黒猫ツバキと、試されるバディの絆《後日譚》~神々の再会~
前回の続きです(一応、独立した「バディもの」短編でもありますが……)。
※このお話には、少々下品な表現が含まれています。ご注意ください。
※前話のあらすじ。
ボロノナーレ王国在住の魔女コンデッサ(20代・赤毛の美人さん)と彼女の使い魔である黒猫ツバキは、《バディ崩しの洞窟》を探索するように王国から依頼を受ける。
現地へ出向いた彼女たちは、見事に事件を解決してみせた。
事態打開の鍵となったのは、コンデッサとツバキの固い絆であった。彼女たちの揺るぎないバディとしての関係が、犯人を感動、改心させたのである。
♢
そんなこんなで。
コンデッサとツバキは、事件を起こした《バディ崩しの洞窟》の主を自宅まで連行した。
犯人は、若い男。頼りない感じの青年だ。
コンデッサが尋ねる。
「お前は何故、洞穴に入ってきたバディたちの仲を執拗に破壊したんだ?」
『スミマセン。私は過去、親友に裏切られた経験があったのです』
男の声は、不思議な神韻を帯びていた。
「過去……お前、和服を着ているし、黒髪に黒い瞳だよな? 東の海の彼方にあるという、和の国の出身か?」
「というか、人間じゃないようにゃ気がするニャン。にゃんとなく、アマちゃん様に似ているにゃ」
ツバキが以前に出会ったことがある、女神アマテラスを思い出す。
『え? 貴方がた、アマテラス様をご存じなのですか?』
「ああ。すると、お前は……」
『私の神名は、オオクニヌシ。日本神話の1柱です』
男の正体は、大国主命であった。《因幡の白ウサギ》のエピソードで有名な、出雲の神様である。
ツバキが驚く。
「にゃ! か、神様だったのにゃ!?」
『神と言っても、結局のところ旧世界の遺物にすぎません。お気になさらずに』
オオクニヌシが自嘲気味に笑う。
「うん。気にしない」
「ご主人様は、もうちょっと気にしたほうが良いにゃ」
『あと、私はオオクニヌシ以外にも、オオナムチ・ヤチホコ・アシハラノシコヲといった神名も持っています』
「名前がいっぱいニャン」
『状況に応じて、名を使い分けていますので』
「それは、詐欺師のセリフだぞ」
コンデッサはオオクニヌシにツッコんだ後、改めて問いただす。
「『親友に裏切られた』と言ったな。それが、トラウマになったのか?」
『ハイ。私たちは最高の相棒だと信じていたのに……。心の傷は、時代が変わり、世界が変わり、地球の文明が変わっても癒えることは無く……洞穴に籠もっていたのです。そしたら、人が入ってきて……恥ずかしながら、仲の良いバディを目にし、ついついチョッカイを出してしまいました』
「カップルさんたちにとっては、いい迷惑なのにゃ」
ツバキが、オオクニヌシを叱る。
ちなみに、オオクニヌシの別名オオナムチは〝大穴牟遅〟と書く。そもそも、穴に縁がある神様なのだ。
隠遁場所に洞穴を選んでしまったのも、無理からぬことだと言えよう。
『申し訳無い。しかし、深い絆で結ばれた貴方たちと出会い、目が覚めました! どのような映像を見せられても、使い魔殿への信頼を一切、揺るがすことは無かった魔女殿! 貴方たちは、本当に素晴らしいバディだ!』
「当然ニャ! ご主人様は何があってもアタシを信じてくれるのにゃ。そうにゃネ~、ご主人様」
「ま、まぁな。それはさておき、オオクニヌシ。お前を裏切った親友とは誰なのだ?」
『私が葦原中国の国造りに難儀している折でした。海の向こうからやって来た彼が、助力を申し出てくれたのです。神名はスクナビコナ。賢いながらも、イタズラ好きな神でした』
「付きあいやすそうな性格だな」
『体格は小さかったですが』
「そんなの、問題にするほどのことでも無いだろう?」
『そうですね。小さすぎて、母神の手の指の間よりこぼれ落ちてしまったそうですが、特に問題にするほどのことでもありませんね』
「大問題にゃ! スクニャ様、豆粒くらいの大きさしか無いにゃん!」
『彼の協力もあって国造りは大変上手くいっていたのですが……事業の途中で、スクナビコナは私にサヨナラも告げず、突如として己が故郷の常世国へ帰ってしまったのです』
「オオクニ様、可哀そうニャン。1人……じゃ無くて、1柱ボッチになっちゃったにょね」
『その後、オオモノヌシに助けてもらって、なんとか国造りを完成させたのです』
「なんだ。新しい相棒が現れたのか」
「良かったのにゃ」
『ええ。彼は、私の分霊ですが』
「分霊……つまり、分身か?」
「自分の分身をバディにするにゃんて、ボッチの極みにゃ。気の毒すぎるニャ」
猫に同情される、神。
『スクナビコナが居なくなったと知った時、私は打ちのめされてしまいました。思わぬ裏切りに涙し、以来、彼への恨みが胸の奥にわだかまり続けているのです。せめて去る前に、別れの理由を述べてくれても良かったのに……』
「スクニャ様、酷すぎるにゃ!」
「確かに、理不尽だな。スクナビコナは、何故いきなり常世国へ行ってしまったのだろう?」
『実は、スクナビコナが中国を退去する瞬間を目撃した者が居るのです』
「ほぉ」
「どんにゃ理由があろうと、サヨナラも言わずに行っちゃうのは、許されることではないのにゃ」
『その者の話によると、粟の茎にヨジヨジと登っていたスクナビコナは弾かれて、常世国の方角へ飛んでいってしまったのだとか』
「……ほぉ」
「……にゃ~」
以上、《日本書紀》の記述より。
『無言退去とか、まったく、スクナビコナは非常識すぎます!』
憤慨する、オオクニヌシ。
コンデッサとツバキは、思わず顔を見合わせる。
「え~と、それって不可抗力なんじゃ……」
「スクニャ様が気の毒にゃ」
『バディ失格です!』
「失格なのは、お前」
「オオクニ様。スクニャ様に会いにいくと良いにゃ。仲直りするのにゃ」
♢
後日。
コンデッサの家へ、旧知のアマテラスが訪ねてきた。ついでながら彼女は、10代半ばの少女の姿である。
『おお、コンデッサとツバキ。先日はオオクニヌシが世話になったそうじゃな。アヤツ、常世国へ出向いて、スクナビコナとの仲を修復したぞ。其方等の忠告のおかげじゃ。妾からも、礼を言う』
スムーズに和解できた理由……オオクニヌシは、縁結びの神様でもあるのだ。
そんな訳で《バディ崩しの洞窟》で破局したバディたちも、しばらくしたら「そろそろ良いかな~」と復縁したりしている(但し、悪者ペアは例外)。
「アマテラス様も、気になさっていたのですか?」
アマテラスへは一応敬語を使う、コンデッサ。
『無論じゃ! 妾は、日本神話の最高神にして太陽神にして処女神じゃからな』
「その割にはアマちゃん様、ずっとお昼寝してたのにゃ。数億年間……」
『アマちゃん……その呼び方は……』
「にゅ?」
『と、とにかく、オオクニヌシとスクナビコナは日本神話はもとより、世界神話を見渡してみても類の無いほど完璧なバディじゃったからな。仲直りしてくれて、妾も嬉しいのじゃ』
「完璧……そ~ですか」
「類の無い……そうなんニャ」
『む! コンデッサとツバキ。なんじゃ、その疑いの眼差しは!? ふむ。ならば、オオクニヌシとスクナビコナの見事なバディっぷりを示す逸話を、妾が教えてやろう。2柱はある日、争うことになったのじゃ』
「神同士の争い……さぞかし、勇壮で荘厳な戦いなのでしょうね」
「少し怖い気もするニャ」
以下、《播磨国風土記》の記述より。
『2柱は勝利条件について、こう話し合った。「ウンコせずに歩くのと、粘土を担いで歩くのと、どっちが遠くまで行けるのか競争だ!」と』
「…………」
「……にゃ~」
『オオクニヌシは「私はウンコを我慢する」、スクナビコナは「俺は粘土を担ぐ」とそれぞれ宣言し、競争を始めた。数日後、オオクニヌシは「もう我慢できない」と道端でウンコをしたそうじゃ。するとスクナビコナは「俺も限界」と粘土を放り投げた。2柱は顔を見合わせ、笑いあったとか』
「…………」
「……にゃむ」
『どうじゃ!? こんな意味不明の競い合いを大真面目にやれるバディなど、なかなか居ないじゃろ?』
「居ないですね」
「居たら困るにゃ」
『先日、常世国で再会した2柱は、バディ再結成を祝して、また競争をすることに』
「聞きたくないです」
「聞きたくないにゃ」
『聞くのじゃ~! 勝利条件は「ウンコ色の粘土と、粘土色のウンコを、先に見分けることが出来るのはどっちか?」という……』
ジタバタする、アマテラス。
コンデッサとツバキは、『ウンコ』をやたらと連呼する最高神にして太陽神にして処女神からソッと目を逸らし、『神とは何だろう? バディとは何だろう?』と揃ってシミジミと考え込んでしまった。
その様は、かなりバディっぽかった。
世界観がもはや、わけワカメ。




