2:心の傷に治癒魔術は効かない
考え事がまとまれば、思い出したかのようにやってくる空腹。
そういえば、私の記憶ではお母様のくれたクッキーしか食べてないなあ。
いつの間にか、辺りは真っ暗だしあんなにも執拗に鳴っていたノックの音もメイドの声も聞こえなくなっている。
これでいくと、私のご飯があるかも謎だ。
確かアルトルートで見たけど、王宮のご飯って配膳形式じゃなくて王宮内で自由に開放されている食堂で食べることが決まりなんだよね。まあ、食堂形式といっても席に着いたらメイドたちがご飯を持ってきてくれるのだけど。
それにしても好きな席に座って知らない人と顔を合わせながら食べるって貴族社会ではありえないことで……。
ヘンリエッタも不服にしてたな。
『お義兄さまのせいで、食事ほど憂鬱なものはありませんわ』
って。
元々は配膳形式だったのに何を考えたのかアルトが食堂でご飯を食べ始めたからね、それは怒るわ。私も、もし全自動ご飯食べる機能を持っていたのに突然取り上げられたらキレる。
まあ現実は、現国王アルトの厚意により王宮に住まわせてもらっているアーシェ家が怒ることは出来ず従うしかなかったのだけれど。
いくらフォーリア王国が治安の良い国だからって、そのうちアルトが毒殺されないか心配になるゆるさだな。アルトがそれで死ぬとは到底思えないことも怖いけど。
なんて考えていたら、もう一度「ぐうぅ」とお腹が鳴った。
もう、限界だ。
よろよろと、机から離れて昼間から施錠していたドアを開ける。
と、私が手をかける前に勢いよく開くドア。
「ほげっ!」
勢いよく迫るドアにバンと音を立てて、ぶつかる。
その衝撃で溢れる可愛らしさの欠片もない私の声。
「はわっ、大丈夫ですかお嬢様~!」
「死なないでください~」
未だお星様の回る視界の中、聞こえる声。
声の主は双子のメイド、ベルとルイだろう。
「このくらい、では、しなない」
それと、私の心の声を代弁するこの声の主は誰だろう。
なんか、聞き覚えがあるような……。
未だにひりひり痛む顔面、主に鼻を押さえながら、廊下の先を見る。
「お嬢様の麗しいお顔が赤くなってる!! 大変よルイ!」
「どうしよう、僕たちここで死にたくないよ~!」
真っ先に視界に映るのは、茶色い長い髪を三つ編みにした素朴な少女とこれまた隣の少女とよく似た少年。私の専属使用人であるベルとルイだ。
「私はただお嬢様のお体を心配してドアを開ける方法を考えただけなんです。ドアを蹴破って開けることなんか考えてもおりませんでしたし、ましてやお嬢様のお顔に傷をつけるつもりなんて……ああっ! そんな恐ろしいこと考えておりませんでした、信じてくださいお嬢様~!」
「あっ、ベルずるい! 俺もですお嬢様」
黙ったままの私をどう思ったのか床に膝をついて青ざめた顔でわっと泣き出す二人。
どうやら実力行使に出たタイミング悪く、蹴破ったドアが私の顔にぶつかってしまったようだ。
「お嬢様。どうか、お慈悲を……!」
正直さっき名前を覚えたばかりで二人のことは全然知らないけど、一つ分かることはヘンリエッタが幼少の頃からキツイ性格だってこと。
ヘンリエッタとそう年齢も変わらないであろう、私にとっては可愛い子供といった感じの二人の怯えた表情は見ていて胸が苦しくなるものがある。
「ねえ、二人とも落ち着いて。ただの事故なんだから」
私がそう返し二人の腕を掴んで立ち上がらせると、ベルとルイは互いに目を合わせて固まる。その顔は、鳩が豆鉄砲を食ったようだ。
「え、どうしたの二人とも」
「……おじょう、さま。しつれい、ですけど俺、のせいでおかしく、なりました?」
「ひょっ!?」
またまた、可愛くない声が出てしまった。
そうだった。
私の部屋のドアを蹴破ったであろう人物のこと忘れてた……!
まるで習いたての言葉を使っているように話しかけてきた人物を見やるとベルとルイよりかは冷静な様子で、じっと宝石のようなピンク色の瞳を私に返してきた。
「俺が、ドアけってあけよっていった、からふたり、わるくない、です」
目の冴えるようなショッキングピンクの髪に、活発な少年を思わせる引き締まった身体にお世辞にも褒められたものじゃない汚れた衣服。
ゲームよりも幼く、ゲームより更にたどたどしい喋り方だが。
間違いない。
「ウーゴだ」
「……? はい、それが俺、のなまえです」
仏頂面でウーゴが返してくる。
「お、お嬢様が使用人の名前を呼んでる……!?」
それだけで、ベルは卒倒しそうな勢いだ。
ここまでくると、幼少期のヘンリエッタのことが知りたくなってくる。
いや、知ったら使用人さんの気苦労を考えて眠れなくなりそうだからやめよう。
現にベルとルイに優しくして誤解を解かないと今日は眠れない気持ちだもん。
あと、ウーゴの服も買ってあげなきゃね。ゲームで幼少期の立ち絵が出るたび思ってたけど、何その服。
いや、巻いてるだけだから服って言っていいのかも謎だよ!
布じゃんそれ!! しかもボロ布!!
よく学園時代はちゃんとした服(制服だけど)を用意してもらえたよね……。
お母様かお父様に言ったら、ルイと同じ服ぐらいはすぐに渡してあげれるかな。
「おじょう、さま。ごめんなさい、いたいのきえる、ように」
彼の将来について、うんうんと唸っているとウーゴが私の鼻にちょんと触れた。
あ、痛いの痛いの飛んでけー的な?
と、考えているとしっかりとした治癒魔術だったらしい。
目の前で小さな魔法陣が現れたと思ったら、次の瞬間にはウーゴの手から緑色の光が現れた。
それも一瞬のことで、ウーゴは、
「ごめんなさい」
と謝って手を離した。
その手を追いかけるように、私がウーゴの両手を掴むとずっと無表情だったウーゴの表情が驚きに変わっていく。
多分、私の将来を考えたらウーゴと関わるのは良くない。
分かっているけれど、目の前でみた初魔術にわくわくが止まらない。
「すごい。すごいすごいウーゴ!!」
「へあっ?」
興奮を抑えきれずに、ウーゴの少しささくれた手のひらを握ってぶんぶんと振り回すと、今度はウーゴが間抜けな声を出した。
「今の治癒魔術? 初めて見た!!」
「お、じょうさまっ。俺、なんかふれたら、きたない」
「汚くなんてないわ! ウーゴの手は綺麗よ、だって汚くてもそれはたくさん働いた証でしょ?」
「っ!」
「そんなことより見てよ!! 私の鼻ぜんっぜん痛くない!」
勢いよく振り回していた手を離すと、私そのまま人差し指で鼻を押して見せる。
と、驚いた顔のままだったウーゴの顔がどんどんと何かを堪える顔になっていく。苦しそうだけど痛みをこらえるでもなく、まるで……。
「ぷっ。あははっ!」
私の脳が答えを出す前に、ウーゴが吹き出す。
「なに、それっ。おじょう、さま、へんっ」
笑い声もでないくらい、私の顔を指さしてヒィヒィと笑うウーゴ。
「あっ、へんはだめ、だ。へん、じゃないけど……うー、やっぱりへんっ」
「あ……」
どうやら、思いっきり鼻を押しすぎたらしい。
いわゆる、豚鼻をウーゴに見せてしまっていた。
死にたい。
「……忘れて。いや、忘れてくださいお願いします」
いくら、私が女子力皆無とはいえイケメンにこんな姿を見られるなんて恥ずかしい!!
もう、穴という穴に入りたい。
むしろ穴を掘って隠れたい。
そう思いながら、両手で顔を隠しながらウーゴを盗み見る。
「ふふっ。きょうの、おじょう、さま、ぜんぜんこわくない」
未だ笑い続けているウーゴを見ていると、恥ずかしさの他にも感情が湧き上がってくる。
変な気持ち。
学園時代の『奴隷でなくても使用人は、感情なんていらない』と言って仏頂面だったウーゴを知っているからかな。
って、そういえばベルとルイのこと放置してた……!
令嬢らしからぬことしちゃったし、どうしよう。びっくりを通り越して頭の心配をしてるんじゃないかな。
それは、困る。
非常に困る。
転移(?)一日目にして病院送りなんて笑えない。
「あの、ベル。これは違うの……」
恐る恐るベルとルイの方を見ると、
「しっ、失神してる!!」
二人とも泡を吹いて倒れこんでいた。
「誰かーー、ここにお医者さんはいませんかーーー!!」
まさか、私自身がこの台詞を叫ぶ日が来るとも思わなかったし、ウーゴはウーゴでその馬鹿力で二人を担ぎ上げようとするからとりあえず全力で止めた。