6:フラグのゆくえ
「お嬢様、どこに行かれてたんですか!」
自室まで、マシューになんと言おうか悩みに悩みながら歩いているとベルが飛びつきそうな勢いで私の傍にやってきた。
「ごめんなさい。ちょっと外の空気を吸いたくて」
「ちょっと、が長すぎます。急いでお仕度いたしますのでお嬢様はこちらに」
ベルはぷくっと頬を膨らませた後、私をドレッサーの前に座らせた。
私の髪を梳いていく手早くも心地いい感覚に目を閉じながら、私はさっき考えたことを復唱していく。
私、マシューとお友達になりたいわ。
上辺だけの友人ではなく、互いのことを一生信じられるような友に。
だから、お願い。
今よりもずっと親しい友になってくれないかしら?
ポイントは、“友達”を強調すること。
そして、一生私を信じてもらうこと。
ここ、大事。
これで、もしもシルフィアのマシュールートに修正出来なかったとしてもウーゴ・エイデンルートの裁判の悲劇は避けられるだろう。
なんといっても、私のバックには元国王の父と私を信じてくれる宰相殿がいるのだから。つまり、権力のごり押しです。
これで、5分の3の確率で私は生存するはず。
とはいえ、アルトルートに入ってしまうとどうしようもない問題は残っているので油断は出来ないが。
「……ま。お嬢様、聞いてますか?」
「え?」
マシューについて考えすぎていたため、ベルの話を無視していたらしい。
ベルがまた可愛らしく頬を膨らませると、
「だから、マシュー様は今日お嬢様に婚約を申し込むんじゃないかって王宮で噂になっていますよ」
爆弾を落としてきた。
「はあああ!? マシューが、なんで私に!」
ていうか、そんなことウーゴは一言も教えてくれなかった!!
言ってくれたら意地でも屋根によじ登ったのに!!
「どうしてって。マシュー様ならお嬢様の身分に相応しいお方ですし、お顔と性格をとっても、凛々しく聡明でおられてお嬢様と並んでも何の遜色もございませんよ。あぁ、お美しいお二人のご結婚。……お生まれになるお子様もそれはもう可愛らしくて……」
「待って。特に後半、私たちまだ11歳だからね」
頬に手を当てて、生き生きとマシューについて語りはじめるベル。
気持ちはめちゃくちゃわかるし、私にもマシューについて語らせてほしい。
ああ、朋ちゃんと一緒に『パンドラ・プリンセス』について語り明かした日が懐かしい。
「とにかく! この国にマシュー様以上のお方は居られませんよ。昨日だって、お嬢様を優しくエスコートされて、その上お嬢様を見つめるあのお顔……素敵でしたわ」
「たしかに、あの顔とあのエスコートはずるい。私、元々マシューのこと推してたから全感情が萌えで死滅するかと思った」
「推し……萌え……? つまり、お嬢様もマシュー様のことを少なからず想われているのですか?」
「ハッ……! 今のは忘れて」
なんて、考えていたらついつい朋ちゃんに話すみたいに話してしまった。
「……ベルがそう言ってくれるのは嬉しいけど、マシューの相手は私じゃ駄目なのよ。お互いにとって」
友達にはなりたいけど……
婚約者。
それは、困る。
もし私が現実に戻れた時ヘンリエッタも困ると思う。
というか、この夢みたいな現実はいつ戻るんだろう。
美少女貴族体験が出来ることが楽しくて深刻に考えてはいなかったけど、戻った時に浦島太郎状態だと嫌だなあ。
私は朋ちゃんとグダグダ言いながらお酒を飲みたいし、お母さんの味噌汁も飲みたい。
当たり前なんだろうけど、スープを頼んだら味噌汁じゃなくてコーンスープやジャガイモのスープが出てくるんですよ! 日本人としては辛い。美味しいので文句は言えないですが。
ゲーム軸が終わったら、元の世界に戻れるのかなぁ。
「もしや、お嬢様には他に好いておられる方が!?」
「え?」
ベル、まさかの超解釈。
深刻そうな顔してたからかな。
安心して!!
味噌汁のことしか考えてなかった!
「それならそうと仰っていただければ……。ああもう私もなんで気付かなかったんでしょう」
「ベル、あのね――」
「私、マシュー様にお伝えしてきます!」
言うが早く、ベルが部屋を飛び出していく。
支度は……終わっている。
今日の髪型はハーフアップ。これはこれで可愛い。
じゃなくて!!
急いで、ベルを追いかけるように廊下に叫ぶ。
「私が好きなのは、マシューだから!!」
誤解を招くかもしれないけど、ここは譲れない。
昔、朋ちゃんに、「ごめん、アルトが一番好きなんだと思ってた」って言われたときはめちゃくちゃ悲しかったもん。
私がアルト推しだと思っていた間、どんな気持ちで私のマシュー愛を聞いてたの朋ちゃんよ……。
ということで推しキャラの勘違いだけは、駄目絶対。
「……あの、それは本当ですか?」
「本当よ!」
かけられた声に間髪入れず返して、絶望。
ごめん、訂正させてください。
この際、アルト推しでいいです。
目の前のマシューに聞かれるくらいなら。
× × × × ×
「とりあえず、中でお話します……?」
私の返答を聞いて、固まったままのマシューを私の部屋に招いたのはいいけれど。
「……」
「……」
沈黙がいたたまれない!!
耳まで真っ赤にしたマシューに今話題を振ることもできないし……。
さっきの言葉は嘘だよ、まさか本気にしちゃったの~?
なんて言える空気でもない。というか、言うべきなのは分かってても、私のこと好き好きオーラ駄々洩れのマシューに言う勇気がないです。推しの悲しい顔、見たくない。
マシューの真後ろに控えている、ベルはベルで私たちの様子をニコニコと見つめている。
ベル、助けて。
「……リタ」
「は、はいぃっ!」
ベルに届かないSOSを送っていると、マシューが私を見つめていた。
「僕はずっと勘違いをしてました。リタは、意地悪だって」
うん、勘違いじゃない合ってる!!
正解、大正解!!
「でも、それは僕への気持ちからだったんですね。……さっきは先に言わせてしまいすみません。僕からもちゃんと言います」
違う違うよ!!
言わなくていい、言わないで!
慌ててブンブンと首を振るが、マシューの決意は固そうだ。
その上、ベルはベルで、恥ずかしがって~、みたいなジェスチャーを送ってくる。
「僕は、リタと婚約――「友達!!!!!」
「「は……?」」
突然大声を出した私にマシューとベル、二人そろって声を出すが構わず続ける。
「友達。私、マシューのこと友達として好きよ!」
「え?」
「さっきもそう。……マシューは優しくて私の友人にはもったいないくらい素敵だわって話していただけなの。ねえ、ベル」
「お嬢様……それは」
「そうよね、そうとしかありえないわよね。そうでしょ、ベル」
「は、はいぃ!」
こんな時、キツイ顔が役立つとは思わなかった。
マシューは後ろに立っているベルの表情を見ていないので私が単にベルに話を振っただけと思っているだろうが、視線を向けられたベルはカタカタと震えている。
怖がらせてごめんね、ベル。
後で美味しいお菓子をあげるから許して。
ベルに心の中で謝りながら、マシューに向き直るとまだ納得がいかない顔をしている。
こうなったら、ゴリ押しだ。
「だからね」
目の前のテーブルに置かれたマシューの手にそっと私の手を重ねて握る。
相手はびっくりしているけど、今の私は美少女なので合法です。信じてください。
誰に言い訳をしているのか分からないことを考えながら、ゆっくり息を吸って言い切る。
「私、マシューと改めてお友達になりたいわ!」
「と、友達?」
「そう! 上辺だけの友人ではなく、互いのことを一生信じられるような友に」
相手が怯んでいる。
このままいける!
「お願い。今よりもずっと親しい友になってくれないかしら?」
ふう、やり切ったよ。
といっても、ただのゴリ押しだけど意外とアドリブ能力は高いんじゃないか自分。
とどめのもう一押し、という感じに微笑むとマシューはちょっぴり残念そうな声で、
「友達……友達……」
と呟いている。
その表情に心がチクリとする。
好奇心からバッドエンドを見てしまった時の心境になりそう。
「……分かりました。それでは、友達から始めましょう」
うん、始めるんじゃなくて友達で終わるつもりだよ!
と、心の中で突っ込みながらも手のひらを握り返してくれたマシューの気持ちが嬉しいので野暮なことは言わない。
……それにしても、ゴリ押し凄い。
これから何があってもゴリ押しで、なんとかなるんじゃないかな。
よーし、無理難題どんとこい!
物理的に殴ってやる!
と、思ったのがフラグでしたよね。