黒猫ツバキと悪の秘密結社
お題は「電気」「みかん」「公園」です。
「ここは、どこニャ?」
「目を覚ましたか? 魔女の使い魔、黒猫のツバキよ」
そこは薄暗い部屋。
ツバキの前には覆面をした男が2人、どちらも腕を組みつつ立っていた。
「何者にゃ!?」
「俺たちは、悪の秘密結社の団員だ。俺はメンバーA」
「私はメンバーBです」
いい歳をした男どもが、トンチキなセリフを胸を張りながら、猫へ述べる。
そんな痴態を晒して、恥ずかしくないのだろうか? 世間様へ申し訳ないと思わないのだろうか? とツバキは呆れかえった。
「野っ原でノンキに昼寝をしていた、貴方が悪いのですよ。ツバキさん」
「悪の秘密結社は、あらゆる場所へ目を光らせているのだ」
「どうして、アタシをこんにゃトコに連れ込んだのにゃ?」
「俺たちは、お前を誘拐したのだ」
「魔女コンデッサ殿に対する人質……いえ、猫質です」
「ご主人様に、どんにゃ用件があるのにゃ!? タロとジロ」
猫の嗅覚は誤魔化せない。
2人は、ツバキ達が暮らしているペンペン村の住人であった。
「な! 人違いをするな、黒猫よ。俺たちは、悪の秘密結社の団員AとBだ! そうだな? ジロ」
「その通りです、タロ。秘密結社のメンバーは、たとえ脅迫されても、決して自分や仲間の名前を口にしたりはしないのです」
タロとジロは村に住む、気の良い青年たちである。大工仕事が得意で、村人からも頼りにされている。そんな彼らに、こんな裏の顔があろうとは……。
「先日、俺たちは魔女へ仲間に加わるよう、勧誘した。が、一蹴されてしまった」
「当然にゃ! ご主人様の心には、正義の光が溢れているのにゃ!」
「コンデッサ殿は、ただ一言『めんどくさい』と仰って……」
「……にゃ~」
「それで、お前を掠ったのだ」
「貴方を猫質にし、コンデッサ殿と改めて交渉するのです」
「ご主人様が、悪の秘密結社ににゃんて入るわけないニャン」
「ツバキさん、よく考えてみてください。コンデッサ殿ほど、〝悪の秘密結社の女幹部〟に相応しい女性が居ると思いますか?」
「にゅ?」
コンデッサは20代前半ながら、実力のある魔女。美人ではあるが目つきは鋭く、迫力のある容貌だ。そして、長身でスタイル抜群。
「想像してみろ、黒猫よ。黒マントにビキニ姿で、手にはムチを持ち、『オーホッホッホ』と高笑いしている魔女の姿を」
「ハマりすぎにゃ」
「でしょう? 彼女こそ、まさに〝悪の秘密結社の女幹部〟になるために生まれてきた女性です」
「そろそろ、俺たちも団員を増やしたいのだ」
「2人っきりでは、悪の活動にも限界が……」
「……2人ボッチのタロとジロは」
「団員AとBだ」
「AとBは、どんにゃ〝悪の活動〟をやったのニャン?」
平和なペンペン村で犯罪行為があったなどという話を、ツバキは耳にしたことが無い。
「よくぞ、訊いてくれた! 黒猫よ」
「悪の秘密結社がやるべきことは、決まっています。人々から楽しみを奪い、皆の笑顔を消し去らねばなりません」
「そのために俺たちは公園へと赴き、すべり台とブランコを占拠したのだ」
「これぞ、悪の所業です!」
村には、公園が1つだけある。かなり狭く、遊具はすべり台とブランコ1台のみしか無い。
「俺は、すべり台のてっぺんに」
「私は、ブランコの座板の上に」
「長時間に渡って、居座り続けたのだ」
「何て、大人げない」
「俺も辛かった!」
「しかし、私たちは悪の秘密結社の団員。個人的感情を抑えてでも、使命を全うせねばならなかったのです」
「俺たちの目論見通り、村の子供たちから笑顔は消え、やがて泣き出す幼子も現れた」
「現場は阿鼻叫喚の渦となりました」
「『おじちゃん、どいてよ~』と詰ってくる子も居たな」
「〝おじちゃん〟呼びに、秘かに傷つきました」
「で、どうなったのニャ?」
「ママさん方に、怒られてしまった」
「半日も正座させられて、足は電気が走ったようにピリピリとなり……」
「覆面を脱がされることだけは、辛うじて阻止したが」
「『いい加減、タロもジロも〝悪の秘密結社ごっこ〟から卒業しなさい』とのお叱りを受けました」
「素性は、とっくの昔にバレてたのにゃ」
「悪の秘密結社に新規メンバーを加え、組織力をアップさせたいのだ」
「是非とも私たちの仲間になるよう、ツバキさんもコンデッサ殿を説得してくれませんか?」
「断るニャ!」
「ならば、やむを得ん。お前を拷問する」
「私たちは悪の秘密結社の団員なので、非情な行いも躊躇せずにするのです」
ジロはみかんを、ツバキの鼻先に持ってきた。
「みかんですよ~」
「にゃ! 酸っぱいニオイにゃ! やめるのニャ~!」
※猫は柑橘系の香りが苦手です。
「止めて欲しかったら、私たちの言うことを聞きなさい」
「アタシは、屈しないにゃ!」
「ぬぬ。これほど苛烈な責めにも負けないとは、さすがは魔女の使い魔だ」
「諦めなさい、ツバキさん。私も、これ以上の酷い仕打ちを貴方にしたくはありません」
「何?」
「みかんの皮を剥いて、つまみますよ。汁がプシュッと貴方に掛かるでしょう」
「うにゃ~! 残酷にゃ~! 凶悪にゃ~! 悪の秘密結社にゃ~!」
「くくく! 俺たちの恐ろしさを思い知ったか!」
「私たちは、悪逆非道なのです」
「あ~、お前たち。楽しそうなところを悪いが、そろそろ良いか?」
「ご主人様!?」
部屋の中に、唐突にコンデッサが出現した。《転移魔法》を使用したらしい。
「な! コンデッサ殿。どうしてココが分かったのですか?」
「私が、ツバキの居どころを見失うわけない」
「ご主人様!」
ツバキ、感激。
「むしろ、好都合だ。魔女よ。再度、申し込む。仲間になれ」
「貴女にピッタリのコスチュームを準備しているのですよ」
タロとジロが、黒マント・上下ビキニ・蝶型フレーム眼鏡・ムチを差し出す。
「止めるのにゃ! いくら似合いすぎだからって、ご主人様にそんにゃの勧めちゃダメにゃ!」
「魔女よ。悪の女幹部に変身するのだ!」
「『私のムチは、ご褒美よ!』と曰ってください!」
「ご主人様、誘惑に負けにゃいで! 確かに、ご主人様にこれ以上ピッタリな服装にゃんてあり得ないけど、怠け者にゃ上に悪とか、もはやこの世界に存在する意義すら失われてしまうにゃん!」
「…………」
タロとジロ、それからツバキは、コンデッサによって丸1日正座させられた。
※ツバキは使い魔なので、2足歩行や正座もできます。
足どころか全身がビリビリの電気状態になり、2人と1匹は浜辺に打ちあげられた電気クラゲのようになってしまった。
♢
「タロとジロ。お前たちは勘違いをしているぞ。悪の秘密結社なら、もっと深慮遠謀を心掛けろ」
「どういう意味ですか? コンデッサ殿」
「いいか。ジワジワと人の心に浸食するような、悪をするんだ。子供たちに、娯楽を提供しろ」
「何を言っている? 魔女」
「小さいうちから、遊び事に夢中にさせるんだ。堕落の道へと引き込め」
「なるほど! まさに、それこそ〝悪〟ですね」
「ううむ。思いも寄らなかった発想だ」
「さすが、ご主人様にゃ! 怠け者のエキスパートにゃん!」
ツバキの頭に、タンコブが出来た。
♢
その後、タロとジロはコンデッサの助言に従い、公園に数多くの遊具を設置した。
大工仕事が達者な彼らは、村長の許可を得て公園を拡張。子供たちが遊びを満喫できるように、ジャングルジム・鉄棒・雲梯・ネットやロープなどの遊具を見事に作り上げたのである。
子供たちは大喜び。村人は感謝を込めて、公園を《タロジロパーク》と命名した。
♢
コンデッサのお家にて。
「悪の秘密結社には村の子たちが続々と加入し、タロとジロの引率のもと、山登りや川遊びなどのレクリエーションを皆で楽しむようになったそうだぞ」
「良かったにゃ」
「先日、タロとジロから贈り物が届いた。アイツら近頃、景気が良いらしい」
「何かにゃ~?」
「みかん一箱」
「みかんはもう、けっこうなのニャ~!!!」
一応ツバキは使い魔なので、みかんを食べても健康に害はありません(猫に、みかんの皮は要注意)。でも、やっぱり苦手です。
あと、なにげにコンデッサとツバキが住んでいる村の名前が、初めて明かされました。




