20.5:王と呼ばれる少年は世を憂う
くたりと倒れ伏した少女を俺は静かに見下ろした。
ピンクがかった赤みのある髪が床に流れ、勝ち気な瞳は閉じられておりその肌は生気がない。
固く閉じられた唇からも自分を罵倒する言葉を聞くこともないのだろう。
「……これでいい、そうだろう? リリー」
俺は、返ってくるはずもないのに返答を求めた。
いや、求めてしまった。
それは、これから犯す罪への罪悪感からだろうか。
それとも、この罪を妹に押し付けて楽になろうとしているのか。
どちらでも罪の重さは変わらないのだが、俺の脳内は言葉遊びをやめない。
そんな中。
ふとベッドに横たわる、やせ細った妹のことを思い返された。
『お兄ちゃんは優しいから、リリーの命は奪えないんでしょう?』
そうだ、と頷いたら、妹は、それなら……。と続けた。
『それなら、お兄ちゃんはリリーの代わりに“凶星の子”を殺してあげて。きっとリリーと同じくらい辛いと思うもの』
あの時、リリーは何を思っていたのか。
自分の命を奪えなかった愚かな兄への八つ当たりだったのかもしれないし、病でおかしくなっていたのかもしれない。
結局、この言葉を最後にまともに会話することすらできなかったので真実は分からないけれど。
「俺は、貴女のことが嫌いではありませんでしたよ」
膝をついて彼女の滑らかな髪の毛に触れ、手を首筋に移した。
手のひらを微かに押し返してくる、規則正しいリズム。
生の音だ。
それに、ゆるやかに伝わる生暖かい温度。
「……ヘンリエッタ」
少女の名前は未だ呼び慣れず、俺の胸をくすぐらせた。
ヘンリエッタは、愛らしい少女だった。
自分のことを嫌っている様子ですら、愛らしく思えるほどに。
だから、欠けたピースを埋めるようにヘンリエッタを妹として愛せただろう。
それに、優しい心を食い物にされ続けるあの生温く優しい公爵の家を自分の家と認めることが出来たはずだ。
彼女が、“凶星の子”でなければ。
運命とは数奇なものだ。
出会わなければリリーの言葉を忘れられたというのに、これじゃあどうしようもない。
そうして、日に日に成長していく義理の妹をリリーと重ね合わせ、俺は決意した。
ヘンリエッタもいずれリリーのような苦しみを知ってしまうのであれば、その前に永遠に時を止めるほうがマシだと。
最も目の前の義妹は、以前俺が戯れに発した“禁術”という言葉を真に受けて、運命に抗おうとしていたようだが。
「禁術だったらどんなに良かったでしょうね」
俺の言葉が嘘だと知れば、騙されていたということにプライドが傷付いた彼女は烈火のごとく怒るだろう。
が、今のヘンリエッタからは返事はない。
「でも、もう諦めてください。貴女の家族も例の宰相のご子息の悪足掻きなんか信じないで。俺を、俺だけを信じてください」
首筋に触れていた手を離す。
優しく触れていたつもりだったが、ヘンリエッタの肌が白いからか赤い痕が付いてしまった。
「俺にしか、ヘンリエッタを幸せにできない」
痕を撫でながら俺が語り掛けると、拒絶するようにヘンリエッタが身を捩った。
「そうやって貴女は、いつも俺を否定する」
相変わらずの態度を微笑ましく思いながら、俺はヘンリエッタをベッドに移動させた。
睡眠魔術で眠らせているが、そろそろ目が覚めてもおかしくはない。
その前に、痛みなく終止符を打たなければ。
魔法陣を発動させながら、俺は祈る。
どうか俺が殺した二人が救われますように、と。
魔法陣が放出される。
今度は、鍵をかけるわけでもなく眠らせるためでない。
命を奪うための魔術。
それがヘンリエッタの胸に刺さる。
「っ、何だ!?」
その瞬間、俺の魔術を上回る鋭い魔術がぶつかり……。
大きく爆ぜた。




