異世界メガネ
書きたくて書きました。説明役はいますが、そこまで異世界の実情は描かれていません。
エミンゴ国の午後。執務室に荒っぽくドアを叩いて入ってきたのは、高齢のミュール博士であった。目はキラキラと輝いており、幾らか若返ったような雰囲気を纏っていた。
「つ、遂にやりましたメルメくん!
ワシらはやり遂げたのです! さぁ、これを装着してみて下さい」
「ほ、本当かい。どれどれ……おお、理想通りだ! やった、やったぁ!」
「ありがとう、メルメくん!」
「ありがとう、博士!」
メルメと呼ばれた青年は、博士に負けず劣らず興奮して向き直った。机には書きかけの報告書があり、彼は博士のスポンサーでもあった。博士から手渡された装置を自身に取り付け、研究の成果を実感した。夢にまで見たものを実現した博士に、彼は感謝を告げる。……と、ここで、青年は重要事項について思い出した。
「ところで博士、この装置の名前はどうするんだい?」
「ええ、ええ。決めてありますとも!
神話とかけて"ミッド"です!」
「おお! トュラー神にちなんだのか!
確かに、真実を見通す瞳だものな」
「ハッハッハ」
「わっはっはっは」
「ハッーハッハッハ」
「わーはっはっはっは」
博士と青年は勢いに乗って抱き合い、肩を叩きあった。
この騒ぎに何事かと隣人のマルーニュ氏が駆けつけてくるのは、もう少し先の話である。
___後に二人は、エミンゴ国の大いなる二人と呼ばれるようになった。彼らは、偉業を成し遂げたのである。
月日が経ち、二人が亡くなってから50年を過ぎた頃には、改良に改良を重ねたものが国中に出回っていた。また、これは流行ると睨んだ商人が隣国の客に見本を手渡し、瞬く間にその装置の存在は知れ渡っていく。
−−−−おしゃれにするも良し、視力を補うにも良し……一度は買おう、トュラーのミッド! 一家に何個でも! 一人で何個でも!
一度はおいでよエミンゴに! トュラーのミッド、トュラーなミッド! トュラトュラ〜、トュラトュラ〜−−−−
そんな謳い文句も作られたのだ。
そして"ミッド"が世界中に普及すると共に、ある現象が起き始めていた____
♢
「はっ、何これ……嘘だろ!?
俺が異世界転移とかまじありえねぇ」
そう呟いた、異世界の少年。彼は青くて丸い星のちっぽけな島国で暮らしていた。彼は高等学校に通う"コウコウセイ"で、長期休みの"ナツヤスミ"を満喫していたところ、突如現れた穴からこの世界へ落下してきたのである。
「マジか、マジかぁ……」
にも関わらず掠り傷程度でしかない己を、彼は"ゴツゴウシュギ"だからだろうと結論付けた。そんな事よりも、現在地についての思考が脳を占めていたからである。
ふと彼は、故郷では娯楽として有名なテーマを思い出す。
少年は生唾を飲み込み、緊張した面持ちで空白を凝視した。
「す、"ステータスオープン"」
変化なし。
「"ステータスオープン"!」
変化なし。
「"開けごま"!……"オープンセサミ"!」
言葉を変えても、変化なし。
(ステータス、ステータスぅ……)
念じても、変化なし。
(指に火を灯すイメージ……)
「むっ、むむむむむ……」
力んでみても、変化なし。
「万物の精霊よ、疾風を起こしたまえ……」
それっぽいセリフでも、変化なし。
「はぁぁぁぁ、はぁぁぁぁ……」
謎の構えを取っても、変化なし。
「……何やってんだ俺?」
ちなみに少年の現在地付近には家々が立ち並んでいる。彼の世界で言うところの"ダンチ"を彷彿とさせる造りだ。
空は蒼……くはなく緑である。少年にとって見慣れない空の色。
「いや、そもそも異世界だっていう保証もねぇわ……空は緑だけど」
「いいえ、貴方にとってここは異世界でしょうね。貴方、見慣れない顔におかしな服装ですし。
お名前は? 貴方、どこから来たんです?
過去はありえませんが……別次元の世界から此処に辿り着いた事実については自覚していますよね?」
「な、なんだよお前」
饒舌に語りかけてきた声。その主は、中性的な人物。意志が強そうな赤い瞳は、無表情で一層引き立てられている。
少年は押され気味だ。
再び謎の人物は再び声を紡ぐ。今度は、優しげな声音で、ゆっくりと。
「シャーメル、です。質問に、答えて、ください」
「俺はマコト。"ニホン"という島国から来た。ここは異世界……かもしれないが、どこか俺の世界に似てる気もする」
「なるほどね。服装からして過去人でないのは確かです。それではこの装置をつけてください」
「何これ……」
「身につけましたら、こちらを向いてください」
「うわっ!? ステータスじゃん!」
少年は差し出された"めがね"のような装置を身に着けた。指示されるままにシャーメルを見つめた瞬間、"すてーたす"が浮き上がってきた。
驚き喜ぶ少年だが、瞬く間に
"期待はずれ"だという顔をする。
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シャーメル・ウィール
職業:研究員
(%)
体力 85:異常なし
精神力 90:異常なし
食欲 0:満腹
寝欲 50:眠い
称号
"迷い人"案内人
"大いなる人"の孫
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「なんだよこれ……スキルとかねぇの?」
「……貴方は異世界人ですね。
まぁ"ニホン"という島国出身ならそうだろうとは思ったのですが」
「は? つーか、なにこれ? 眼鏡?」
「いいえ、"ミッド"です。"めがね"とは?
この国の神話には、トュラー神が持つつ瞳は真実を見通す力があるといわれています。
これを"ミッドトュラー"と呼びます。
そこから転じて"ミッド"という名を先人は命名されました」
「……説明ありがと。ほんとよく喋るな」
「案内人ですので」
「はぁ……観光でも___」
一息ついたところで、"ちーと"を諦めた少年。"観光でもしようかな"と言いかけて、重要なことを思い出す。
そう、彼は穴から落下してこの世界に辿り着いたのである。
「俺はもとの世界に帰れんの?」
「どうやってこちらに来たんです?」
「穴から落ちてきた」
「それじゃあもう一度落下してください。来たときと同じようにすると帰れるんです。掘る道具はこれです」
「マジかよ……てか、断言できんの?」
「はい。きちんと実験結果に基づいておりますので。ちなみに"テンセイシャ"の場合は来世に期待するしかありませんね」
「実験結果? まさか、俺以外にも居たのかよ、異世界人……」
驚愕に染まるマコト少年を横目に、シャーメルは剥がれかかった営業スマイルで詳細を述べる。
「ええ。過去・未来・異世界から来る方は居ますよ。なのでこうして案内するんです。
未来人はタイムマシンで来ることがよくあります。よく時空が歪んでいるのでわかりやすいんですよ。……そのせいでしょうか、チラホラと未来人以外も数十年前から湧いて出てくるんですよ。一人見かけたら百人来ると思え、ってやつですね。
尻拭いって、この事を言うんですね」
「うわぁ……ゴキブリじゃねぇか。おとなしく"にほん"に帰るわ」
「掘るの手伝います」
「サンキュ」
少年達は、穴を掘る作業を開始した。スコップで土をくり抜いては外へ放り投げる。またくり抜いては放り投げる、を繰り返す。
少年は汗を拭い、体の土を払った。シューメルは無心に掘り続ける。
幾らか土の山が出来上がった頃、少年はぽつり、呟いた。
「……急に静かになったな」
「……」
「何か返せよ」
「あとは貴方を送るだけですので」
「……そっか」
「それにこの土を片付けることもしなくては行けないので」
「すまん」
「いつものことです」
穴掘りを開始して少し経つと、またもや少年が言葉を発した。そしてそれは、この作業に終止符を打つ言葉でもあった。
「なぁ、これいつまで続ければいい?」
「さぁ?」
「さぁ、じゃないだろ!」
「どのくらいの深さだったのかは分かりかねますので……まぁでも、もういいと思いますんで行っちゃってください。」
「いい加減なモンだな。んじゃ、案内ありがとな。バイバイ」
「はい、さようならっ」
「はっ!? ちょっ----」
その言葉とともに穴に突き落とされた少年。恨み言を叫びながら、吸い込まれるように落下していく。
「あんの、野郎! これで帰れなかったらどーすんだよぉぉぉ−−−−」
穴から飛び出していた声は、穴の向こう側の景色とともに薄れ、消え去っていった。
「野郎じゃないですよ……と。まぁ、もう聞こえていないでしょうが。姿も見えないですし、多分帰ってったんでしょうね。
あーやれやれ、後始末めんどーだなぁ」
だらんとした表情をしつつ、異世界に通じていた穴を埋めていくシャーメル。すでに服は土だらけだ。しかし彼女、いいとこ育ちのお嬢さんだったりする。
「あ~、転職したい〜」
ちなみに、この異世界メガネは、一般人用と職業用で分けられています。
項目は、
・体力
・精神力
・食欲
・寝欲
・性欲
が主です。
性欲に関しては、親しい人に見せるくらいのもので、あんまり需要はありません。
数値を測る基準は、体力テストだったり、医療機関から提出される健康診断結果をもとに、百分率で出しています。
これは人体に対しての項目であり、最近では無機物に対してのものも作られています。
(シャメール談)