19:アルトとお出かけ
お出かけ日和だ。
とアルトと馬車に乗り込む前に言ったのは、ベルだっただろうか、お母様だっただろうか。
「リタちゃん、王様行ってらっしゃい。リリーちゃんによろしくね」
茶色のロングスカートに焦げ茶色のベストに身を包んだ私の浮かない表情を気にすることなく、馬車の扉を閉めて、笑顔で手を振るお母様とベル。
彼女たちを必死に窓越しに見つめるけれど、私のSOSは届くことはない。
「お母様は仕方ないけど、ベルとルイも来れば良かったのに」
小さくなっていくお母様たちの姿が見えなくなってから、諦めて向かい合って座るアルトを見る。
「あまり大人数だったら変装をした意味がないでしょう」
アルトは顔を隠すために身に着けている帽子を邪魔そうに払いあげながら笑う。
「今日の俺たちはただの庶民です」
「それはそうだけど……」
地味な色合いの私同様、アルトはいつもの礼服から簡素な服に着替えている。
服もあってかいつものアルトより気安さを感じる。
あくまで普段のアルトと比べて、の話だけど。
「アルトは一国の王なのに、護衛すら付けないなんて問題じゃない?」
「夜までに王宮に戻れば問題になりませんよ。その間、万一賊に襲われたとして自分の身は自分で守れますしヘンリエッタ様も守って差し上げますのでご心配なく」
「でも……」
「それに、俺は死んでも替えがききますから護衛を要請したとして、連中が応じるはずがない。……“吉星”というだけで矢面に立たされるだけの傀儡。それが今の俺です。貴女は俺に憧れていたみたいですけど、憧れるほどのものじゃない」
「そう、ですか」
憧れるほどのものじゃない、そんなことは星に選ばれた人間だからこそ言える戯言だ。
私とは違って。
私の中のヘンリエッタが小さく呟いた気がした。
けれど、今アルトに口答えをするのは得策じゃない。
私はぐっと堪え、先回りをして全て言い切ったアルトに曖昧に頷いた。
アルトの町は馬車で片道3時間と聞いたし、今から険悪な空気になったら辛い。
目の前の人間の機嫌一つで命を無くしてしまうのは惜しいからね。
私は黙って外に視線を移すと、アルトも何も言わずにつまらなさそうに反対側の窓に肘をかけた。
気が付くと王宮からかなり離れてしまったらしくマシューの屋敷を超え、市街を超えてだだっ広い田園風景が辺り一面に広がっている。
アルトの町は山の上って言ってたっけ。
涼しかったらいいなぁ。
室内の重苦しい空気の中でも睡魔に勝てない私は早く町に着くことを祈りながら、うとうとし始める。
「“吉星の子”の俺と“凶星の子”のヘンリエッタ、どちらも幸せになんてなれない」
馬の蹄が地面をける心地よい音と共にアルトが何かを呟いた気がした。
その声は思いやりの欠片もなく突き刺すように攻撃的だ。だけどその声が寂しそうに思えて、嫌いじゃないとも思った。
× × × × ×
「ヘンリエッタ様、着きましたよ」
次にアルトの声が耳に入った時には、すでに馬車は止まっていた。
「着いたの……?」
「はい、ここからは注目されないように徒歩で行きましょう」
「分かったわ」
まだ眠たい目をこすりながら、アルトに付いて馬車を降りると爽やかな風が頬をかすめた。
「うわ、綺麗な町……!」
目を開いた私に飛び込んできたのは、周囲を緑で囲まれた自然豊かな町だった。
地面には住民の手造りだろうか、各家に続くタイルが通りに敷かれていて、その町並みは私が熱中して遊んでいたミニチュアハウスに近い。
「気に入りましたか?」
「ええ、とても!」
アルトに尋ねられ、馬車での不穏な空気を忘れて私は大きく頷いた。
王宮も豪華絢爛で綺麗だけど、心が洗われるような町だ。
自然って偉大。
新鮮な草木の匂いを肺にためる私にアルトは少し表情を緩めながら、町から少し離れた小高い土地に建つ教会らしき建物を指さした。
「視察をする前に俺の家で昼食を取りましょう」
「……リリーちゃんに会えるの?」
「ええ」
ここまで来て未練がましいけど、リリーちゃんが可能な限り柔らかい性格なことを祈っていいでしょうか……。




