黒猫ツバキと魔女高等学校生徒会長選挙
お題は「王女」「わたあめ」「かばん」です。
「お姉様。大切な相談事がありますの」
ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村。
ある日、魔女コンデッサの自宅に、高校生魔女チリーナが訪れた。
現在20代前半のコンデッサは、その若さにもかかわらず、練達の魔法使いとして高名を馳せている。チリーナは、彼女の元教え子。数年前に家庭教師をしてもらって以降、未だにコンデッサのことを強く慕っているのである。
「王都から村まで随分と距離があるにょに、良く頻繁に来られるものにゃ。ご苦労様なのにゃ」
コンデッサの使い魔をしている黒猫のツバキが、チリーナへ声を掛ける。
「お黙りなさい、この駄猫。お姉様と私との間にある親愛の絆の前では、距離など障害にならないのです。魔法の箒で、ひとっ飛びなのです」
鼻息が荒いチリーナに、出迎えたコンデッサは目を白黒させる。
「おい、チリーナ。お前と〝親愛の絆〟を結んだという話、私は初耳なんだが。お前との間にあるのは、どちらかと言うと〝長年のくされ縁〟みたいなもので……」
「イヤですわ、お姉様。〝永遠の内縁〟だなんて!」
チリーナは真っ赤な顔になり、イヤンイヤンと首を振る。ツインテールが揺れた。
「そりゃ、お姉様と私は女同士。結婚するのは難しいですけど……でも、私は〝内縁の妻〟では無く、〝正式な妻〟になりたいのですわ」
「チリーニャさん、訳の分からにゃいセリフを口走ってるにゃ」
「いつものことだ、無視しとこう。それよりチリーナ、魔法の箒で長時間飛ぶのは止めておけ。アレは、下半身への負担が大きい」
「お布団に寝っ転がりつつ飛行する魔女は、お姉様のみです」
「飛行を自動モードに切り替えれば、眠っているうちに目的地に着く。とても便利だ」
「ご主人様は、だらけたいだけなのニャ」
「ツバキ、うるさいぞ。で、チリーナ。今日は何の用だ?」
「お姉様。私、次期生徒会長選挙に立候補しましたの」
魔女高等学校では、年に1回、次の生徒会長を決める選挙が行われるのだ。
基本的に2年生の各クラスごとに1人の立候補者を擁立し、会長の椅子を争う。魔女高等学校は3年制なので、1年生と3年生の票をどれだけ獲得できるかが、勝敗の鍵となる。
「2年生は6クラス、候補者は6人です。伯爵令嬢にして眉目秀麗、魔法の達人であり性格は謙虚、人望も厚い私は当然ながら、満場一致でクラスの代表に選ばれました」
「厚いにょは、人望じゃ無くて面の皮にゃ。根拠不詳で意味不明にょ自信満々さは、ご主人様そっくりニャ。『弟子は師に似る』って、ホントーのことだったのにゃ」
「何か言ったか? ツバキ」
「何か言いまして? 黒猫」
「何も言ってないニャ」
「私の生徒会長就任は間違い無しと思われたんですけど、強力なライバルが現れたのです」
「ほぉ、誰だ?」
「ミミッカ王女です」
「ミミッカ様は、確か第8王女だよな。チリーナと同学年だったのか」
「ええ。手強い相手ですわ。このままでは、負けてしまうかもしれません」
「チリーニャさん、弱気なのにゃ。やってみなきゃ、分からないニャン」
「甘いですわね、黒猫。選挙に勝つために必要とされる要素とは何か、アンタは知っていて?」
「実績とか、資質とか、公約内容とかかニャ?」
「そんなの、単なる建前ですわ。全くもって関係ありません。本当に重要なのは、〝3ばん〟です」
「3ばん?」
首を傾げるツバキに、コンデッサが説明する。
「じばん(地盤)・かんばん(看板)・かばん(鞄)を総称し、〝3ばん〟と呼ぶのさ。それぞれ、組織・知名度・資金を指す選挙用語なんだ」
「表面上は『身分無関係』を謳っている魔女高等学校の生徒会長選挙ですが、実際は身分が高くて実家の権勢が大きいほど、有利なのです」とチリーナ。
「現実は非情にゃ」
「伯爵令嬢である私も、さすがに地盤と看板では王女殿下に及びません。ですので、せめて鞄は勝りたい」
「高校の選挙にゃにょに、資金にゃんて要るニョ?」
「当たり前でしょう? 活動費としてはもちろんのこと、選挙に贈賄と買収は付きものです」
「酷すぎるニャン! 学校の先生たちは何をしているのニャ!」
コンデッサがツバキを諭す。
「社会へ出る前に、世の中の不条理さを生徒に教えてやろうという、教育的配慮なのさ」
「配慮の方向性が間違っているにゃ」
「ただ、選挙に使って良い資金の出所は、予め決められているのですわ」
「まぁ、実家の金を使い放題なんて状況を黙認したら、目も当てられない金権選挙になるからね」
「聞くだけ無駄なようにゃ気もするけど、どこで資金を調達するニョ?」
「選挙の1ヶ月前に、学園祭がありますの。クラスごとに出店などの催し物をするのですが、そこでの収益は、そのまま選挙資金に流用することが許されているのです」
「お祭りを純粋に楽しめないニャン」
「王女殿下のクラスの出し物は既に決まっていて、前評判が良いのです。なんでも、和の国の焼きフードを各種、提供するのだとか。『焼き三昧』などと称していますわ」
「どんにゃ食べ物を販売するにょかにゃ?」
「支援者を装ったスパイを送り込み、調べ上げさせたところによると、タコ焼き・イカ焼き・鉄板焼き・タイ焼き・根性焼きといった品々があるそうですわ」
「タイ焼きは……きっと、お魚の鯛さんを焼くのニャ。けど、それ以外が分からないのニャ。タコ焼きって?」
「タコを丸焼きにするんでしょうね」
チリーナが、勝手に決めつける。
「全然、美味しく無さそうニャ。それじゃ、鉄板焼きは?」
「鉄板を丸焼きにするんでしょうね」
「それ、拷問器具にゃ!」
「殿下のクラスの企画は置いといて、問題は私のクラスの出し物が未だ決まっていないことなんですの。お姉様、何か良い案はありませんか? 出来れば初期投資が少なくて済み、莫大な利益を上げられるものが良いのですが……」
「虫の良いこと、言ってるにゃ」
コンデッサが、しばし考え込む。
「そうだなぁ……。和の国の食べ物で思い出したんたが、わたあめとかどうだ?」
「わたあめですか?」
「原料は砂糖だけなので、材料費を低く抑えられるぞ。作り方も簡単だ」
コンデッサはザラメを用意すると、《加熱魔法》と《回転魔法》によって、あっと言う間にその場でわたあめを製作してみせた。
わたあめを試食し、チリーナは跳び上がって喜ぶ。
「珍味ですわ、お姉様! これなら、ミミッカ王女に勝てますわ!」
「良かったな、チリーナ」
「ご主人様は、チリーニャさんに甘過ぎるにゃ。わたあめ並の甘さニャン」
わたあめをペロペロ舐めつつ、ツバキは呟いた。
♢
学園祭の後。
「お姉様、ヤりましたわ! 売上げでは負けましたが、粗利益では王女殿下のクラスに勝ちました! お姉様のおかげです」
♢
生徒会長選挙の後。
「お姉様、申し訳ありません。会長選挙で殿下に負けてしまいました。私は、次点でした」
ガックリ項垂れるチリーナの頭を、コンデッサはヨシヨシと撫でる。
「獲得票数が2位なんて、凄いじゃないか。チリーナ、頑張ったな」
「わたあめで得たお金も、全て使い切ってしまいました」
「わたあめで稼いだ資金だから、溶けやすかったのにゃ」とツバキ。
「王女殿下より副会長の座を打診されたので、お受けしましたの。殿下が仰るには、『長期安定政権の秘訣は、最大のライバルを内側に抱え込むこと』なんだそうです」
「末恐ろしい王女だな」
コンデッサに慰められ、チリーナは元気を取り戻す。「私、副会長を立派に務めてみせますわ!」と胸を張りつつ表明し、帰っていった。
ちなみに将来、ミミッカ王女はボロナーレ王国の次の王となるのだが、それはまた別の話である。
「根性焼き」を注文すると、ミミッカ王女に根性注入棒でお尻を叩いてもらえます。1回につき銅貨5枚。「王女様にお尻をぶって欲しい!」という外来男性や内部の女子生徒が列をなして盛況となりました。