーズケーキを買ってきたよ」
「わ~い」
そして台風の日。
「ニャンで、アタシが、また粗大ごみに引っ付かされてるんニャ!」
「いや~。せっかくの《磁石魔法》をお蔵入りさせるのは、勿体ないしな。それに、こうすれば大風と大雨に興奮したツバキが、はしゃぎまわった挙げ句、飛ばされていってしまう心配も無いと思って」
「酷すぎるニャ~!!!」
コンデッサとツバキは、台風の日も仲良しだった。
このシリーズは、基本的に各回が独立した短編になっています。