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23:兄妹げんかは犬も食わない。その3

宙吊りになったまま格闘すること約5分。

最初に私の封印解除魔法が効かなかった時点で嫌な予感はしていたが、ちっとも鎖が外れない!

幸いなことに今の私は子供だから耐えられているけど、自分の全体重が手首にかかるこの格好はよろしくない。

手首が限界を迎える前に、なんとか脱出しないと。


「……っく……ぐぬぬ……、抜けろ~っ!!」


多分、鎖を支えている杭を土壁から抜くのが一番楽だと思うんだけど……それでも私の心もとない筋力では重労働だ。

……大人の腕力までいかなくても、せめてウーゴくらい筋力があれば……っ!

これほどまでに筋肉の大事さを思い知った日は今日以外にない。

なんていっても命の危機だもの!!


「うーん、ふぬっ、ぐぬぬ……っ!」


迫りくる難局に、足をばたつかせてみっともなく藻掻いていると隣からかすかな笑い声がする。

噂をすれば命の危機その2だ。


「鎖、外して差し上げましょうか? 俺の魔法ならこの鎖くらいは外せますよ」

「いい! 自分でやる」

「そうですか」


私の封印解除では外れないのは分かっていても、私が奮闘するさまを愉しそうに見つめるアルトに頼むのは癪だ。

というか、解除できるって……アルトはいつでも脱出できて、単に私が苦労しているところを眺めているだけってことだよね。

だったら、さっさと出ていってほしい。

上手いこと鎖が外れた時、殺すことはなくても私の邪魔をしてきそうだし……。


……でも。ここに置いて行かれるとなると、ちょっと寂しいかもしれない。


「そんな顔をしないでも俺はヘンリエッタ様を置いて行きませんよ」

「それは、脱出できたところで後ろから刺せなくなるから?」

「まさか。言葉通りの意味です。寂しいでしょう、ここで一人は」


私の表情を読み取ったらしく、アルトは嬉しそうに笑った。

本当に悪趣味だ。


「……アルトって本当に変な人ね。私を殺そうとしたくせに、優しくするなんて」

「俺はヘンリエッタ様のことが嫌いでありませんので」

「だったら、命を狙うようなことはやめてくれないかなぁ!?」


大声を出せば、ふふふと上品に赤色の瞳を細めて笑うアルト。

暗い洞窟の中でも煌めく瞳は宝石のようで、妖しげな美しさがある。

これが平時であればずっと眺めていたいと思うほど。

だけど、ジクジクと痛み始めた手首が現実を教えてくる。


「分かった。アルトが究極のマイペースミステリアス人間なのは分かってるから。せめて。頼むから今だけは余計なことだけはしないでよね」


ため息をついてアルトを睨む。もはや、アルトの機嫌を伺おうとも、取り繕おうとも思わなかった。

どうせ、そんなことをしたところでアルトの気持ちは変わらないだろうし。


「言われなくても。この通り、俺は貴女に手出し出来ませんから」


アルトはそう言うと、小さく言葉を続ける。


「……人を癒やす基礎魔術と違い、攻撃魔法は複雑な魔法式と契約を必要とする。人を傷つけてしまう危険性のある魔法は使用する者に正しく扱う資格が必要ですから。……妹も、俺も。その考えは素晴らしいことだと思っていました。ですが、今はそれが憎い」


静かに物騒なことを続けるアルトだが、攻撃魔法がつかえないというのはどうやら本当らしい。

アルトの顔を再び見れば、額から流れる赤い鮮血。


「アルト、血が……」

「ああ、このくらい別に問題ないですよ」


それに話すたびに切れた口の端から血が流れるのか、アルトは返答をするとほんの少し顔を顰めて血の塊を地面に吐き捨てた。


「自分に治癒魔法が使えない、というのがこの世界の厄介なところですよね」

「確かに! 私もそのシステムずっと疑問だったんだよね。自分を癒せないせいでゲーム中攻略キャラとパーティーの兼ね合いに悩んで悩んで……」

「ゲーム……?」

「ああっ、じゃなくて! 私が治癒魔術を使えたらいいんだけど。手は縛られちゃってるしなあ」


相手に危害を与える気はないと分かって、少し気持ちに余裕ができたのかもしれない。

改めて見ると、痛々しい様子に一気に心配の感情が戻って来る。

そして、それはアルトもそうらしい。


「使えるじゃないですか」

「どうやって……?」


意味が分からずに、アルトを見ると「口ですよ」なんて笑いながら言われてしまった。

なるほど。

治癒魔法は相手に触れることで発動する魔法。

だから、ウーゴはおまじないをする時に手で触れてくるわけなんだけど……。

確かに手を使えない今。

唇ならアルトに届くかもしれない。


「ってなるか!! 馬鹿、変態、痴漢!」


普段は違和感がないようにヘンリエッタっぽく話していたことも忘れ、全力でツッコむとアルトは特に気にした様子もなく楽しそうに笑った。


「やっぱり、お得意の奉仕精神でも無理ですか」

「また嫌味な言い方して! 私は真面目に心配してるんですけど!!」

「そういえば、さっきから思っていましたがヘンリエッタ様は俺なんかを心配してくれるんですね。嬉しいです」

「ねえ、ほんとに私の言葉ちゃんと届いてる?? 心配に冗談で返せないでくれる?? マイペースな性格とはいえ、誰の意見も聞かないし、聞いても自分に都合のいいところだけ。……耳に何か詰まってるんじゃないの!?」

「……いくら俺の耳が詰まっていたとしても、隣にいるんですから小声でも聞こえますよ。貴女の声、頭に響くんです」

「だから、そういうところっ!」

「はいはい」

「はいは一回です!」


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