20:吉星と凶星
アルトの育った家は、想像よりも広く手入れのされた裕福な家だった。
「何もない家ですが、どうぞ」
「お邪魔します」
「ヘンリエッタ様、飲み物は紅茶でいいですか?」
迷いなくキッチンに入っていくアルトに付いて、私もキッチンに向かうが客人は座って待っていてくださいと言われてしまった。
恐る恐る椅子に座りながら、リビングを見渡すが誰かがいる気配もなく中は静まり返っている。
家族は留守なのかな。
ようやく二人っきりという気まずい状況から解放されると思ったのに。
「貴女は、今の自分をどう思っているんですか?」
王宮から持ってきたサンドウィッチを籠から取り出しテーブルに広げていると、紅茶を持ってきたアルトに尋ねられる。
どうしてアルトはご飯を食べる前に、ご飯が不味くなりそうな話題をするのが好きなんでしょうか。
良い話題、他にもっとあるでしょ。例えばサンドウィッチ美味しそう~! とか、この町の思い出話とかそういう無難で頭を使わない話題がさ!
いや、人が困る話題をしながらご飯を食べる悪趣味な癖がアルトにあるんだったら諦めるけど……。
「そ、そんなことより、リリーちゃんは?」
「俺の質問に答えてくれたならリリーの話はしますよ。まずは順序立てて会話を進めないと」
アルトはそう言いながら紅茶で口を湿らせると、じっと私を見つめた。
その表情は私がどう反応するのか伺っているようだった。
……私はいつアルトの探求心を刺激してしまったのかな。出来ればクイックロードでポイントからやり直したいんですけど。
「貴女が人が変わられたように、日々変わられているのは知ってます。心境の変化があったことも。でも、理由は聞いていませんでしたよね」
もう一度、丁寧に一音一音発するようにアルトが問いかけてくる。
ここ最近私に興味を無くしていたご様子だったのに蒸し返すんじゃない、アルトさん!
「教えてくれませんか、ヘンリエッタ様。そのためにここまで連れ出したんですから」
黙ったままの私に、アルトが指でテーブルを叩いた。
理由と言われてもアルトのご想像通り、本当に人が変わったからなのでなんとも言い難い。
馬鹿正直に真実は言えないし……。
「……わ、私が変わろうとしているのは、未来のためです。未来を変えるには、私が変わらなければいけないからです」
私の目的は、ヘンリエッタが死なない・不幸にならないルートを作ること。
なので、今までの彼女と同じことをしたらいけない。というか、真似しようと思っても真似できる自信ないし。
だから、全部嘘ではないし、本当でもない。
顔も覚えてない偉い人も、「誤魔化すときには、少しの真実を入れろ」って言ってたしね!
「なるほど。反吐の出る偽善ではなく、あくまでも貴女の目的のためなんですね。それは良い」
「アハハ」
「それじゃあ、お答えいただいた代わりに俺はリリーについてお話ししましょう」
私の言葉を信じたかはわからないけれど、なんとか第一の関門は突破したのかな。
アルトは、天気の話をするかのようにさらりと口を開いた。
「リリーは死にました」
「えっ!?」
私はその言葉に口から紅茶を吹き出しそうになったけれど、それすらも予想していたようにアルトは続ける。
「俺がアーシェ公爵の養子になる前にリリーは死にました」
「死んだ……」
「リリーはね、優しすぎたんです。だから、最期は気が狂って死んだ。世界を口汚く罵倒し、全てを憎みながら必死に止める俺を突き飛ばして家を飛び出し、丘から飛び降りた」
「……そんな、そんなことって……」
アルトは、言葉を無くす私を見つめ小さく笑った。
「草木を踏むことにすら躊躇いを覚える心優しいリリーが急に正反対の性格に豹変して、死んでいったのはどうしてだと思います?」
「……」
「ヒントは、ここにくるまでにたくさん差し上げましたから頭の悪い貴女でも分かるでしょう?」
リリーちゃんが何故死んだのか。
唐突なアルトの質問なのに、投げかけられたことによって私の脳内が冷えていく。
言われてみれば、アルトが気にしていたのは最初から私の性格が変わったことの一点のみだ。
「リリーちゃんは今の私と変化が似てる、と言いたいわけ?」
「そうです。リリーも貴女と同じ、“凶星の子”でした。だからおかしくなった」
「だから?」
オウム返しをした私に、アルトは嫌な顔せずに絵本を読み聞かせるかのように続ける。
「“凶星の子”は、生まれつき精神身体共に薄弱で短命。だから、長くは生きられない。……しかし、その真実は成長するにつれて精神を病み、自死を選ぶからです。そのことをアーシェ公爵やマシューくんは、貴女に図書館に立ち入りを禁じるほど隠したがっているようですがね」
精神を病み、死ぬ。
ズシリと胸に沈んでいく重みを感じながら、無邪気にマシューに尋ねたあの時を思い出した。
『ねえ、“凶星の子”って何なの?』
『なんてことないただの迷信だ。魔術と違って信憑性のない。……選ばれた人間という勝手な階級付けのための媚売りの道具さ』
“凶星の子”について、私が入手できる書物やハンナさんとの勉強で探ったりしながらも、私も半分まやかしだろうと信じていた。
でも違ったんだ。
マシューは優しい。優しいから、嘘を吐く。
真実は想像より重く苦しいものだった。
「俺はね、性格が変わることこそ死の前兆だと考えているんです」
アルトが吐いた言葉が嘘であればいいのに、ゲームでヘンリエッタを「気味の悪い娘、まだ生きていたのか」と無邪気に毒を吐いた聴衆を思い返すと、真実に思えて仕方がない。
“凶星の子”が精神を病む予言なのだとしたら。
だとしたら、私は転移者でもなんでもなく、ただ精神を病んだヘンリエッタの可能性があるってこと……?
死が間近に迫っていると認めるような恐ろしい考えなのに、脳内に湧き出る疑問は止まらない。
いやいやいや、私はヘンリエッタじゃないはず!!
だって、こんなにも違う世界のことを覚えているんだもん。
じゃあ、逆に、性格の豹変したリリーちゃんが私と同じ“転移者”ということ?
……うーん。
出生直後に占われるという定義からして“凶星の子”=“転移者”と繋げるのは変だし、実際ゲームとして見ていたヘンリエッタが“凶星の子”と言われることを考えると繋がらないよね。
……だめだ、考えすぎて頭が痛い。
「なんで私にそんな大事な話を……?」
嫌な考えを振り払うように、アルトに尋ねる。
目の前のサンドウィッチは当分食べれそうにない気分だ。
加えて、アルトの言葉で食べれないことを悟ったけれど。
「言うでしょう、死人に口なしと」
アルトの目が、妖し気に光る。
その燦燦たる彩光は、異形と思えるほど美しく……。
私は、ゴクリと息を飲んで……。
ズササッ!
勢いよく椅子から飛びのいた。
その勢いで壁に頭をぶつけたけど構うものか。
そうだった、アルトがただで重要な話をしてくれるはずなんかなかった!!
今のは、勝ちが確定している時ほど犯人は饒舌理論だったんですね!!
「大丈夫ですよ。痛くしません、楽にいけますから」
どうしてだろう、いけるがはっきりと逝けるに脳内で変換されてしまうのは。
それはね。
アルトくんが物騒な魔法陣を出しているからだと思うの。
「待って! “凶星の子”がアルトの言うようなものだったら、アルトが手を下さずとも私は死ぬんでしょ? だったらいいじゃない!」
命乞いをするには悲しすぎる言い分だけど、憎んでいる相手が勝手に死ぬことを知っているなら殺す必要なんか……あった……。
そういえば、ゲームでも君は私を殺そうとしたし殺したよね……!
「いいえ、貴女のことは俺が殺して差し上げます。それこそ、俺が出来る貴女への愛情表現です」
フフ、と狂ったように笑いながらこちらに向かってくるアルト。
うん。話し合いは無理だ!
とはいえ、こんな時のために勉強している魔術は目の前のヘンリエッタ絶対殺すマンが強大すぎて通用しないだろう。
第一、防御魔術がない時点でダメだ。
……よし、ここは逃げる一択だ!
そう思って、玄関に駆けだしてドアノブに触れる。
が、開かない。
くそう。
さっきの魔法陣なかなか発動しないなって思ったら、鍵をかけていたのか。
「俺もヘンリエッタも望むような幸せにはなれないのです。それなら、欲をかかずに小さな幸福で満足したらいいじゃないですか」
「それは死ねってこと?」
「そうです」
「ふざけないで!」
せめてもの反撃に恨みまじりに、アルトを一発殴ろうかと思って振り返って、アルトの表情の変化に気が付いた。
「どうして? ……どうして、アルトが悲しそうな顔をするの?」
尋ねたのに、アルトは答えることなく新たな魔法陣を繰り出した。
放出されたのは一瞬で、私はただ魔術が身体を貫いていくのを見つめることしかできなかった。
「……心配しないでください、俺もすぐにいきますから」
薄れゆく意識の中、アルトが私に言った。
その時初めて、馬車の中で呟いたアルトが何と発したのか思い出した。
『“吉星の子”の俺と“凶星の子”のヘンリエッタ、どちらも幸せになんてなれない』
その言葉の意味は、今は半分しか理解できない。
きっとこれからも。
私は、生きて幸せになることを諦めていないもの。




