4:クエスト【恋のキューピット】失敗
シルフィアを人気のない裏庭に連れ出すことに成功した私は、シルフィアの髪飾りを奪い取って勢いよく上に投げる。
「あ……!」
「ごめんっ!」
悲しそうな顔のシルフィアに咄嗟に謝ってしまったけれど、予定通り高すぎず低すぎない木の枝に引っかかったので良しとしよう。
ここで、シルフィアは靴を脱いで木に登ってマシューに出会ってくれるはず……。
後は頼んだよ、シルフィア!
「うぅ、私木になんか登れない……」
あれー?
二人が出会う様子を茂みから覗き見ようとして、気が付く。
シルフィア、全然木に登れてない!!
一歩目から分かってないじゃん、あれ。
大丈夫かな……。
大丈夫だよね、うん。
ゲームではするする登ってたし。
「誰かに頼むしかないのかしら」
大丈夫じゃなかった!!
「待って!」
自力で取ることを諦めた様子のシルフィアを私は全力で止めに行く。
簡単に諦めちゃだめだよ!
フラグが折れちゃうでしょ!!
「私が教えるから登りなさい」
「は……?」
きょとんとした顔のシルフィアの目の前で、靴を脱いでドレスの裾を軽く結ぶと木の前に立つ。
偉そうなこと言ったけど、私も木登りなんて十何年ぶりなので上手く登れるかな……。
「まず、最初の足はここ。それで手はここでしょ……」
シルフィアに見せながら、登っていく。ブランクがあっても意外と登れるもんだな。
あっという間に、髪飾りの引っかかった枝の反対側の枝まで到達した。
というか、勢いで登っちゃったけど髪飾りをぶん投げた奴が木登りを教えるって異様な光景すぎるよね。
……もしかして、ゲームではカットされているだけでヘンリエッタもこんなことしてたのかな。
だとしたら、シュールすぎません?
「ほら、シルフィアやってみなさい」
「……え、あ。はい!」
私の奇行を未だ口を開けて見ていたシルフィアは、恐る恐るではあるが木に足を掛けた。
素直だな……。こっちとしてはありがたいけど。
「そう、次はここの窪みに足を置いて」
「うぅ……」
苦悶の表情を浮かべながら、徐々に髪飾りに近付いているシルフィア。
頑張れ、頑張れシルフィア!!
これを乗り越えたら君は、未来の宰相夫人だよ!
ほら、あと一歩!
と、心の中で応援しながら見つめているとシルフィアが隣の枝までやってきた。
「はぁ、着きました……」
額に汗かいて、シルフィアは髪飾りを大事そうに拾った。
「良かったね、頑張ったねシルフィア!!」
「え、危なっ」
シルフィアの頑張りに感動して、思わず前のめりになったのが悪かった。
「あっ、やば」
その瞬間、バランスを崩した私の身体は木の枝から離れて宙を舞う。
うっかりすぎる……!
死ぬ……というか何このデジャヴ。
今からでも遅くない、シルフィア変わってください。
「ぎゃっ!!」
ガサガサッと音を立てて落下した私だけれど、茂みの中に落ちたからか意外と痛くはない。
小さいひっかき傷だらけでひりひりはするけど。
「良かった~」
茂みから顔をひょっこりと出すと、目の前から痛いほど視線を感じて顔を上げる。
「シルフィア? 私なら大丈夫――」
ってシルフィアじゃない!!
「……リタ?」
心配そうな顔で、私を見つめる彼はマシュー・エルロイ。
そこには、天使がいた。
「大丈夫ですか?」
マシューはトコトコと私のそばにやってきて傍に膝をついた。
そして返事をしない私を不安そうに、エメラルド色の瞳が私の顔を覗き込んでくる。
うっ、眩しい……!
けど、ここはなんて誤魔化したらいいんだろう。
【選択肢】
1.正直に話す
2.逃げる
3.とりあえず笑う
うーん、1を選択したら今からでもシルフィアとマシュールートを復活出来る気がするけど……シルフィアをいじめてその上無理矢理木に登らせました! なんて言っちゃったらさすがのマシューも怒るよね。そして、2は今一番したいけど、一番まずい気がする。
ええい、とりあえず笑っとこ!!
という感じに、軽率なただ誤魔化すためだけの笑顔だったんだけど……。
私を見つめていたマシューの顔がどんどんと朱に染まっていく。
え、なんで……!?
「僕、初めて君を……だ、と思った」
「え……?」
戸惑う私を他所に、マシューは少し赤らんだ頬で小さく呟いた。
途中の言葉は、聞こえなかったけれど。
私は、なんて言ったのか分かる。
『初めて、人を綺麗だと思った』
シルフィアに出会ったマシューが発する言葉。
その言葉を恥ずかしそうに“私”に言うマシューの顔を見て、人が恋に落ちる瞬間というのはこれなのか。
と、思った。
つまり、やってしまったのです……。