黒猫ツバキと、試されるバディの絆
今回は、「バディもの」短編コンテストに応募したお話です。お題はありません。
「バディ」と言えば、2人組。友人・仲間・相棒・ライバル・先輩後輩・主従・コンデッサとツバキ……。
薄暗い洞穴の中に、若い女性と黒猫が入ってきた。
慎重な足取りで進む、1人と1匹。
と、不気味な声が響く。
『女と猫。《バディ崩しの洞窟》へ侵入してくるとは、何が目的ですか?』
「わ!? ご主人様。どこからか、声がするニャン」
「《バディ崩しの洞窟》とは……また随分と、ご大層なネーミングを自ら名乗るものだな。声からして男性のようだが、恥ずかしくはないのか?」
『ほっといてください!』
「そもそも、何でご主人様はココに来たにょ?」
「この洞穴は、山を挟んだ村と村をつなぐ便利な位置にあってな。危険を知りつつ、ついつい利用してしまう旅人が居るんだよ。その際、1人旅や3人以上の旅なら問題ないんだが、2人……取りわけ仲の良いバディだと、必ずその関係に亀裂が入ってしまうことで有名なんだ。恋人、友人、仕事仲間、長年連れ添ったパートナー、悪事をともに働く相棒……。この洞穴に入る前は、確かに固い絆で結ばれていたにもかかわらず、出てくる時には既に間柄が破局してしまっているのさ」
「悪人さんたちは、別れて良かったのにゃ」
『見たところ、貴方は魔女で、そちらの黒猫は使い魔ですね?』
「如何にも。私は、コンデッサ」
「アタシは、ツバキにゃ」
『ふふ。おおかた《バディ崩しの洞窟》の噂を聞きつけ、己が主従の絆を試しに来訪したのでしょう? 愚かですね。その自信過剰が、貴方がたの命取りになるのです。バディと言えど、所詮は他人。信じていた絆がどれほど脆いモノかを、教えて差し上げます。さぁ、世の醜さを知り、絶望しなさい!』
「いや。バディとか絆とか、特に興味はない。ただ、王国より『変な洞穴があるから、調査してきてくれ』と頼まれただけだ」
「物ぐさなご主人様が遠出するにゃんて、珍しいにゃね~」
「手間賃をたっぷり貰ってしまったんでな」
『…………』
「洞窟さん。怒ってるにゃ?」
『腹を立ててなどいません』
「ツバキ、気を付けろ。理由は全く不明だが、この声の主は激怒している。間違いない」
『怒ってないと言ってるだろ――!!!』
♢
ツバキの目の前より、突如としてコンデッサが消え去った。代わって、若い男が現れる。
黒い髪に黒い瞳で、どことなく頼りなげな雰囲気だ。
「ご、ご主人様? ご主人様は、何処にゃん?」
『貴方を魔女から引き離しました。貴方は今、先程とは異なる空間に居ます』
「アタシを元のところに戻すにゃ!」
『イヤです』
「もし、ご主人様に何かしたら、アタシが許さないにゃよ!」
『ふっ。麗しい、主従愛ですね。しかし、バディの繋がりなど、呆気なく壊れてしまいますよ。信頼が崩れるのは、一瞬です』
「アタシとご主人様の仲は、そんなんじゃ無いにゃ!」
『それは、どうですかね? さぁ、見てみなさい!』
男が洞窟の壁を指し示すと、ぼんやりと光る画面が出現する。
そこには、別の空間に居るコンデッサの姿が映っていた。
♢
「おい、ツバキを何処へやった!?」
『まぁまぁ。黒猫に危害を加えるようなマネはしませんよ。それよりも、魔女。貴方は使い魔の本音を知りたくはありませんか?』
「ツバキの本音だと?」
『そうですよ。表面上は良い顔して「バディが誰よりも大切」などと述べていたとしても、人間は己が1番大事』
「ツバキは人間では無く、猫だが?」
『……土壇場になれば、人間だろうと猫だろうと神だろうと、自身の身を優先するのです! 信じていても、結局は裏切られますよ。ご覧なさい!』
コンデッサの視線の先に、朧気な映像が浮かび上がる。
画面上では、和風の服装をした男と、ツバキが会話をしていた。
♢
『使い魔よ。質問します』
「何かにゃ?」
『もし貴方と主人である魔女がともに飢えに苦しんでいる折に、1個の焼き芋を貰ったとします。貴方はどうします?』
「もちろん、全部アタシが食べるにゃん! お腹がふくれたら、ご主人様に水を運んであげるのにゃ。アタシって、健気な使い魔にゃ」
『使い魔よ。問います』
「何かにゃ?」
『もし貴方と主人である魔女の前に巨大なドラゴンが出現したら、どうします?』
「ご主人様にドラゴンへ向かって突撃してもらって、その間にアタシは全速力で逃げるにゃ。山を2つ、谷を2つほど隔てた安全圏まで行って充分睡眠を取った後に、ご主人様を精一杯応援するにゃん。アタシって、良い使い魔にゃ」
『使い魔よ。尋ねます』
「何かにゃ?」
『魔女の前に、「魔女様。貴方が好きです。結婚を前提にお付き合いしてください!」と交際を申し込む男性が現れたら、どうします?』
「そんにゃ非現実的なこと、起こるわけないニャン。ご主人様が、男の人にモテるにゃんて、夜空のお星様が全部落っこちてくる以上の異常事態にゃ。あり得にゃい仮定は、無意味ニャン。想像するだけ、時間の無駄にゃ。アタシって、賢い使い魔にゃ」
♢
「にゃにゃ!? アタシ、あんなこと言わないのにゃ!」
『ふふ。貴方がそう思うのは勝手。けれど、魔女はどうですかね。暗闇の中、いきなりあんな映像を見せられて、動揺しないほうがオカしいのでは? それに、私はちょっとした心術が使えるのですよ。その術には、対象者の疑心暗鬼を増幅させる効果があります。きっと現在の魔女の心は、貴方へのマイナスの感情で一杯になっているはず』
「ニャ!? もしかして、今までにこの洞窟に入ってきたバディたちの仲が壊れたにょは?」
『私の僅かな干渉でどうにかなってしまうなんて、もとよりその程度の関係だったのですよ』
♢
『どうです? 魔女。これが使い魔の本性です』
「……それが、どうした?」
『何ですって!?』
「くだらん映像で私を惑わせようとしても、無駄だ」
コンデッサの顔は普段通り。口調も、落ち着き払っている。
魔女の使い魔への信頼は、微塵も揺らいではいないらしい。
「ツバキは、ツバキ。私には、それだけで充分だ」
♢
「ツバキは、ツバキ。私には、それだけで充分だ」
コンデッサが微笑しつつ言い切った、その時!
洞窟内に張られていた幻術の結界が破れた。
怪しげな映像は消え去り、コンデッサの目の前に、ツバキと男が現れる。
男はガックリと地面へ膝をつき、ツバキはピョンとジャンプしてコンデッサの胸へ飛び込んだ。
「ご主人様~。ご主人様がアタシを信じてくれて、とっても嬉しいにゃ。ご主人様は、アタシがあんにゃこと言う訳ないって、分かっていたんにゃよね! アタシとご主人様の絆は、誰にも断ち切れないのにゃ。永遠なのにゃ」
『く……。見事です、魔女。私が作り上げた虚偽の映像を一目で見破るとは。世界には、これほど強く確かなバディの絆があったのですね』
「アタシ、『ひょっとして、ご主人様は騙されちゃうかも?』と思っちゃったにょ。ゴメンナサイなのにゃ」
『魔女の使い魔へ寄せる信頼の厚さが、眩しく感じられてなりません。自分勝手な八つ当たりで世のバディたちの関係を壊してきた己が如何に浅はかであったか……つくづく、思い知りました』
「ツバキ……あと、そこの男。分かってくれれば良いんだよ」
余裕ありげな態度で、穏やかな言葉を述べるコンデッサ。あたかも、悟りを開いた賢者のよう。
コンデッサの(ヤバい。画面に映っていた内容を本物だと信じていたなんて、今更、言えないぞ。『こんなの、ツバキなら当たり前の発言や行動だろ。別に腹も立たん。まぁ、家に帰ったらお仕置きするけどな』などと考えていたことがバレないようにしないと)という心中の呟きは、幸いにして外に漏れることは無かった。
こうして《バディ崩しの洞窟》の問題は解決したのであった。
謎の男の正体については、次回の後日譚で明かされます。




