黒猫ツバキと、うな重をこよなく愛する男
お題は「坂道」「太陽」「天然」です。
ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村。
ある日、魔女コンデッサ(20代の美人さん)は、村の外れにある街道を散歩していた。お供は、使い魔である黒猫のツバキ。
「ご主人様、行き倒れさんが居るニャ」
道端に、痩せ細った男が倒れている。
「どうした!? しっかりしろ」
「行き倒れさん。大丈夫かニャ?」
「う……」
「う?」
「うにゅ?」
「うな重を……食わせてくれ……」
ドサ。スタスタスタ。
コンデッサは男を放置して、歩き出した。ツバキも後に続く。
「女と猫! 息も絶え絶えな俺を、見捨てていくのか! この薄情者と薄情猫!」
「やかましい! こういうシチュエーションでは、助けられた人物は通常『喉がカラカラだ。水を一杯』とか『お腹がペコペコだ。パンを一切れ』などと言うもんだ。何をいきなり、うな重を要求してんだ! 厚かましいにも、程がある」
「そ~ニャ、そ~ニャ」
「深い訳があるのだ。話を聞いてくれ」
「しょ~もない事情の予感が、ヒシヒシとする。関わりたくない。さらばだ。そのまま地面に転がっていれば、いつか良い人に巡り会えるだろうよ。幸運を祈る」
「行き倒れさん。お元気でニャン」
「待ってくれ! ほんの一口だけで良いんだ! うな重を食べさせて欲しい。それが無理なら、せめてうな重の匂いだけでも!」
「その執拗なまでのうな重へのこだわりは、何なんだ?」
「ご主人様。行き倒れさんは、深入りすると面倒くさいタイプの人にゃん。無視するニャ」
「そうだな」
「頼む! 麗しきレディに、世にも美しき毛並みを持つ黒猫よ」
「この私が、そのような見え見えのお世辞に引っ掛かるとでも思ったか?」
「そ~ニャ、そ~ニャ」
♢
麗しきレディと世にも美しき毛並みを持つ黒猫は、男を村の食堂まで連れて行き、うな重を食べさせてやった。
「このうな重、味はマァマァだが、小骨が多少混じっている点がマイナスだな」
「他人の金でうな重を食っているくせに、文句を付けるとは、怪しからんヤツだ」
「全くだニャン」と述べつつも、うな重のご相伴に与れたツバキはご機嫌だ。
「馳走になった。魔女様と黒猫殿、感謝する」
「それで、お前がやたらとうな重を求めてきた理由は何だ?」
「俺は、うな重評論家なのだ」
「うな重評論家?」
「何? それ?」
「世界中のうな重を食べ歩き、その地その地のうな重の出来映えを慎重に吟味し、世に発表する仕事をしている」
「そんなニッチな職業があったのか……」
「初耳にゃん」
「俺は、うな重評論家の頂点に君臨する男として、長い年月に渡って名声をほしいままにしてきた。『ウナギの太陽』とまで呼ばれていた」
「お前の存在など、私は今の今まで知らなかったぞ」
「うなぎ界限定の名声だ」
「随分と狭い世界ニャン。それに『ウナギの太陽』とか、ダサすぎるネーミングにゃ。ウナギさんが直射日光に晒されて、干からびているイメージしか湧かないニャン」
ツバキの発言を、男はスルーする。
「だが、ある時、俺は致命的なミスを犯してしまった。提供されたうな重のウナギが養殖モノだったにもかかわらず、天然モノと勘違いしてしまったのだ!」
「ほぉ」
「うなぎ界において、天然モノと養殖モノを間違えるのは、大いなる恥なのだ。俺のうな重評論家としての評判は、坂道を転がり落ちるように低下してしまった。俺の栄光を称えていた人々も、ウナギのようにヌルヌルと離れていった」
男は自嘲する。
「当然、収入は激減し、日々に食するうな重にも事欠くありさま……」
「いや。フトコロが寂しくなったのに、なんでうな重を食べようとするんだ? 食費が掛かりすぎるだろう? 普通のご飯を頂けよ」
「俺は痩せても枯れても、うな重評論家。うな重以外は口にせんのだ! ギリギリ許せるのは、うな丼とウナギの蒲焼き、あとはハマナー湖名物のナイトスイーツ・うな◯パイのみ」
「それでお金が無くなって、行き倒れてたんニャ」
「しかし、ウナギ料理ばっかりの食生活なんぞ、身体に悪すぎないか? スタミナはつきそうだが……」
「そこは、サプリメントで栄養補給している」
「妙にせせこましいニャン」
「で、これからどうする気だ?」
「実は明日、王都で《ウナギをいっぱい食べようフェスティバル》が盛大に催される予定となっていてな」
「盛大? 聞いたことがないが?」
「うなぎ界限定で、盛大なんだ。王国中より、ウナギ料理人やウナギ評論家、ウナギの食通たちが王都に集い、うな重やうな丼や蒲焼きを食いまくる。ウナギ達にとっても、世にも晴れがましい日だ」
「ウナギさん達からしてみれば、ただの受難の日ニャン」
「フェスティバルの一環として、ウナギ評論家・選手権大会が開かれる。ここで勝利を収めさえすれば、俺の名誉が回復することは間違いないんだが……」
「そうか。頑張れよ」
「ファイトにゃん」
「けれど、旅費が……」
チラチラとコンデッサを見遣る男。
「いくら何でも、そこまでは助けないぞ」
「図々しすぎるにゃん」
「お願いだ! 絶世の美貌を誇る魔女様と、世界一賢い黒猫殿」
「そんな安いおべっかに乗せられる私だとでも、思ったか? 侮るなよ!」
「そ~ニャ、そ~ニャ」
♢
絶世の美貌を誇る魔女は、男を王都へ《転移魔法》で連れていった。世界一賢い黒猫も、ついていく。
「ここが《ウナギをいっぱい食べようフェスティバル》の会場か」
「人が、たくさん居るニャ。それに、ウナギさんの良い匂いがするニャン」
「催される選手権の部門は、5つ。料理人部門・評論家部門・接客部門・出前部門・お客様部門だ」
「出前部門とお客様部門というのが、良く分からないのだが」
「出前部門では、如何に迅速に、ウナギ料理を注文主のところまで届けることが出来るのかを勝負する」
「それ、単なるスピード競争にゃん……」
「お客様部門においては、出されたウナギ料理をどれほど美味そうに食えるかを競っている」
男が指さす方向では、丁度、ウナギ選手権大会のお客様部門が開かれていた。
「この芳醇なタレ、巧みな焼き加減、柔らかいウナギの食感、舌の上でトロける風味……脂ののった至高のウナギは、まさに絶品!」などと、大会出場者が絶叫している。
「食べながら叫ぶとか、お行儀が悪すぎるニャン。美味しい料理は黙って味わうものにゃ。感想は、食後に語れば良いのにゃ」
「猫に正論を述べられるとは、耳が痛い。では、俺は評論家部門にエントリーしてくる」
「まぁ、ほどほどに頑張ってくれ」
「ほどほどに応援してるニャン」
男は出品されたうな重を一口食べただけで「ウナギはハマナー湖の天然モノをビンチョー炭でジックリと焼き上げ、タレはチバのチョーシ地方の醤油を使用、米はアキータコマーチをふっくらと炊きあげて……」と言い当て、見事に優勝した。
「凄いニャン。行き倒れさん、1位になったニャン」
「ああ。出場した評論家は3人しか、居なかったけどな」
♢
1か月後。
散歩していたコンデッサとツバキは、路辺で地面に突っ伏している男を発見した。
「あ、前に行き倒れていた人にゃん」
「選手権で優勝して、名声を取り戻したんじゃなかったのか?」
「うう……魔女様と黒猫殿か。確かにあの後、俺はうな重評論家の坂道を再び駆け上がり、『ウナギの太陽』として復活できた。だが、よく考えると、うな重評論家に舞い込む仕事の依頼など、ほとんど無いのが実状だったのだ」
「納得」
「これまで、どうやって生活費を得ていたのかが深い疑問だニャ」
結局、男はウナギ料理以外の料理もレポートする、グルメの評論家となった。
太陽とて、生きていくためには妥協が必要なのである。
中世ヨーロッパ(?)風異世界で、うな重……(汗)。




