黒猫ツバキと「回転こそ我が運命」
お題は「鳥」「扇風機」「歌」です。「扇風機」www。
ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村。
「お姉様! 私、髪型を変えましたの!」
魔女コンデッサ(20代・美人さん)の自宅を、元教え子のチリーナ(現在、魔女高等学校の2年生)が訪れた。
チリーナは、青い髪をツインテールにしている。
普段はストレートに垂らしているのだが、その日はお洒落な感じでクルクル巻きにしていた。いわゆる、縦ロールである。
「頭の両側にデッカいバネが2つ、ぶら下がっているみたいだな」
「お姉様! 酷い仰りようですわ!」
コンデッサの使い魔である黒猫ツバキが、床の上からまじまじとチリーナを見上げる。
そして、一言。
「まるで、ドリルにゃ」
「お黙りなさい! この、駄猫!」
チリーナが怒る。
「だって髪の毛がネジネジしにゃがら、先っぽへいくにしたがって次第に細くなってるにゃ。どこからどう見ても、ドリルにゃ。ツインドリルにゃ。きっと、そのうち回転しだすにゃ。間違いないニャン」
「猫のたわ言など、聞くだけ無駄ですわ。髪が回転することなんて、天地がひっくり返ってもあり得ません!」
チリーナが自信満々に言い切った、その瞬間であった。
ギュルルルル~ンっと快音を響かせつつ、ツインテールが旋回しだした。
「にゃにゃ! ホントに回り始めたニャン! やっぱり、ドリルにゃ」
「きゃ~! ど~して、私の髪の毛がスピンしてますの!?」
「大変だ! ツバキよ、チリーナのドリルによって家具が壊されないように気を付けろ!」
「了解にゃん!」
「お姉様、少しは私のことも心配してください! あと、これはドリルじゃありませんわ!」
「それなら、なんで凄いスピードで自転してるんだ?」
「私にも、訳がわかりません~!」
ギュルルルル~ン!
ツインテールの回転は止まらない。
「ふむ。不可解な現象だな。魔女心がくすぐられる」
「お姉様。何とかしてください!」
「やれやれ。まずは、ドリルに話を訊いてみよう」
「だから、ドリルでは……」
コンデッサは、チリーナのツインテールへ《お喋り魔法》を掛けた。
「おい、ドリル」
『なんだ? 我は今、回転するのに忙しいのだが』
「いや、お前はチリーナの髪の毛の……その房の部分だよな」
『如何にも』
「どうして、旋回してるんだ? 普通に垂れ下がってれば良いじゃないか」
『それは……「回転こそ我が運命」だからだ!』
ツインテールが、誇り高く言い放つ!
ギュルルルルルル~ンと回転速度が増した。
「そ……そうか。運命か……」
「お姉様! 納得しないでくださいませ!」
『落ち着くのだ、我が宿主よ』
「自分の髪の毛が回転しつつ、喋っていますのよ! 冷静でいられる人間のほうが、変ですわ! と言うより、なんでアナタは意思を持ってますの!? 髪でしょう? 髪の束でしょう!?」
「チリーニャさん、自分の髪と喋ってるニャ。クルクルしている髪の毛と。まさに、くるくるパ~だニャン」
「あの駄猫をヤッておしまいなさい! 私のドリル」
『承知したぞ! 我が宿主』
「ニャ~! ドリルが襲ってきたにゃん」
コンデッサはツバキをひょいと持ち上げ、己の頭の上に載せた。
チリーナは、コンデッサより背が低い。ツインドリルは先端部分を前方斜め上へ向けながら、回転しつづける。
「ところでドリル……じゃ無かった、チリーナの髪の毛。何故、回転するのが、お前の運命なのだ?」
『我は……かつて、扇風機だったのだ』
「〝扇風機〟とは何でしょう? ご存じですか? お姉様」
ツインテールを旋回させつつ、チリーナがコンデッサへ問いかける。
「旧世界に存在したと伝わる、涼風装置の1つだな。何でも、電気によって羽根を動かし、風を起こすとか……」
コンデッサが、古代文献より仕入れた知識を披露する。
『我は、あるご家庭で使用されていた扇風機であった。夏限定ではあったが、我は大人気であった。我の前は特等席であった。家族の誰しもが、争って我の前に来たものだ。我は愛され、幸せであった。来る日も来る日も、我は家族みんなの為に風を送りつづけた。羽根を回転させつづけた。だが……』
キュル~ンと、ドリルの旋回の勢いが弱まる。
『我は、ついに故障してしまった。寿命を迎えた。扇風機としての生を終える間際、我は誓ったのだ。「生まれ変わっても、回転しつづけるのだ!」と』
「迷惑な誓いにゃん」
「次の生では、我はレコードであった」
「レコード?」と首を傾げるチリーナへ、コンデッサが「旧世界における、音楽の再生装置だよ」と説明する。
『我は円盤を回転させ、録音していた歌を人々に提供し、楽しんでもらった』
「良かったのニャ」
『また次の生では、我は飛行機のプロペラとなっていた。旋回することによって飛行機を浮かせ、鳥のように空を飛ばせた』
「偉いニャ」
『またまた次の生では、我は回転座椅子となっていた。あるご家族が購入してくださり、我は張り切った! しょっちゅう自力で回転していると不気味がられ、返品されてしまった』
「ダメにゃ」
『お子様は喜んでくれたのに』
「ダメじゃないのかニャ?」
『ご老人は、ギックリ腰が悪化してしまった』
「やっぱり、ダメにゃ」
キュルルル!!!
ツバキのダメ出しに反発するかのように、錐揉みスピードを急上昇させるツインドイル。
『「回転しつづけたい!」との強き思いは、何度生まれ変わっても消えることはない。そして気付いたら、我はドリルとなっていたのだ』
「ドリルでは、ありませんわ! ツインテールです」
『宿主も、先程は「ドリル」と口にしていたではないか?』
「あ、あれは……」
『ドリルならば、回転するのみ。回転しないドリルは、ただのドリルなのだ』
「意味不明なのニャ」
ギュルルルルルルル~ン!
『回る~回る~回る~デスティニー~♪』
「やめて~、歌わないで~」
チリーナ、涙目。
「もう、メチャクチャにゃん」
「チリーナ。髪型を、もとに戻せば良いんじゃないか?」
「そうですわ!」
チリーナが自身の髪に手を伸ばすが、ドリルは抵抗する。
『宿主よ。悪いが、我は回転を諦めるわけにはいかんのだ。回転こそ、我の〝存在理由〟なのでな』
「こじらせすぎニャ」
「お姉様~」
「仕方ないな~」
コンデッサがチリーナの髪に魔法を掛ける。
動きが止まっているうちに、チリーナはツインテールをストレートに戻した。
『おのれ……たとえ我を消滅させたとしても、きっと第2、第3のドリルが……』
「あきらめが悪いニャン」
プシュルルル……パフッ……シ~ン……。
「お、〝回転する意思〟が消えたぞ。おそらく、別のところに生まれ変わったのだろう」
「助かりましたわ、お姉様。メイドたちが常々『お嬢様。髪型を変えるなら、慎重に』と言っていたのは、本当のことだったんですわね。ヘアスタイルチェンジが、これほど危険だとは思いもよりませんでしたわ」
「こんな異常事態、めったに起こらないがな」
「そもそも、起こること自体がオカしいにゃ」
ツバキが、コンデッサの頭の上からピョンと下りる。
安堵の溜息をついたチリーナは何事かを思い出したのか、急にニヨニヨしだした。そして小声で、独り言を口にする。
「けど、私が考え抜いた秘密計画――《髪型を変えて、新しい自分をアピール。意中の相手をビックリ、ドキドキさせちゃおう! 運命の人との距離が急接近すること、間違い無し》作戦は、成功したと言えるかも」
「〝意中の相手〟〝運命の人〟とは、いったい誰のことだ? チリーナ」
「……お姉様、ビックリなされましたか?」
「ああ、ビックリした」
「ドキドキしましたか?」
「ああ、ドキドキした」
「やりました!」
「仰天して、呆れ果て、アホらしくなって、『しばらくコイツとは距離を置こう』と思った」
「作戦は失敗にゃ」
♢
後日、コンデッサとツバキが村の外れを散歩していると、村人が話しかけてきた。
「これは、コンデッサ様とツバキちゃん。ご機嫌よう」
「水車小屋の管理人さんですか。最近、新しい水車を設置されたそうですね。具合はいかがですか?」
「いや~。新品の水車は、最高です。どんな時でも調子よく動いてくれるので、大助かりですわい。不思議なことに、水量が少ない日でも回転するのです。ひょっとして自力で回っているのではないかと、疑ってしまいますわ。ハッハッハ」
豪快に笑う村人と別れ、コンデッサとツバキは歩き出す。
「ご主人様。あれって……」
「ツバキ。知らないほうが良いことも、世の中にはある。皆が幸せなら、それで良いじゃないか」
「もっともニャン」
「それにしても、生まれ変わり……か。〝輪廻〟も、回転の一種ではあるな」
コンデッサは感慨深げに呟いた。
髪は女の命……でも本当に命が宿ったら、超・困りますね。




