黒猫ツバキと魔女の宴会
お題は「緑茶」「財布」「金字塔」です。
魔女コンデッサ(20代の美人さん)の自宅は、ボロノナーレ王国の端っこの村にある。
寒い冬の日、彼女は朝から居間のコタツに潜り込んで転た寝をしていた。
「ご主人様、またゴロゴロしてるニャン」
彼女の使い魔である黒猫ツバキが、問いかける。
「そう言えば、今日の午後、アタシたちの家に魔女さんたちが集まる予定だったようニャ……?」
「ああ。月に1回開かれる、魔女の宴会ね。今月は私が幹事なので、家で集会をやるよ」
「もう時間が無いのに、アタシたち、何の仕度もしてないニャ」
「ど~せ、顔見知りの魔女が集まって駄弁るだけだ。人数分、おやつと飲み物を用意しときゃ良いさ」
「おやつも飲み物も、無いニャ」
「おやつは先月、大量に貰った煎餅の残りがあるだろ。湿気てしまって、処分に困ってたんだ。それを、出そう。飲み物は、井戸水で充分だ」
「酷すぎるニャ」
突如、魔女バンコーコ(コンデッサの友人)より《メール魔法》で連絡が入った。
『大変よ、コンデッサ! 本日の集会に、ジンキミナ様がいらっしゃることが急遽、決まったわ。貴方、ちゃんと準備を整えてる?』
『も、もちろん、用意は万全だ!』
事態は急転。
「マズいぞ。ジンキミナ様は私の魔法の師匠で、舌が肥えておられるんだ。特に、飲み物関係にはウルサい。何と言っても、王都の闘茶コンテストで、10連勝の金字塔を打ち立てたお方だからな」
「闘茶って、何にゃ?」
「闘茶と言うのは、幾つもの茶を飲んで銘柄当てを競い合う催しだよ。お茶に関する深い知識と、繊細な味覚を持っていなければ、勝者にはなれないんだ。よし、ツバキ! すぐに村の雑貨屋へ行って、1番値段が高いお茶を買ってこい」
「銘柄は?」
「お茶の種類とか、私にはサッパリ分からん。ともかく1番高価なお茶にしとけば、間違いないだろ。急げ!」
「茶菓子は?」
「煎餅を、余さず袋に入れてコタツの中に突っ込んでいる。これで、湿気も少しは取れるはず」
コンデッサは、ツバキに財布を渡す。
がま口の財布の表には、大きく『こんでっさのサイフ・無断で開けたらおしおき』と書かれていた。
美貌の天才魔女コンデッサ。意外と子供っぽい。
「手持ちの現金は、この財布に全て入っている。使い切っても構わん!」
「了解ニャン!」
ツバキは財布を口にくわえて、大急ぎで村の真ん中にある雑貨屋へ向かった。
実は、この雑貨屋。店主の奥さんが大の緑茶好きで、あらゆるブランドの緑茶を常備していることで有名なのだ。
「こんにちは!」
「あらあら、ツバキちゃん。いらっしゃい」
「お茶を買うにゃ! 1番、高いの!」
「あらあら、お買い上げありがとうございます。それで、お代はどちらに~?」
「お金は……」
そこで、ツバキはハッとした。
何故、自分は自由に口を動かして喋っているのだろう? お財布を口にくわえていたはずなのに。
「にゃ~!!! お財布、落としちゃったにゃ!!!」
ツバキは、雑貨屋から家まで、来た道を慌てて戻ってみた。
どこかに財布が落ちていないか、目を皿のようにして探しながら。
しかし、財布を発見できないまま、とうとう家に着いてしまう。
「どうするニャ、どうするニャ」
ツバキは焦った。
コンデッサへ正直に打ち明ける勇気を、どうしても持てない。更に、猶予の刻も無い。
家の中にある自分の部屋へコッソリ忍び込んだツバキは、大切に保管していたブタさん型の貯金箱を取り出す。
その上部には、『つばきのチョキンバコ・つばきイガイがさわったらダメ』と記されていた。
ツバキはトンカチを持ち出し、貯金箱をガチャンと割る。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……。これだけあれば、大丈夫ニャン」
貯金箱の中にあったコインを残さず袋に入れ、それを首に掛けたツバキは再び雑貨屋を訪れた。
「このお金で買えるお茶を、くださいにゃ!」
「あら~、小銭ばかりね。全部で1000ポコポ。ツバキちゃん、これじゃ1番安いお茶しか買えないわよ~」
「そ、それで良いのニャン!」
ツバキは息せき切って帰宅した。もう、魔女の宴会は始まっている。
「遅かったな、ツバキ。お茶は?」
「これニャ!」
ツバキは、お茶の葉が入っている小瓶をコンデッサへ差し出した。
コンデッサは茶葉の名前も確かめず、アタフタとお茶を淹れる。
コンデッサの家の居間には、バンコーコを含めて10人ほどの魔女が集まっていた。殆どがコンデッサと同世代の若い魔女だが、その中に1人、威厳を放つ老婆が居る。
魔女ジンキミナである。
コンデッサは、皆に緑茶を振る舞った。あと、湿気が取れた煎餅も。
ズ~、ズ~、ズ~。
パリパリパリパリ。
居間に、魔女たちが煎餅をかじり、茶をすする音が響く。
「……コンデッサ」
「ハ、ハイ、お師様。何でしょう?」
「この、お茶と煎餅は……」
「心を込めて、供させていただきました。本日の集会のために、半月以上前より準備していたのです」
ヌケヌケと大嘘をつくコンデッサ。
彼女は、未だに茶の味を確認していなかった。
「そうかい……」
ジンキミナの目尻から、ツ~と涙が一筋こぼれ落ちた。
弟子のあまりのチャランポランぶりに、落胆してしまったのか!?
「お、お師様……」
「まさか、あの怠け者で我が侭なコンデッサが、〝茶の心〟の真髄を理解してくれていようとは思わなかったよ」
「え?」
「このお茶の風味……少女時代のワシが、日雇いで稼いだお金で母に買ってあげたものと同じだ。貧家に生まれたワシは、母に出涸らしのような味がする安い緑茶しか贈ることが出来なかった。それでも、母はとても喜んでくれたものだよ。母と2人で賞味期限の切れた煎餅を食べつつ、安物のお茶を飲んだ。あの時の、茶と煎餅の味は忘れられない。母も私も嬉し涙を流していたためか、茶の味は塩っぱかった」
それは、煎餅の塩気のせいです。
「やがてワシは高名な魔女となり、優れた銘柄のお茶ばかり嗜むようになった。安いお茶を、いつしかワシは蔑んでいた。けれど、喫茶において重要なのは銘柄や価格では無い。茶に込められた〝もてなしの心〟なのだ。闘茶三昧の日々に毒されたのか、ワシは茶の味にイチイチ文句を付ける人間になってしまっていた。コンデッサは敢えて安物の緑茶と余り物としか思えないスカスカの煎餅を出すことで、驕り高ぶっていたワシに〝初心へ戻れ〟と忠告してくれたのだね」
「そ、その通りです。さすが、お師様」
安物の緑茶をゆっくりと味わいながら、ジンキミナはシミジミと呟く。
「『魔女の宴会の幹事もロクにこなせない、グータラ魔女』との汚名を被ってまで……。ワシは、良い弟子を持った。果報者だ」
冷や汗だらだらのコンデッサ。部屋の隅で丸くなり、ひたすら存在感を消しているツバキ。
ダメダメ主従である。
♢
集会が終わり、満足しきったジンキミナは帰っていった。
魔女たちも去って、1人残ったバンコーコがコンデッサへ語りかける。
「これ、な~んだ?」
「あ! 私の財布!」
「ここに来る途中、拾ったの」
「ごめんにゃなさい、ご主人様。お財布を落としちゃって、アタシのお小遣いでお茶を買ったのニャン」
「ツバキ……。まぁ、結果的に上手くいったから良いさ」
「でもね、コンデッサ。財布を見付けたのは、本当は私じゃ無くて、ジンキミナ様なのよ」
「え!」「ニャ!?」
「後でコンデッサへ渡すようにと、私に預けてくださったの」
「……やれやれ。お師様は、全てお見通しという訳か」
先程のジンキミナの言動。どこまでが本心で、どこからが演技だったのだろうか?
「お師様には、やっぱり敵わないな」
コンデッサは苦笑いしつつ、肩を竦めた。
緑茶、大好きです。コーヒーも好きです。紅茶も好きです。
※コンデッサはジンキミナのことを「お師様」と呼んでいます。ちょっと、特殊な呼び方だったかな……?