黒猫ツバキと危険度MAXな誕生日プレゼント
お題は「姉」「万華鏡」「執念」です。
チリーナのためにあるような、お題……。
ここはボロノナーレ王国の端っこにある村。
ある日、魔女コンデッサ(20代前半)の家へ宅急便の配達人がやって来た。
「ちわ~。王都からのお届け物です」
「やれやれ。レンズ屋め、やっと注文していた品を仕上げてくれたか」
コンデッサが商品を受け取りつつ、呟く。
「ご主人様、それ何にゃ?」
配達人が帰ったあと、黒猫ツバキがコンデッサへ尋ねた。
この猫、コンデッサの使い魔である。使い魔だから、猫なのに喋れるのである。
「ああ。少し前に、チリーナの誕生日会があったよな?」
「ご主人様が出席しにゃかったから、チリーニャさん、スゴいガッカリしているはずにゃ。ご主人様はお仕事だったので、仕方無いけど」
伯爵令嬢のチリーナは現在、魔女高等学校の2年生。小学生時代にコンデッサに家庭教師をしてもらって以来、コンデッサを実の姉のように、いや、実の姉以上に慕っているのだ。ちなみに、チリーナは1人っ子。
「遅ればせながら、チリーナへプレゼントを渡すことにしたんだよ。そのための商品を王都のレンズ屋に依頼していたのさ。それが今日、届いた」
「チリーニャさん、きっと大喜びするにゃ」
ケースを開けるコンデッサ。
中には、細長い筒が入っていた。片手で持てる程度の大きさだ。
「万華鏡にしては、思ったより地味なデザインだな。黒一色とは」
「黒は、良い色にゃ」
黒猫が、主張する。
ツバキは筒を手に取り、片方の端を覗き込んだ。ツバキは魔女の使い魔なので、視力は人間並にあるし、両手で物を掴んだりも出来るのだ。
筒の反対側の端は、コンデッサのほうを向いている。
「どうだ、ツバキ。美しい映像が見えるだろう?」
「ニャ~」
ツバキは〝ヤレヤレ〟と言わんばかりに溜息を吐く。
「ご主人様は確かに美人さんだけど、自分でソレを言っちゃうのはマズいと思うのにゃ。ナルシストにも程があるニャン。自画自賛は痛々しいのにゃ。客観的評価を重視すべきにゃ」
「何をブツブツ呟いている?」
筒の内部には、コンデッサの顔が大写しになっていた。
燃えるような赤い髪に緑の瞳のコンデッサは、ツバキにとって自慢の主だ。その美貌も才気も、充分に承知している。
けれど、自惚れも度が過ぎると火傷する可能性がある。ツバキは使い魔として、ここは主人を諫めねばならないと考えた。
「ご主人様。〝美〟とは主観的なモニョであって、自分が『美しい』と思っても、他人が同じように感じてくれるとは限らないのにゃ。自己申告は控えたほうが良いニャン」
「ツバキは、また訳の分からないセリフを……。猫には、万華鏡の美しさは理解できないみたいだな。残念だ」
コンデッサはツバキから筒をヒョイと取り上げ、予め用意しておいた箱の中に収納した。綺麗にラッピングし、リボンも付ける。
「さて、今日はヒマだし、チリーナへプレゼントを渡しにいくか」
♢
実は、王都のレンズ屋は大きな業務ミスをしていた。万華鏡の代わりに、間違って筒型望遠鏡をコンデッサのもとへ送ってしまったのである。
望遠鏡といっても、天体用では無くて地上用であるため、倍率は低いのだが。
まぁ、受け取った商品の確認をロクにしなかった、ずぼらなコンデッサにも責任はあるだろう。
♢
伯爵家の屋敷に着いたコンデッサを、チリーナは嬉しげに出迎えた。青い髪のツインテールが揺れる。
「お姉様! ようこそ、いらっしゃいました。ささ、私の自室へどうぞ。猫はお邪魔虫ですけど」
「ご主人様の居るところに、アタシは居るのにゃ」
「駄猫は、もう帰っても結構でしてよ? 私とお姉様は、2人きりでゆっくりと過ごしますので」
「ご主人様とチリーニャさんを2人きりにするのは、何だか危ない気がするのにゃ。今日は特に」
「謂われなき中傷ですわ!」
「猫の予感は当たるのにゃ」
お茶を入れたメイドが下がると、チリーナの私室に居るのは2人と1匹だけになった。
「チリーナ。日が経ってしまって悪いが、誕生日プレゼントだ」
「お姉様!」
チリーナ、大感激。
「今ここで開けても宜しいでしょうか?」
「構わんぞ」
箱の中にあった筒を取りだし、早速その片方の端を覗き込むチリーナ。筒が向いている先には、コンデッサの顔がある。
「こ、これは……」
「ふふ。チリーナ、美しいだろう?」
「美しいですわ……」
チリーナがゴックンと唾を飲み込む。
「キラキラしているだろう?」
「キラキラしていますわ」
チリーナの頬が急速に赤くなる。
「喜んでもらえて、私も嬉しい。チリーナが、いま目にしている光景。それこそが、私からのプレゼントだ」
「プレゼント……。お姉様がプレゼント……お姉様をプレゼント……」
チリーナの声が湿ってくる。
「その世界はチリーナのモノだ。お前だけのモノだ」
「私だけのモノ……」
チリーナが全身を震わせ、モジモジしだす。
「思うがままに独り占めすると良い」
「ほ、本当に宜しいのですか? お姉様は、許してくださるのですか?」
チリーナ、驚愕。そして、念押し。
「勿論だとも。プレゼントした以上、ソレはお前の所有物だ」
「お姉様が……私の所有物……」
「好きなだけ、クルクルしてくれ」
「お姉様をクルクル……」
「堪能しようと、愛玩しようと、秘蔵しようと、高速回転させようと、誰も文句は言わん」
「文句は言わない……」
「言うはず無いさ。ベッドの中へ持ち込んで、抱きしめて寝るのもOKだ」
「……………………」
「大事にしてくれ」
「あ、あ、あ……」
チリーナ、恐慌、惑乱、大興奮。
「ご主人様、ご主人様。何か、チリーニャさんの目つきが変にゃ。あれは、執着の目にゃ。執念の目にゃ。執心の目にゃ」
「チリーナ、大丈夫か?」
さすがにチリーナの様子がオカしいと感じたのか、来客用のソファに座っていたコンデッサが立ち上がる。
自席に腰掛けている令嬢のもとへ歩み寄る、魔女。
「しっかりしろ」
コンデッサがチリーナの肩へ手を置く。
「お姉様……」
チリーナは手に持っていた筒をソッと箱の中へ仕舞うと、緩慢にコンデッサの顔を見上げた。
少女のブラウンの瞳が潤んでいる。いや、血走っている。
「お姉様は、やっぱりお美しい……」
「おい、チリーナ。なにを至極当然の事実を述べているんだ?」
「この美しいお姉様が私のモノ……」
「ハ?」
「お姉様~!!!」
チリーナがピョンと跳び上がり、コンデッサに抱きつく。
「わ~!!! チリーナ、何をする!? 正気に戻れ!」
「予感適中にゃ! チリーニャさん、危険度MAXにゃ!」
「私、お姉様を大事にしますわ! 堪能しますわ! 愛玩しますわ! 秘蔵しますわ! 高速回転させますわ!」
「せんでいい!」
「ニャ~!!!」
ドッタンバッタン。
伯爵家令嬢の突然のご乱行にビックリ仰天したコンデッサであったが、そこは何と言っても天才魔女。《捕縛魔法》によって、チリーナをたちまち縄で縛り上げてしまった。
「お姉様! このようなプレイは、まだ私達には早いですわ!」
「いや、早いも遅いも……」
「お姉様は、私に仰いました! 『チリーナよ。私の身も心も、もうお前のモノだ。辛抱する必要など無い。私も、もはや夜になるのを待ってはいられない。さぁ、ベッドルームへ直行だ。レッツ・百合エンド!』と」
「チリーニャさん。いくら何でも、それは捏造が酷すぎるのにゃ」
小半時の後、コンデッサはようやく、プレゼントの万華鏡が望遠鏡に取り違えられていたことに気が付いた。
♢
後日。
コンデッサは、チリーナへ改めて万華鏡を贈った。チリーナは喜びつつも、お礼の返事に一言付け加える。
「前のプレゼントでも、私は一向に構いませんのに」
「勘弁してくれ。私の身が持たない」
♢
王都のレンズ屋はお詫びとして、前に届けた望遠鏡は返送に及ばない旨を告げてきた。
コンデッサは望遠鏡を覗き込む。レンズの向こうに見えるのは、拡大されたツバキの顔……その琥珀の瞳。
「ご主人様、何が見えるにゃ?」
「そうだなぁ……。万華鏡より美しく輝いているモノ……かな」
最後に、コンデッサがちょっとデレました。
♢「姉」「万華鏡」「執念」でミニ小話
「本当に素晴らしい万華経ですわ……」
「おい、チリーナ。『きょう』の字が間違っているぞ」
「南無コンデッサお姉様……」
「は? 南無?」
「チリーニャさん、ニャニを言ってるにょ?」
「『万華経』という、お経の一節です。『全ての執念から解き放たれ、コンデッサお姉様へ帰依します』との意味があるのです」
「ニャムニャムニャム……」
「ああ、お姉様の身体に後光が差している……」
「それは単に、万華鏡の見過ぎニャン」
「チリーナ! ツバキ! お前ら、いい加減にしろ!」
「ニャム」
「ですが、お姉様への私の愛は1不可思議ほどもあるため、抑えようとしても溢れ出てしまうのです」
「チリーニャさん、『不可思議』って?」
「〝不可思議〟とは、数の単位です。1不可思議は、10の64乗――お姉様、私の愛の深さを分かっていただけたでしょうか?」
「私には、お前の感性のほうが、よっぽど不可思議だよ……チリーナ」
「お姉様とレッツ! 百合パラダイス! なのですわ~」
「結局、チリーニャさんの愛は執念にまみれてるニャン」