3:クエスト【恋のキューピット】開始
そうしてやってきた運命の日。
あの後医務室に運ばれたベルとルイは大事を取って今日は一日お休みにしてもらい、何なら自宅に顔を出すことを勧めた。
申し訳ないけれど、その方がパーティーの時に行動しやすいし。
しかし、聞いてみれば普段のヘンリエッタは使用人に話しかけることも休日を与えることもないらしく、心の中でやってしまった! いつもと違うのは否定できないけれど病院送りは勘弁してください今日だけは!
と祈っていると、
「あぁ、お嬢様。なんとお優しいの……一生お嬢様に付いていきます!」
「……僕も。お嬢様にお仕えしてこんなに幸せなことはありません」
と上気した顔で見られてしまったし、お母様には「お友達が出来てよかったわねぇ」とおっとりと返されてしまった。
優しさだけで休みを勧めたわけじゃないから、少し罪悪感。
まあ何はともあれ私の自由は保障されたわけで。
一通りの支度を終えた私は自室の鏡の前でターンをした。
朝早くから部屋にやってきて、寝ぼけ眼の私を着せ替え人形かのごとく仕立てていったメイドたちのおかげで準備はばっちりだ。
黒を基調としたシンプルながらも上品なフリルのあしらわれたドレスに、緩く巻いた髪の上には黒色のヘッドドレスが乗っており、その中心にあるお高そうな宝石は太陽が差し込むたびにきらきらと輝いている。
いわゆるアフタヌーンドレスの姿の私は、過去私があれほど嫌った彼女だと分かっていても正直……めちゃくちゃ可愛い。
顔立ちがはっきりとしているから、シンプルなドレスでも映える。さすが、公式のお気に入り(想像)。
……メイドさんいい仕事するな。
お気に入りのアバターがゲームで作れた時と同じような満足感に浸りながら部屋を見渡す。
そういえば、このクローゼットからドレスを出していたけど私のドレスなのかな。
ゲームでは、制服を魔改造したゴテゴテしい夜会にでも行くんですか? って感じの洋服を着ていた記憶なんだけど。
色彩の暴力を覚悟しつつクローゼットを開けてみると、出てきたのはなんとも目に優しいドレスたち。
それに拍子抜けしながらも、たしかに部屋の家具からして大人しめなことに今更気付いた。
違和感なく使ってたけど、私にしては控えめだな。
シックな色合いの調度品は木の匂いが香っていて、庶民の私にも居心地がいい作りだ。不思議。
お母様の趣味なのかな。
「リタちゃん、用意はできた?」
ちょうど、お母様の話をしていたからかドア越しにお母様の声が聞こえる。
「はい。今行きます」
いけないいけない。
今はそのことよりも、マシューのことを考えないと!
「きゃー! リタちゃんなんて可愛らしいの!! 愛くるしい!!」
だって、ただ着飾っただけでべた褒めしてくれるお母様の笑顔、私守りたい。
× × × × ×
そんなこんなで終始うっきうきのお母様に連れられてパーティー会場に顔を出すと、すでに多くの来客が中庭でお茶を楽しんでいた。
「貴方、リタちゃんが来たわよ」
その中でもひと際賑わっている集団の中にお母様は躊躇なく入っていくと、輪の中心人物を取り囲んでいた貴族たちが道を開けていく。
「ヘンリエッタ、お前も来たか。あぁ、相変わらずマーガレットに似てかわ……いや。ドレスが良く似合っている」
「あ、はい」
「……ふむ」
一方的に話しかけて、威圧的に見下ろしてくる白い髭をたくわえたこの男性はヘンリエッタの父ダンフォース・アーシェ。
ぶっきらぼうな物言いと鋭い目つきのせいで一見冷たい印象だが、私はゲーム経験者なので知っている。
この父、娘が大好きなのである。
今も何か言いたげに私をじっと見つめている。
さっきの言葉から察するに「可愛い」って言いたいのだろう、多分。素直に可愛いってなかなか口に出して言えないよね、その気持ち分かる分かるよお父様。
と、お父様のことを考えてニヤニヤしていたのも束の間、お母様の発言で現実に戻った。
「あら、王様もいらしていたのねぇ。王様ごきげんよう」
そして、目の前にいる少年に向かって軽くスカートをつまんで挨拶をする。
「ご、ご機嫌麗しゅう……?」
お母様にならって挨拶をしてみるけど、なんか違うのは分かっている。
だけど、私の脳は警鐘を鳴らすことで精一杯で挨拶が終わると急いでお母様の後ろに隠れる。
「アーシェ公爵夫人にヘンリエッタ嬢。ご丁寧にご挨拶ありがとうございます」
「やだ、そんな畏まった言い方しないで」
「それでは、マーガレット様とヘンリエッタ様と呼べばよろしいでしょうか?」
「もう、相変わらず意地悪ね。この私では、母親は役不足ですか?」
「そんなことありませんよ」
やばいやばい。
何がやばいって、和やかに談笑している風なのに私の目にはひたすらにどす黒い殺意が見えるってこと。
お母様、早く逃げてー!
和やかに談笑を続けるお母様の後ろから、その人物を見上げると真っ赤な瞳と目が合ってしまい飛び上がる。
蛇に睨まれた蛙の気持ちがよく分かる。
アルト・アーシェこわい。怖すぎるよ……!
よく私はこの義兄に嫌がらせなんか出来たな、私はこれ以上近付きたくないよ……!
と、目が合っただけで萎縮しまくっている私は挨拶もそこそこにその場を離れることを決意した。
想像に反して、お父様とお母様はアルトのこと可愛がっているみたいだし大丈夫だよね。
アルトもさすがにここで変なことはしないでしょ。
それに、そろそろ動かないとマシューとシルフィアが出会う前に違うイベントが起こってしまうかもしれない。
早くシルフィアを探さないと。たしか今の時間帯なら、シルフィアもコーナー男爵と一緒に挨拶回りをしているはず。
原作なら、そこで私が「遊びましょう」と声を掛けて裏庭に連れ出し、シルフィアのつけていた髪飾りを放り投げるのだ。
運良くすぐそばの木の枝に引っかかった髪飾りはシルフィアの亡くなった母の形見だったため、シルフィアはドレスを汚しながらも必死に木に登り、あわや転落となったところでマシュー助けられる。
というミニイベントになっている。復習はばっちりだ。
中庭をきょろきょろと見渡し、目的の人物を探していると……いた!
銀色の髪をさらさらとなびかせ、どこか落ち着かない様子で大きな青い瞳をあちこちに彷徨わせている美少女。
シルフィア・コーナーだ。
「……ねえ」
意を決して私が近寄ると、その瞳をさらに大きく見開いて私をじっと見つめてくる。
「あの、あ……遊びに行かない?」
「い、いいのですか?」
「ええ。私、貴女を一目見た瞬間ぜひお友達になりたいと思ったの」
その美少女光線に圧倒されながらも、なんとか誘い文句を絞り出すと、シルフィアはたちまち笑顔になった。
「嘘……夢みたい。ヘンリエッタ様が私のこと……お友達になりたいと仰ってくれるなんて!」
ごめん。
私は今から貴女に酷いことをするので、そんな目で見ないで……!