018 新しい店員
1匹だけ残されたボーンソルジャーは、なぜか楽しそうにカタカタ笑うような仕草を見せている。
「なんだ。置いていかれたのか?」
『カタカタ』
首が横に振られた。
「わざと残ったのか」
『カタカタカタ』
嬉しそうに首が縦に振られた。他の魔獣と違って一切表情がわからない。ここまでこちらの主観で感情を読み取らないといけない魔物も珍しいが、今回はかなり分かりやすい相手だった。
要は楽しそうだから残ったんだろう。ほんとに自由すぎるなこの生き物は……。
「まあ、今からまた転移門出すのも面倒だし、色々手伝ってもらうか」
「えぇ?! いいんですか!?」
ほのかは恐る恐るという感じで俺の後ろに隠れながら残ったボーンソルジャーと対峙している。
「店のマスコットになりそうじゃないか?」
「余計入りにくいお店になっちゃいますよ!」
「そうか? 元の世界では爬虫類カフェのトイレに骨の模型置いてあったし、アクセントになりそうだけど」
「爬虫類関係のお店の知識を一旦忘れてください! この世界で唯一のペットショップですよね!? もっとかわいい総合ショップをイメージしてください!」
変わり種のペットショップという点ではまさに理想的なイメージなんだけどなぁ。
ただほのかの指摘を受けて気づいたが、この世界ではこの店が唯一のペットショップなんだな。そう考えるとたしかに、もう少し普通の店として認識される努力はするべきかもしれない。
「とりあえず、せっかく残ってくれたし、荷物の片づけだけでも頼もう」
「本当に帰さないんですね」
『カタカタカタカタ』
恐る恐る、という様子でほのかが俺の影から身を乗り出す。
コミカルな動きのおかげか、自由すぎる彼らの行動の結果か、ほのかの苦手意識は少し和らいできた気がする。
「任せられそうな仕事……また柵を作らせても同じことやらかしそうだしなぁ」
「もうあの光景は見たくないです……」
店の周りがあやしい儀式会場のようになっていた。俺もあれをまた見るのは避けたい。
ボーンソルジャーの学習能力は非常に高いし、任せても多分同じミスはしないだろう。だが、いきなり自分の身体の一部を地面に突き刺し始めるようなやつらだ。油断はできない。
「とりあえずこいつだけに任せるというより、一緒に何かして手伝ってもらう形だな」
「そうですね。それになんか、この子、よく見てみるとかわいい気がしてきました」
「え……」
この短い時間でどんな心境の変化があったんだ……。
さすがの順応性と言わざるを得ない。
「アツシさんの指示だと大ざっぱすぎると思います。私の指示でこの子に動いてもらうので、アツシさんは柵を作っておいてください」
それどころか、ボーンソルジャーの面倒は彼女が見ると提案するくらいだ。もう完全に慣れたな。なにがあったんだ。
あれ? これだとボーンソルジャーより俺の方を心配しているような気もするな? ……まあいい。深く考えるのはやめよう。
「店の中の物、何が何かわかるか?」
「ぱっと見て消耗品なのかすぐに使わないものかとかはわかりますし、わからなければその都度聞きますが、ある程度自由にやっても構いませんか?」
危険なものは……まあケージが積み重なっているのが重いくらいか。
「気をつけてくれればいいよ。絶対に必要なものはだいたい餌コーナーにあるから」
「あそこは……ひとまず置いておきます」
うごめく虫たちを思い出したのか、顔をしかめつつ、ほのかは店内にはいる。
「あ、アツシさん」
店に入ってすぐ、扉から顔だけ覗かせたほのかが声をかけてくる。
「シャワー、借りてもいいですか?」
「浴びるのか?」
「いえ、水換えをしておこうかと思ったんですが、私じゃアツシさんのように魔法は使えないので」
「ああ、そういうことか」
メンテの中でも手間がかかる水換え作業は、魔法のおかげでかなり楽にはなっている。浄化魔法は残念ながら、生体にどれだけ影響があるかわからないので安易には使えないが、それでも汚れたケージや水入れを洗う手間は省ける。魔法の使えるこの世界のメンテは、元の世界に比べて非常に楽だ。
もうちょっと魔法の扱いに自信が持てれば、生体ごとに程よい浄化魔法を調整できるんだろうけどな……。
まぁそれはいい。今まで自分でやっていた清掃作業をほのかがやると言っている。もう店の生体は任せても大丈夫だろうという信頼もあるし、任せることにしよう。
「もしかしたらだけど、ボーンソルジャーも魔法石があればそのくらいの作業はできるかもしれない」
「え、ほんとですか……教えてもらいます」
水の魔法石をいくつかわたしながら使い方を説明した。
というか今までどうして気付かなかったのか。テイムした魔物に手伝ってもらえばメンテも随分楽になるだろう。 状態の確認や状況に応じた対応は俺がする必要があるだろうが、基本的な世話はもっと早い段階で任せても良かったかもしれない。バイトを雇う感覚で。
実際、何度か常連に手伝いを頼んだこともある。どうしても何日か帰ってこられないような用事がある時は、店を任せることもあった。もし魔物がある程度の世話ができれば、その必要もなくなるわけだ。
「しかし、教えてもらうって言ったか?」
いくらある程度意思の疎通ができてもカタカタ首を振るだけの魔物相手にどうやって教えてもらうんだ?
◇
「なるほど! こうやって使うと楽ですね」
無邪気に笑うほのかの手の上には、無重力状態で見られるような水の塊が浮かび上がっている。
『カタカタカタ』
嬉しそうにカタカタ首を振りながら、自分も同じように水魔法を操るボーンソルジャー。
「何だこれ……」
俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。
テイムしたボーンソルジャーたちは器用なやつらだったので、確かに魔法石があれば色々できるとは思っていたが……。 いくらなんでも扱いがうますぎる。こんなもん野生で出てきたらこまるぞ……? この魔物の危険度、もう少し考えたほうがいいかもしれない。
「あっ! アツシさん! 見てください」
俺に気づいたほのかがうれしそうに声をかけてくる。
「それ、魔法石か?」
「いえ、この子に教えてもらいました」
「え……?」
『カタカタカタ』
楽しそうに肩ごと頭を揺らすボーンソルジャー。
「嘘だろ……?」
確かに器用なやつをピックアップしたとはいえ、人間の中でも3割程度しか使えないとされている“人力”の魔法を、目の前で見せ付けられると、戸惑いしかない。
「待て、教えてもらったって言ったな?」
「はい。そうですよ」
「どうやって」
「え? こう、手を重ねて力の流れ? みたいなものを教えてもらって、それで」
「まじか……」
『カタカタカタカタカタ』
得意げに震える骨の魔物。
もちろん魔物のなかには魔法を使えるものもいる。特にアンデッドは長く生き続ける中で姿形が変わるほどの成長を遂げるものまでいる。そういった成長の過程で、魔法を習得することは上位の魔物であれば珍しくない。
だが、ボーンソルジャーが使ったとなれば話が変わる。ボーンソルジャーは死なないことが厄介なだけで、強さでも格でも下位の魔物だ。そんな簡単に魔法を使われたら困る。
ましてそれが人に魔法を教えられるレベル。そしてそれをあっさり受け入れて魔法を発動させるほのか……。どこからつっこめばいいのかわからない。
「お前、ほんとにボーンソルジャーか?」
『カタカタカタカタ』
勢い良く縦に頭が振られる。
かえって怪しいくらいだが、疑ったからと言って話は進まない。この見た目でボーンソルジャーじゃないなら何だっていう話だ。
「アツシさん、この子、名前付けてあげませんか?」
「あぁ……そうだな」
ほのかはすっかりボーンソルジャーを気に入ったらしく名前までつけようとしていた。
名付けを契機にテイムの契約を更新することもできる。
必要があるとき、可能なものだけが召集に応じるという緩い契約しかなかったが、店に置くとなれば一度ここで更新しておいたほうがいいだろう。 そういう意味で名付けは良い判断だ。
「お前も、いいか?」
『カタカタカタ』
縦に首が振られる。
「名前は……」
「待ってください。アツシさん、一応聞きますけどシロとかホネコとかつけませんよね?」
「シロは残念ながらもういるんだよ。ホネコか……」
「何、ちょっとありだな、みたいな顔してるんですか!」
「よくわかったな」
『カタカタカタカタ』
めちゃくちゃ嫌そうだな、ホネコ。
「わかった、じゃあ名前はほのかが決めてくれるか?」
「え?いいんですか?」
『カタカタカタ』
うれしそうに首を縦に振っているし、いいだろう。
「じゃあ、えっと……」
「一応被らないように今までつけた名前、言うか?」
「いえ、大丈夫です」
あっさり断られる。まるでお前のつけるような名前とかぶることはないと言われているようだ。
「決めました」
「お?」
「バアルです」
「それは……」
俺とは正反対の方向に飛んでないか……?
「バアルもそれでいいですか?」
『カタカタカタ』
まあ、嬉しそうだしいいか。
「じゃあ、契約更新といこうか」
『カタ』
イメージを送る。手先の器用さはこちらの予想以上だった。店での働きはかなり期待できると考え、こちらから要求する条件を絞る。
『店に不利益な行動を意図的に取らないこと』
これだけで、たとえば魔物として人を襲うこともなくなるし、店で暴れるようなこともなくなる。
対してバアルからの要求は、『制限の中で自由に過ごすこと』だけだ。
もともと自由なやつらだし、そのまま過ごしたいということだろう。お互いに曖昧で危うさのある契約だが、まあいい。
「これで契約更新だ。これからよろしくな」
「やったね、バアル」
『カタカタカタ』
こうして新たな店員を得て、ペットショップとして新たな一歩を踏み出すことになった。前進と言っていいかは疑問が残るが、ほのかが楽しそうだからまあ、これでいいかと思う。
笑いあってメンテの続きを始めた二人を、のんびり眺めていた。




