黒猫ツバキの置き手紙
今回は、「手紙」短編コンテストに応募したお話です。お題はありません。
『9月12日
拝啓
ご主人様、アタシは家出することにしたニャ。行方を眩ますにゃ。絶対、絶対、ぜ~ったい、探さないで欲しいのニャ。
ど~して、家出するにょかって?
ご主人様。胸に手を当てて、良く考えてみるのにゃ。ご主人様は、アタシに酷い仕打ちをしたニャ。到底、許されない所業にゃん。
確かにご主人様は魔女で、アタシはその使い魔の黒猫にゃ。一介の猫にゃ。でも、猫には猫にょプライドがあるにゃん。ご主人様は、アタシの尊厳を踏みにじったのニャ。
え? そんにゃことした覚えは無い? ご主人様、思い出すのにゃ。
ご主人様は、今月の初めにアタシにこう言ったニャン。「ツバキ。今日から10日連続で、晩ご飯は魚料理だ。お前に、美味しい魚のメニューをご馳走してやるぞ~。期待してろよ!」
アタシは、スッゴク嬉しかったのニャ。お魚の料理は楽しみで仕方がにゃかったけど、何よりご主人様の気持ちに心を打たれてしまったのにゃ。
こんにゃ素敵なご主人様に巡り会えて、アタシはとっても幸せだと感動したニャン。
それにゃのに、それにゃのに……それにゃのに……あの晩ご飯は、何なのにゃ! 10日続けて、目刺しだったのにゃ!!!
……あ、違ったにゃ。9日連続目刺しで、10日目はちりめんじゃこだったニャン!
ご主人様は「目刺しも~立派な魚料理~」とか鼻歌交じりに呟いていたけど、アタシは誤魔化されないにゃ。これは、手抜き料理にゃ。
アタシは目刺しの晩ご飯6日目にして、既に察知していたニャン。ご主人様が、知り合いから大量の目刺しを送られて処分に困っていたことを。
ご主人様は、アタシを余剰在庫処理係に任じていただけだったのニャ。
これは、我慢出来にゃい案件にゃ。
使い魔にも、ストライキを含む雇い主との交渉権は認められているのにゃ。ボロノナーレ王国の《使い魔労働関係調整法》に明記されてるニャン。
家出は、アタシの抗議の意志の表れニャ。探したらダメにゃ。
ご主人様は、アタシの居ない家で1人ぼっちになって、とっぷり後悔すると良いニャ。
ちなみに、この手紙は、ご主人様のお友達の魔女バンコーコ様に代筆してもらってるニャン。口述筆記というヤツにゃ。
バンコーコ様は、ご主人様が留守にしている本日たまたまアタシ達の家に訪ねて来られたのにゃ。
アタシの話を聞いて、とっても同情してくださったニャン。「コンデッサも罪作りなマネをするわね~。せめて、アジの干物ならまだ良かったのに」なんて仰ってくれたのニャ。
すっごく、良い方にゃ。同じ魔女でも、ご主人様とは大違いにゃん。
アタシは、これからしばらくの間、バンコーコ様のお宅に泊まらせてもらうことにするのニャ。バンコーコ様も歓迎してくれるそうニャ。
バンコーコ様の使い魔であるプリンはアタシのフレンドだし、当分はプリンと遊んでるニャン。
ご主人様は、心の底より反省し終えたらアタシを迎えに来ると良いにゃ。
アタシは、寛大にゃ猫にゃ。アタシの心は、雨上がりの道路に出来る水溜まりくらいの広さがあるのニャ。
10日連続で晩ご飯を鯛の尾頭付きにするという条件で、帰ることにするニャン。高級マグロ丼でも良いニャ。高級イクラ丼でも良いニャ。キャビアも許容範囲にゃ。
アタシはバンコーコ様のお家に滞在してるけど、くれぐれも探す必要はないニャ。何が何でも戻らにゃいけど、ご主人様が迎えに来るにょを待ってるニャン。
敬具
ツバキより』
『9月14日
拝啓
ご主人様! ニャンで迎えに来ないのニャ! 昨日、アタシ、ず~っと待ってたにょに! あ、それは嘘にゃ。別に待ってはいなかったニャン。
でも、ご主人様はアタシが残した置き手紙を見て、猛省して、飛んでこなきゃイケなかったのにゃ。
ニャンで来ないにょ? ……ひょっとして、鯛の尾頭付きは無理だったかニャン?
ご主人様の懐具合は、アタシの想像以上に秋の風なのかにゃ~。
致し方ないニャン。要求のレベルを引き下げるニャ。サバで妥協するのニャ。
鮮度の良いサバ料理は、絶品にゃものね~。刺身でも煮物でも焼いても、美味しいにゃん。本サバ~、関サバ~、しめサバ~。サ~バ~は~、威張って~、生き残るにゃ~、サ~バ~イ~バ~ル~。
…………待ってるにゃ。
(注意書き)こにょ手紙はバンコーコ様に頼んで《郵便魔法》で送ったものにゃ。ご主人様は、しっかり読むように。
敬具
ツバキより』
『9月15日
拝啓
ご主人様、遅いのにゃ。遅刻は厳禁なのニャ。
敬具
ツバキより』
『9月16日
拝啓
しょうが無いにゃ~。アタシは賢明にゃ猫だから、ご主人様の収入の乏しさに思いを馳せてあげるニャン。
お魚料理は、サンマで結構なのにゃ。サンマの蒲焼き~、生姜焼き~、竜田揚げ~。
敬具
ツバキより』
『9月17日
拝啓
目刺しやちりめんじゃこ以外にゃら、イワシでもOKなのにゃ。アタシ、本当はイワシは大好物にゃん。脂がのってるイワシ~。
敬具
ツバキより』
『9月18日
拝啓
カツオとか、どうかニャ? カツオのたたきは、お勧めにゃん。
敬具
ツバキより』
『9月19日
拝啓
ボラでも良いニャ。メジナでも良いニャ。マンボウでも良いニャ。
敬具
ツバキより』
『9月20日
拝啓
目刺しでも……ちりめんじゃこでも……カツオブシでも……。
敬具
ツバキより』
『9月21日
拝啓
……………………にゃ~。
敬具
ツバキより』
『9月22日
はいけい
…………………………。
けいぐ
ツバキより』
『9月23日
はいけーぐ
ツバキより』
♢
『9月24日
コンデッサへ
拝啓
貴方、そろそろツバキちゃんを迎えに来てあげたら? 正直、もう可哀そうで見ていられないわ。
ツバキちゃん、家に来た初日は、はしゃいでいたのよ。「この機会に、ご主人様には大いに反省してもらうのにゃ!」とか妙に張り切っちゃって。
翌日は「まだかニャ、まだかニャ。ご主人様は、まだかニャ~」とソワソワしっぱなしだったわ。けど、貴方がその日にはやって来ないと分かると、ガックリしちゃった……。
それでも「ご主人様は意地っ張りだにゃ~。その意地がいつまで持つか、見物だにゃん」なんて強がって。
ところが、待てど暮らせど、貴方からの音沙汰は皆無。
ツバキちゃん、日が経つにつれて、どんどん萎れていくばかり……。
最近では、黒い毛皮で出来たカーペットみたいになっちゃってるの。
初めは面白がってたプリンもスッカリ同情しちゃって「所詮、人間には、お魚に対する私たち猫の愛着の深さは分からないのニャ。使い魔の猫同士で話し合って、《使い魔労働組合》を結成するにゃ!』と叫び出す始末。
いえ、ツバキちゃんを預かるのが迷惑って訳じゃないのよ。ツバキちゃんは、可愛いし。
にしても、そろそろ潮時だと思うのよ。物事には適切なタイミングというものがあるわ。
ぼちぼち、我が家に顔を見せにいらっしゃいな。
ツバキちゃん、大喜びするわよ。カーペットが、たちまちモップになるわ。もしかして、抱き枕、ゴムまりになるかもね。
敬具
バンコーコより』
『9月25日
バンコーコへ
面倒を掛けたな。ツバキはどうしてるかって? 今、リビングのソファでゴロゴロしてるよ。
まったく……本当に、アイツは落ち込んでたのか? 私の顔を見た途端の第一声が「ご主人様! アタシが、あれほど〝探さないで〟と置き手紙に書いておいたにょに。やむを得ないニャ~。アタシが居なくて、寂しかったんにゃね? 仕方ないにょで、帰ってあげるのにゃ』だぞ。
家出娘のご帰還のくせに、まるで凱旋将軍気取りだ。
……何故、迎えに行くのに10日も掛かったのか?
いや。単に10日間ほど、家を空けていただけだ。王都に、緊急の用事で呼び出されていてな。ツバキが家出していたことも、昨日、知ったばかりだったんだよ。
まぁ、目刺しばっかりの晩ご飯は、さすがに不味かったかもしれん。お詫びに、しばらく、ツバキのヤツには豪華なディナーを食べさせてやることにするよ。
はぁ~。私みたいに優しくて親切な主人など、他には居ないよな?
コンデッサより』
♢
『10月某日
拝啓
ご主人様、アタシは家出することにしたニャ。行方を眩ますにゃ。絶対、絶対、ぜ~ったい、探さないで欲しいのニャ。
ど~して、家出するにょかって?
ご主人様。胸に手を当てて、良く考えてみるのにゃ。ご主人様は、アタシに酷い仕打ちをしたニャ。到底、許されない所業にゃん。
確かにご主人様は魔女で、アタシはその使い魔の黒猫にゃ。一介の猫にゃ。でも、猫には猫にょプライドがあるにゃん。ご主人様は、アタシの尊厳を踏みにじったのニャ。
え? そんにゃことした覚えは無い? ご主人様、思い出すのにゃ。
ご主人様は、先月の終わりにアタシにこう言ったニャン。「ツバキ。今日から10日連続で、晩ご飯は肉料理だ。お前に、美味しいお肉のメニューをご馳走してやるぞ~。期待してろよ!」
アタシは、スッゴク嬉しかったのニャ。お肉の料理は楽しみで仕方がにゃかったけど、何よりご主人様の気持ちに心を打たれてしまったのにゃ。
こんにゃ素敵なご主人様に巡り会えて、アタシはとっても幸せだと感動したニャン。
ハンバーグかにゃ? ステーキかにゃ? 照り焼きチキンかニャ? とワクワクドキドキしたのにゃ。
それにゃのに、それにゃのに……それにゃのに……あの晩ご飯は、何なのにゃ!
初日はソーセージ1本、2日目はハム1枚、3日目はソーセージ1本、4日目はハム1枚…………ソーセージ1本とハム1枚を日替わりで、10日間出しただけにゃ!!! しかも、ソーセージもハムも合成肉だったニャン!
断固、抗議なのにゃ~!!!
敬具
ツバキより』
ちなみに、コンデッサには悪気は1ミリもありません……。
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