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007 Sランクの価値

「しかし、ギャラリー多すぎないか?」


 それもこれもロバートが一番でかい闘技場スタイルの訓練場を借りたせいだ。

 すでに軽食、飲み物をだすギルド職員や賭けを取り仕切る業者がせっせと商売をしていた。


「やっぱり面白いことになったわね?」

「今回はほとんどエリスによる人災だからな?」

「まぁまぁ、ホノカちゃんにもプラスはあるんだから、いいじゃない」


 ほのかはどこか興奮した様子でコロシアムを見つめる。


「ぁ……あの、すみません。アツシさんは大変なのに」


 まあ確かに、実戦を見ておけるのは今後のためにはなるか。


「気にするな。しかしそうなると、恥ずかしい真似はできないな」

「むしろアツシは地味な部分を気をつけなさいな。華のない勝ち方では納得しないわよ?」


 エリスの言う通り、オッズを見ると向こうの圧倒的優位。こうなると万が一番狂わせが起きた時に中途半端では苦情がでる。


「華かぁ……」

「間違ってもハクなんて呼んじゃダメだから」

「だめか?」


 ハクは最も付き合いの長いパートナーだ。


「神獣クラスの相手が、あんな気持ち悪い小男にできると思うの?」


 まあそれは確かに思わないが、ボロクソ言うな。


「ロバートは完全な長距離砲なんだから、全部攻撃受け切った上でハクより目立ったのでとどめを刺してあげればいいじゃない」

「エリスのパートナーみたいにか?」

「確かにインパクトとしては十分だけど……」

「そしたらまぁ、似たようなもん使うか」


 エリスは俺の師匠ではあるが、俺も奇蟲使いの師匠でもある。

 だが今回はエリスの良心がそれを阻止する形になった。


「ホノカちゃんもいるんだし、普通に竜とか見せてあげましょう。あなたも最初は喜んでたじゃない」

「ああ、それは確かに」


 異世界といえば竜だな。


 ◇


「素直に頭を下げておけば良かったものを……」


 ファンサービスに熱心なロバートはすでに闘技場にいた。


「お互いにスキルや魔法の使用は問題ないんだな?」

「もちろんだ。もっとも、たとえ剣だけの戦いでも負けるつもりはないがな。場数が違うんだよ、場数が」

「そうか」


 立ち去ろうとしたが、向こうは話し足りないらしい。


「良いか? Sランクというのはな、お前ごときでは想像もつかない世界で戦っておる」

「はぁ……」


 観客にとっては嬉しいサービスのようで盛り上がりを見せている。


「お前は知らないだろう? 終わりなき水の世界! 空を飛ぶ100の魔物! そして何より、それらを蹴散らす快感を!!!」


 叫ぶたび観客の歓声が湧き上がる。


「見せてやろう! これがSランクの魔法だ!」


 天井へ片手を上げ魔法の予備動作に入る。


「見れるぞ! 金色の魔法だ!」

「にしてもあれ、魔獣屋だったか? 死なないか?」

「誰も止めてくれる奴が居なかったんだな……」


 周りの言う通り確かに、普段なら止めてくれそうなやつらはタイミング悪く出払ってたな。


「む……?」

「どうした?」


 右手を宙に向けたまま、ロバートがこちらを睨む。


「何をした?」

「なにも」


 ロバートの魔法が不発に終わったことを確認して距離を取る。周囲も不思議そうにしていたが、すぐに切り替わった。

 お互いに位置についたからだ。


「あの女か……?」


 ロバートはさっきの出来事に動揺しているようだが、闘技場の仕組みを知らないのだろうか?

 周りから干渉を受けるような作りになっているはずがない。


「ふん……まあいい。始まれば小細工はできんからな」


 ロバートはもう少し気をつけるべきだったな。

 戦いはもう、始まっている。


「それでは! これよりSランクパーティーリーダー、金色のロバート対、え? なにこれ? えーと……ぺっとしょっぷ店長、アツシによる試合を開始します!」


 闘技場が歓声に包まれる。

 ギルドとしてこれを正式な興行とすることに決めたらしい。


「それでは両者、位置について」


 ロバートは先程と同じく手を上にかざす。


「はじめ!!!」

「サモン!」

「金色の矢!」


 ロバートは天へ掲げた手をこちらへ向け、無数の光の矢を放つ。それぞれが爆発属性を付与されているためたちまちあたりは爆煙に包まれた。


「これが我が金色の魔法。50を超える魔物の大群を亡き者にした魔法だ。だがこれは初歩の初歩、あれだけの啖呵を切ったのなら、この程度受けきれるな?」


 ロバートの声は拡声魔法で拾われ闘技場を盛り上げる。


「50の魔物って言ったら、ミルアスの奇跡か?!」

「山の魔物が一斉にミルアスの街に押しかけてきたのをたまたま居合わせたロバートさんたちが一掃したって」

「魔獣屋、ちゃんと生きてるか?」


 なるほど。

 山の魔物程度ならこれで十分だろうが、俺が今回呼んだのは魔獣の中でも最硬、メタルリザードの一団だ。矢そのものはもちろん、爆風も含めてまったくダメージを受けていなかった。

 爆煙が晴れたときには呼び出した魔獣たちは地面へ潜り姿を消す。結果。


「無傷……?!」

「嘘だろ!? ロバートさんが手加減したのか?!」

「いや、あんなもん食らったらひとたまりもないだろ?! 紛れもなくSランク魔法だ!」


 手加減ではないことは、観客よりも驚くロバートが証明していた。


「まだ小細工を隠していたか。だがお前が防御に徹している間に次の魔法が完成した。どうだ? ここで頭を下げるならまだ許してやっても良いが」

「全力で撃った魔法で傷一つついてなかった相手だぞ? 頭を下げるのはあんただろ」

「こいつ……!」


 次の魔法は矢ではなく無数の剣と槍だ。威力は見た目通り上乗せされている。

 同じ要領ですべての攻撃を防いでから、今回は手を明かすことにした。


「サモン」


 爆煙を払い、白く輝く金属で身体を覆った生物たちが姿をあらわす。

 そしてその爆煙を一息で払ったのは


「竜……?!」

「しかも白風竜だ!」

「なんだそれ?!」

「竜種の中でも最速の風竜だ! ただの竜でもAランクパーティー3つでようやく相手できるって言われてるってのに、風竜は更に厄介だぞ」

「いや、白ってとこがとんでもない……強さも素材として出回れば国が傾く金額が動くぞ!」


 冒険者からすればそうか。一部の者にとっては大当たりの貴重な素材であり、多くの者にとっては出会った時点で死を覚悟せざるを得ない強大な存在だ。


「ほう……それがお前の自信の根拠というわけか」

「そうだな」


 ロバートも驚いた様子を見せるが、まだ表情に余裕がある。


「お前は私の2つ名を聞いたことがあるか?」

「金色じゃなかったのか?」

「お前は知る由もないことかもしれんが、我々のようなSランク冒険者には複数の2つ名があるのだよ」


 ロバートは自慢の金髭をなでながら上機嫌に話す。


「聞かせてやろう。私のもう一つの名を」


 また手をかざして魔法の準備に入る。


「竜殺しのロバートだ!」


 金の大剣が闘技場の天井まで届く勢いで展開された。


「いいんだな? それがあんたの全力で」

「この魔法を前にまだ強がるか。よく見てみろ。後ろの竜が仮にお前がたまたま従えられた奇跡だとしても、この大きさの剣を受け止められる力はないだろう?!」

「そうか……」

「それが最後の言葉だな!」


 手を振り下ろすと、同時に背後にそびえた巨大な剣が俺たちめがけて振り下ろされる。


「頼んだ」

「ピィ!」


 白竜は可愛らしい鳴き声で答えて上空へ飛び出す。

 自ら黄金の剣に突進するように。


「気が狂ったか!」


 勝利を確信したロバートは笑みすら浮かべていた。その瞬間までが、彼の絶頂だった。


「なっ!?」

「嘘だろ!?」


 白竜の突進は、黄金の剣を砕き散る。


「さて、まだ奥の手があるか?」

「何が……お前、何をした……!?」


 上空には白竜。目の前にはメタルリザードの群れ。


「くっ……一体何が……」


 悔しそうに顔を歪めるロバートにもう一度問う。


「どうするんだ? まだやるか?」

「ふっ……これで勝ったつもりか」


 どうやらまだやる気らしい。


「所詮強いのは周りの魔獣たちだけだ! つまり、お前さえ殺せばいい!」

「それができないからこうなったんじゃないのか?」

「言ったろう!? 場数が違うと!」


 次の瞬間、俺の背後に剣が現れる。


「死ね!」

「それが奥の手か……」


 剣が俺の背に迫る魔法剣は、俺に触れることなく宙に散った。


「は……?」

「あんたもSランクなら知ってるだろう? 魔法の効かない魔獣たち」

「まさか……いつの間に?」

「そもそもあれだけ爆煙に包んでたら、相手が何してたってわからないだろうに……」

「だが、お前は竜を操って……」

「見てなかったのか? メタルリザードたちもいただろ?」

「あの数をすべて……だと!?」


 闘技場に突然野生の魔物が出てくるはずがないだろう……。相手を下に見すぎてそれすらわかってなかったらしい。


「さて、もう終わり、でいいな?」


 背後に白竜を従える。竜も空気を読んで丸腰のロバートに口をあけて近づいた。


「ひぃっ! わかった! 俺の負けだ!!!」


「なんと! アツシが金色のロバートを撃破したぁあああああ!」


 闘技場は阿鼻驚嘆の混乱に陥った。


 ◇


「アツシさん!」

「お疲れ様」


 あれから集まってきた人たちを躱し、2人に出迎えられてようやく落ち着けた。


「すごかったです! 同じSランク相手でも、あんなあっさり勝っちゃうなんて!」

「相変わらず華のない戦いだったけれど」

「悪かったな」


 ほのかはテンションが上っているが、エリスの評価は厳し目だった。


「ま、当然ね」

「そうだな。あれで負けたらギルドに何言われるかわからない」

「え……? そうなんですか?」


 ほのかが首をかしげる。


「アツシはSランクの実力を認められた冒険者。一方あっちは、パーティーでSランク認定されてるに過ぎないの」

「パーティーで……じゃあ」


 ほのかの表情から考えていることが読み取れる。


「ほのかが想像したようにロバートが弱くて周りが強いってパターンもなしではないけど、そういうわけじゃないだろう」

「そうね。ロバートの魔法自体は、Sランク相当の威力はあったでしょうね」

「じゃぁ……」

「問題は防御。俺が相手だったからいいにしても、あれだけ溜めが必要な魔法、戦場に出たら普通は役に立たないからな」

「だから近接戦闘は雇ったパーティーメンバーに任せてるってわけね。そこまでは良かったけれど、相手の実力も考えずに調子に乗ったのがだめだったわね」


 ギルド職員へのあの対応も問題だったし、名の知れぬ魔獣屋ごときに敗れたロバートがSランクを堂々と名乗るには、もう一度実績を積む必要があるだろうな。


「なるほど……」


 単独でSランクになる冒険者は攻守両面が揃っている。


「にしても、うまいことやったな」


 エリスの手元を見てため息とともにつぶやいた。


「ふふ……ホノカちゃんもお金は手に入ったし、しばらく困らないのだからいいじゃない」

「まぁ、いいんだけどな」


 今回の戦いは賭け業者が入っていた。オッズは当然圧倒的にロバートに寄っていたので、2人は大儲けだっただろう。

 景気のいいエリスからファイトマネーと称した分前をもらって、その日はお開きになった。


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